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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第四部

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168/206

火は力を与え、青春は終わる

 明かりを手にしたおかげで、足取りもスムーズになった。いやはや、火は神である。

「妙子ーっ」

「妙ちゃーんっ」

 時折、バサバサッ、ガラガラッという音が周りから聞こえる。サキュバスがいるのだろう。火の神が降臨している僅かな場所を一歩外れれば、そこには深い闇が存在している。

「なんで襲って来ないのかな」

「火が怖いんじゃないか?」

 異世界生物学の教科書には、彼女たちがダークゾーンの中で活動できるのは、角から超音波のようなフェロモンを出して、その跳ね返りによって外の世界を認識しているから、とあった。ということはコウモリに近いのかもしれない。そういえば、独出君も気配を感じることでダークゾーンでも活動ができたっけ。火を持っていれば、彼にもマウントを取られなくなる、かな?

「妙子ーっ」

「妙ちゃーんっ」

「妙子さーんっ」

 それより今は妙子に追いつかないと。ゲンちゃん、どこまで行っちゃったんだろ。

 一枚、また一枚と、無愛想な闇の壁を越えていく。たまには笑ってくれればいいのだが、本当に闇の中に目と口が現れてニッコリしたら、僕らは腰を抜かすのだろう。

 迷わないようにとにかく真っ直ぐ。最初のうち、右手側は普通の石壁が見えていた。

 だが三枚目の闇を越えたとき、それが急に闇に変わった。嫌だな、と思ったとき、足が何かをジャリっと踏んだ。

 うん?コガネムシでも踏み潰してしまったかと、嫌な罪悪感に駆られて足元を見ると、そこかしこにあられのようなものが散乱していた。

 そのうちの一つをつまみ上げてよく見ると、小さな魚の形をしていた。

「おや、キャットフードだな」

 すぐ隣に真剣なネズミ顔があった。ゲンちゃんの好物、ねこでんねんか。

「短足猫を呼ぼうとしてバラまいたか、それか帰り道のための目印のつもりか」

 床を調べると、ねこでんねんは右側に行くほど多くなっていた。

「ここで曲がったに違いない。勇者、右だ」

 松明と一緒に右の壁を抜けると、再び右側が石の壁になった。床には、やはりねこでんねんが散らばっていた。遅れて入ってきたネズミ君が確信したように頷く。

「やっぱりこっちで間違いないな。このまま進むぞ」

 キャットフード持参の冒険者が何人いるかはわからないけど、時にはありがたいこともある。だが、次の部屋に入ったとき、急に手掛かりは消えていた。

「落ちてない?こっちじゃなかったのかな?」

 僕は一回、後ろの闇を振り返り、また頭を戻す。ここは正面と右側に普通の石壁があった。

「いや、ここまでは間違ってないはずだ。その証拠に、ほら」

 目ざとい盗賊が、床に転がっていた小さなビニールの袋を拾い上げた。

「ねこでんねんは、こういう小袋に小分けされてるってわけだ。おそらく、妙子はすぐにエサをやれるように一つポケットに入れてたんだろうさ」

「ゲンちゃん、変なとこで急にお腹空くことあるものね」

 妙に感心して、女戦士がウンウン頷く。

「ということは、あっちか」

 ここから行けるのは左だけだ。

「これ見ろよ」

 と、盗賊は一本落ちていた茶色い髪の毛をつまみ上げた。根元に僅かながら黒い部分がある。

「妙子のだろ。サキュバスのは赤くて長いやつだからな」

 そう言われても、安心と不安が同時に込み上げてくる。妙子、どうか無事であってくれ。

 祈るような気持ちで左の闇をくぐると、明らかな違いがあった。左側に石壁が見えていたのだ。さっき正面だった石壁は右手に回っている。

「通路に入ったか?」

 ネズミ君のその質問に答えられる者はいない。先に進まない限りは。

 早足で闇をくぐり、更に次の部屋に入る。同じように左右を石壁に挟まれていた。もう床には何も落ちていない。

「後は一本道か?」

 険しい顔で前を見つめるネズミ君。闇の壁にうっすらと彼の顔が映った。

「急ごうぜ」

「うん」

 更に一枚闇の壁を越える。

「どこまで行けばいいのかしら」

 鉄子にも焦りの声。

「地獄の釜の蓋までってな。へへへ」

 冗談を言ったネズミ君だったが、目は笑っていなかった。

「とにかく行くぞ」

 と、闇に向かって歩く。

 どうしよう。もうかなり奥まったところまで来ている。こんな闇の奥にいるサキュバスとは一体…。

 もしやこの先の袋小路では、サキュバスの女王かなんかが待っているのではなかろうか。ボンデージな格好をして、猫みたいな女の人が付き従っているのかもしれない。それで僕らは縄で縛られて鞭で打たれて、血の池地獄に落とされて女王様と混浴しちゃったりするのだ。ああ、恐ろしい。…って、ちょっと楽しみなのはどうしてだ?

 胸がドキドキしてきた。手が汗ばむ。それよりもう脇の下は汗ぐっしょりだ。期待と不安、そして妄想。これを青春という。…なんか汗臭いイメージしかない。

 そんな僕の汗臭い青春は、唐突に終わりを告げた。通路は次の部屋で袋小路になっていたのだ。

「妙子さん!」

 そこには、驚いたような戸惑ったような、何とも言えない表情で僕を見つめる鼈甲眼鏡。それと、夢中でキャットフードを漁る2匹の猫。

 そして、奥の石壁を背もたれにして、僕たちよりも年若いと見られる一人の赤毛の少女がいた。

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