猫は誘い、金魚は燃える
「しっかし、この猫。本当サキュバスに似てるよなぁ」
「なんか、猫にコスプレさせたって感じよね」
僕もネズミ君と鉄子の意見に同意する。雰囲気もなんだかサキュバスっぽいというか、艶めかしい黒猫だ。
「杏里先生、いろんなのがいるって言ってたよね。猫にもサキュバスがいたりしてね」
猫のサキュバス。これが本当のネコバ…、やめておこう。人は冗談を思いつくと言わざるを得ないというのが僕の持論だが、板東さんでもこれはウケない。
「へへっ、いい夢見ろよ、短足猫」
「んもうっ、ゲンちゃんはネズミさんみたいに破廉恥じゃないですぅ」
あははは〜、と、無害な笑いがダンジョンに木霊する。やっぱり猫がいるとなごむなあ。
「ねえ、なんかおかしくない?」
最初に異変に気付いたのは、意外なことに鉄子だった。
「何が?」
「なんでこんなところに猫がいるのかしら?」
「猫なんてどこにだっているら?」
そうそう。ネズミがいるんだから猫だっているさ。現に僕らのパーティにも…、って、うん?
黒猫はトコトコと出てきたダークゾーンの方へと歩いていった。黒壁の前で立ち止まり、ゲンちゃんの方を振り返って、変な声で鳴き始めた。
「オハァーンン、オハァーンン」
いや、おかしい、よな?ダンジョンに猫がいるのは。
「ほら、ゲンちゃん。バイバイって。お友達にバイバイしよっ」
ところがゲンちゃんは、トコトコと黒猫の後を付いて行きかけた。
「ゲンちゃん!?駄目だよ、バイバイだよっ」
足を止め、キョトンとした表情で飼い主の方を見つめる。
「オハァーンン」
再び黒猫は、一声変な風に鳴いたかと思うと、シャッとダークゾーンの中へと飛び込んだ。
するとその後を一目散に追って、闇の中に突っ込んでいったのである。ウチの幻獣が。
「ゲンちゃん!!??」
自分の魅力には絶対的な自信を持っていた美少女である。猫に負けたとなると、さぞかしショックであろう。
「ゲーンちゃあああーーーんん!!!???」
取り乱した薄幸の美少女は、我を忘れて駆け出してしまった。愛する人を追って、どんな恐ろしいものが待っているとも知れない闇の中へと。
「ドュわ!たっ、待てよ妙子!」
ネズミ君はまだランプを受け取っていない。ダンジョンの中で唯一の命綱は、狂乱の美少女の手にしっかりと握られていた。当然、僕ら3人は一瞬にして闇の中である。
「追いかけるぞ、勇者!」
「ちょ、どうしちゃったってのよぉ〜!?」
「鉄子さん、説明は後で!」
ドタドタっと、音痴な足音を響かせて、僕らはダークゾーンへと飛び込んだ。のであるが。
「くあ〜、見えん!先に行かれたべ」
感覚的にはもうダークゾーンに入っているはずである。が、明かりというものが全くない闇の世界では、手掛かりが掴めない。こっちに来ればランプがあるかと思ったが、そうでないということは、妙子はもっと先まで行ってしまっているということである。
「ゲ〜ン、ちゃああああ〜〜〜ん」
細く長く、糸を引くような悲鳴が遠ざかっていくのが聞こえた。
妙子って、こんなに高い声が出せたんだなと、どうでもいいことに感心する。共感覚をもって音を色に変換すれば、白。全ての光を反射した、白の中の白。
どこかの仏様がやってきて、この悲鳴を滝に変えたら、きっと見る人を阿弥陀の境地へと誘う天下に名高い名瀑が生まれたはず。
仮に松尾芭蕉が最上川のほとりで句をひねっていたとしても、急転回して富士山の麓までとって帰ったはず。
こんな話、確か教科書に載ってなかったかな…、って、どうでもいいわ。載ってない、載ってない。そんな妄想だらけの教科書が検定なんか通るものか!
ドタドタドタ!
「声出してくぞ!妙子ーっ!待ってくれーっ」
「妙ちゃーっんっ!」
緊急事態発生。ここは附属出身の我がパーティの知恵袋、実質的なリーダーであるネズミ君が音頭をとる。
暗闇の中でもお互いの位置を見失わないように、大声を上げていくことに。
「妙子〜っ」
「妙ちゃ〜んっ」
「ネ、ネズミく〜んっ」
ドタドタドタドタ…。
うひぃ〜、ネズミ君ってば、目の前が真っ暗なのに、よくそんなスピードで走っていけるなぁ。
「ネズミく〜ん!待ってーっ」
「勇者、俺は先に行くぞ!声を頼りに追ってきてくれ!」
「待って、待って!ライター!ライター持ってるよね!?」
ドタドタ…、ドタ。
シュボッ。
「うわっ」
予想していたのとは違う方角から、光る出っ歯が現れた。改めて思うが、見事な出っ歯だ。闇の中で見ると一層出っ歯だ。出っ歯の標本見本だ。こんなときに何をとも思うが、こんなときだからこそ、どうでもいいことに頭が走る。
「もっと向こうにいると思ってた」
「へへっ、走れないもんだな」
足音が音痴だっただけのことはある。
「妙ちゃ…、ひぃっ、オバケ!」
カランカランカランと、鉄子の装備のアオダモの棒が転がった。なんだ、みんな近くにいたのか。
「鉄子さん、僕だよ。ネズミ君がライターつけてくれた」
武器を拾って鉄子に渡す。この獰猛な女は、オバケで無力化してしまう。
「おい、悠長なことやってる暇はないぞ。早く妙子に追い着かないと」
リーダー仕切り直しのネズミ君。原始社会では、火を持った人間が上に立つのだ。
そろそろと、しかし早足で、一枚一枚闇の壁を越えていく。
「あちっ」
ライターをずっと擦ったままにしておくのも熱いらしい。ネズミ君は定期的に火を左右の手に持ち替えていた。その度に真っ暗になるものだから、なかなか足が進まない。
「じれったいわね。なんか燃やすものないかしら?ブレザーとか」
短気な女戦士は何かにつけて急進的だ。きっと原始時代では、こういう人が文明を前に進めたのだ。
「こういうときに松明あると便利だよな。戻ったら購買部で買うか?でも一回きりなんだよな、あれ…、ああっ!そうだ!!」
ネズミ君が何かに気付いたようで、火が消えた。
「勇者、ちょっと火ぃ持っててくれ」
また、シュボッとついたのはいいけれど。
「火を消してから渡してよぉ」
「悪い悪い」
再び短い闇が訪れた後、ネズミ君はリュックを下ろして中をゴソゴソやっていた。
取り出したのは、ロープと油壺、それと十徳ナイフ。
「何よ、やっぱり電車ごっこなの?」
鉄子の悪夢が舞い戻ってきたか。
「いや、そうじゃなくてさ。えっと、軸になるもの…、アオダモの棒はまずいな。よし、勇者のハンマーにしよう」
「これでどうするの?」
ネズミ君はロープを僕のハンマーに巻き付けていく。デメキンの部分をぐるぐる巻きにして縛り、余分を十徳ナイフで切り落とした。
「ハンマーの柄はグラスファイバー製だから大丈夫だろ」
オイルランプ用の油をトクトクと入念にロープに染み込ませていく。
「へへっ、ナイスアイデアだろ?デメキンの丸焼きの出来上がりだぜ」
ライターでロープに着火すると、ボウと火の手が上がった。即席の松明だ。
「そんなに持たないだろうからな、急ぐぞ」
プールに沈められたり火をつけられたり、デメキンも災難である。




