不幸は芳しく、説明はたはーっ
すると、どこからともなく、クンクンクンクンクン、と、犬がしきりに鼻を動かしてにおいを嗅ぐ仕草をするときの音が聞こえてきた。
「ふん、ふん、ふーん」
この近くに何かにおうものが?あった、あれだ、僕たちだ。不幸のにおいだ。
「うっふっふっふ〜ん。アイヤー、無学君たち、今日はとりわけいいにおいしてるアルな」
不幸に引き寄せられる変態。もとい、タヌキ顔がかわいらしい可憐な美少女。勇者科のクラスメイト、中国からの留学生、王援歌さんだった。困ってる人を見ると萌えるという、困った性癖を持つ。変態というのは女の子に対して厳しすぎるかと思ったが、やはり他に適当な言葉が見当たらない。
「困てるにおいしてるアル。困てるにおいしてるアル。無学君はいつも何かしら困てるにおいしてるアルけど、今日はとりわけ芳しいアル」
どうやら人は感情によって、ある種の物質を放出するらしい。
「実はかくかくしかじかでね」
と、なるべく便利な言葉で簡潔に説明をする。
「フムフム、なるほどアル。貧乏は辛いアルな。遊びたくても遊べないアル。でも、たた30ゴールドばかりで遊べたんなら、それは一番安い方のサキュバスアルヨ」
「王さんは詳しいの?」
そんな趣味もあったのかと思ったが、ああいうモンスターは困ってることが多いのかもしれない。
「違うアル。賀茂野さんが詳しいアル。賀茂野さん、あそこの常連だたアル」
賀茂野さんとは王さんのパーティにいる変態だ。僧侶科二年に在籍しているが、長年ダンジョンの一室に引きこもっていたので、既に二十歳を超えている。だから年齢的に問題はない。
「賀茂野さん、女の子大好きアル。でも恥ずかしがりアル。女学生は苦手アル。でもああいうところの女の人は平気アル。変態アル」
賀茂野さんは王さんの魅力に負けてダンジョンを出たというのに、自分のファンにも容赦がない。
「賀茂野さん、王さんにもそういう話するんだ」
「しないアル。エセイに事細かに書いてあたアル。みんな知てるアル。公然の変態アル」
賀茂野さんは、そのダンジョン生活の収入源を、自らの引きこもり体験を赤裸々に綴ったエッセイを出版することに頼っていた。それは地下一階にある、ちんぶり商店ダンジョン支店の人気商品であったのだ。
そうか。自分の恥ずかしい部分を世間に積極的に知られながら生活していたとは、やはり彼を形容するのに変態以上に相応しい言葉は見当たらない。変態の免許皆伝。変態オブザ変態である。
「高級なサキュバスは無学君たちのような低的地位のパーティは相手にしてくれないアルヨ。悪いことは言わないアルから、とととあのエリアは通過するアル。壁伝いに真直ぐ行けば出られるアル」
助けてくれてるのか、貶してくれてるのか、どちらだろう。
「アドバイスありがとう」
「じゃあ、ワタシ行くアル。注文した盛岡冷麺が冷めるアル」
王さんの小さな体は、すぐに人混みに紛れて見えなくなった。熱い冷麺も想像がつかない。
しかし、だとしたら独出君は高級なサキュバスを相手にしているのかな?
次の日、ザビエル暦六月第一週四日目。僕らは王さんのアドバイスに従って、とっととサキュバス地帯を抜けることにした。図書館東のダークゾーンを抜けて、逃げる宝箱を回収することも考えたが、再び妙子に体を張ってもらうのも嫌である。
ちなみに、昨日部屋に戻ってから、急いで異世界生物学の教科書をめくってみたが、サキュバスの項は文字しかなかった。ちぇ、倫理意識の高い学校だぜ。
西の階段から地下二階に下り、通路南の扉を開けてチニダーへ。今日は照明係は妙子にお願いした。中のマッピングは必要ないだろう。
「この奥がどうなってるのか、見てみたい気もするよなぁ〜」
ネズミ君にはよっぽど楽しかった思い出があるらしい。たった一回でクセになりかけている。この人にパーティの財布を預けるのは考え直さねばならないかも。
「あんたね、そうやっていつもあたしたちに迷惑かけてんじゃないの」
「一文無しなんだから襲われないら?」
ネズミ君はカラカラと笑った。明るい貧乏は結構だが、イナゴとユリの根しか食べるものがなくなったら笑っていられないぞ。
「俺たちゃ、冒険してんだぜ?冒険ってな、一歩踏み出さなきゃ冒険にはならないんだ。石橋を叩いてばかりじゃ冒険も青春も味わえないら」
大きな視点から見れば正しいが、今の僕たちにとってはどうだろう?人を説得する常套手段ではあるが、こういった論理を自由に使いこなせるのは詐欺師か政治家か。
あなたは人間です。人間とは正義の実現のために尽力するものです。だからあなたも正義のために戦いなさいと、銃を手渡される。人間になれなくてもいいから、僕は僕の生活が欲しい。
ダークゾーンに入る手前で僕らがウジャウジャやっていると、後ろからピーヒョロ〜という不思議な音色が聞こえてきた。
「ん、なんだあ?」
出っ歯の少年は今し方僕らが入ってきた方を振り返った。扉が向こう側に開けられる。
ピーヒョロ〜。音に続いて入ってきたのは、笛。ソプラノリコーダーだ。続いてピンクにボンバーした高校生らしからぬ鳥の巣のようなヘアスタイル。
「あはっ、なんでこんなところに無学君いるのぉ?ウケるんですけど」
歓迎か軽蔑か親近か敬遠かよくわからない混沌とした挨拶は、勇者科クラスメイトの板東組代さんであった。思春期の少女の心模様など理解不能だが、ウケると言って泣く人もいないだろうから、僕と出会ったことが彼女に笑顔をもたらした、ということで解釈しておく。
彼女に続いて、吟遊詩人二人と踊り子二人も入ってきた。
「板東さんこそ」
場違いなのは彼女たちの方である。
女性ばかりの5人組パーティは、みんな派手派手ロックなヘアスタイルで、暗くてジメジメしたダンジョンにはそぐわない。こんなところが似合うのは僕のような男だ。悲しくて寂しい、世界の吹き溜まりで息をする、僕のような男だ。それにここは、若い女の子が観光に来るような場所じゃないぜ。
踊り子の二人が手にしているのは、こちらのネズミ君が持っているのと同じオイルランプなのだろうが、形が変わっていた。
警棒みたいに短くて、持ち手の先が棒状のガラスになっている。ペンライト型ランタンだ。これなら戦闘中でも、振りながら踊れる。
「ウチらあっちの宝箱取りに行ってたのよ」
「あっちって?」
「ほら、あっちよ、あっち」
とりあえず北の方角を指差された。とてもわかりにくい説明だが、そもそも言葉というのは受け取る側の理解を前提として成立しているのだ。この感覚的な少女を相手にするなら、経済新聞の社説を読みながら同時に赤ちゃんのバオバブ言葉を理解するぐらいの読解力を有していなくてはいけない。
「ん〜と、便所キリンを越えたところにある部屋の奥に行った部屋にあるっていう宝箱のこと?」
わかりやすく言うと、ロピックが守っていた扉の向こうの部屋にある宝箱のこと。僕らはそっち側に行こうとして、蛭孤丸に捕まったのだ。そこに宝箱があるということはわかっているけど、蛭孤丸に遠慮して取りに行かないのだが、そうか、板東さんたちに取られたか。
「たはーっ、無学君、説明わかりにくい〜」
…あのね。こっちが、たはーっ、ですよ。




