光は凶暴で、闇は晴れない
今、確かに何か聞こえた。左(東)の壁の向こうから、足音のようなものが。ゲンちゃんのチャッチャという軽いものではなく、もっと重量感のある音。
「妙子さん…、ライトを消して」
「は、はいっ」
一気に緊張のボルテージが高まった。闇が密度を増して襲ってくるかのような、そんなスピード感。次の瞬間。
「うわっ」
僕は思わず腕で顔を覆った。襲ってきたのは、光だった。
くっ、眩しい!ダンジョンで何より希求するはずの光も、地下生活が長い者にとっちゃ、凶器だ、暴力だ。
何とか細く目を開けて、光の正体を確かめようとする。すると。
「ハ、ハークショイ!」
こんなときに光くしゃみ反射をしたのは僕。太陽を見たときにくしゃみが出るアレだ。日本人の25%に現れるというが。
「ブェーックショイ!」
「クシュン!」
全員だった。
「シャン!シャン!シャン!シャン!シャン!シャン!」
ゲンちゃん連発。このパーティを倒すには光さえあればいい。
「君たちか…」
光の中から聞こえてきた声は、神か天使か大黒様か。意外にも朴訥とした低い声だった。って、そうじゃない。この声はアレだ。あの人だ。
「独出君…」
ランプを持って現れたのは、ここで会ったが何回目だろう?例によって例の如く、勇者科のクラスメイト、独出進君だった。
「眩しかったかい?ここの壁は光を反射するから、こんなランプの光でも眩しく感じてしまうのだろうね」
そう言った独出君は、何故か女性陣を見て、少し気まずいようなそぶりを見せた。
「なんか騒がしかったから見に来たけど。無学君たちもここのエリアの攻略中だったか。今日初めて来たのかい?」
「う、うん。面食らっちゃったよ、厄介なダークゾーンだね」
「厄介、か。そうだね、ここは厄介なエリアだよ…」
あれ?てっきり、このくらいで厄介なんて言ってるようじゃ、異世界では戦えないな、なんて、いつものようにマウントを取ってくるのかと思ったけど。
そういえば昨日海で会ったとき、なんか寂しげに見えたよな。大変に精神力を要するエリアの攻略に向かうとかなんとか言ってたけど、ここのことなんだろうか。
「あんまり中には入って行かない方がいい。ここは思ったより危険なところだよ。最悪、帰って来れなくなるケースもあるからね」
そうなんだ、助言ありがとう。でも僕らも実は取り込み中でして。
「いや、ランプを持った盗賊がモンスターらしきものに拐われちゃったんだ。君も知ってると思うけど、あのネズミ顔の」
「そうか。この辺を縄張りにしているのもいるんだね。ここはあの手のモンスターの巣窟だから」
「やっぱりモンスターなんだ。独出君は戦ったことあるの?」
彼はチラッと女性陣の方に目をやった。なんだか言いにくそうであるな。
「居場所を知ってるんだったら、教えてくれないかしら?どんな奴だって、あたしがぶっ飛ばしてやるんだから」
独出君は鉄子と目を合わせた途端、茹でダコみたいに顔を真っ赤にさせた。あれ、どしたのかな?
「き、君たちは姿を見ていないのかい」
「う、うん。あっという間に真っ暗になっちゃったから。僕は白い手だけ見えたけど、それだけ」
「他の人は見ていない?」
「僕だけだけど?」
「そうか…」
独出君はズボンのポケットからハンカチを取り出して、額の汗を拭った。津軽伝統のこぎん刺し模様であった。茹でダコみたいな顔色が、さくらんぼぐらいになった。
「この辺に出るとしたら、あまりタチのいいやつではないと思うね。多分、もう終わってると思うよ」
「え!終わってるって、どういうことよ!?」
鉄子が大声で独出君に食ってかかった。気持ちはわかるが、攻撃する相手が違う。独出君は目を白黒させて彼女を見つめる。すると、また完熟トマトみたいに真っ赤になってしまった。さっきからどうしちゃったんだろう。まさか鉄子に気があったとか?そんな馬鹿な、彼に限って…。
「待って、鉄子さん。教えて、独出君。あれはどんなモンスターなの?そんなに強いの?」
「そ、それはそうと、盗賊の彼が心配じゃないか?もう随分経つのかい?」
「い、いや、さっき。いや、もう結構経っちゃったかな?どうだろう」
僕は妙子に助けを求めたが、彼女は首を傾げただけだった。時間の経過がよくわからない。闇に包まれてから、どれだけ経ったんだ?ついさっきのようなつもりでいたが、意外と逡巡しているうちに時間が経ってしまったのかも。軽く混乱していると、驚くべき展開が待っていた。
「案内しようか?彼のいるところへ」
「え、ほんと!?」
なんと、まさかまさかである。独出君が協力プレイを申し出てくれたのだ!
「いや、そちらが嫌だったら、いいんだけど」
「ぜ、是非ともお願いできるかな。そうしてもらえるとありがたいよ」
いや〜、ホント、ホント。他人とのコミュケーションを閉ざしているとはいえ、いざとなればクラスメイトだよ。やっぱり持つべきものは友達だなぁ。今まで持ったことないけど。
「いずれにせよ、事は済んでいるはずだから、付いてきて」
「ちょ、済んでるって、どういう…」
また鉄子のスイッチが入りかけたが、部屋が暗くなってしまった。独出君は壁の向こうに行ってしまったのだ。
「鉄子さん、それは後で。僕たちも行こう」
黒い壁を抜けて隣の部屋(2.8)に入ると、独出君は向こうサイドの壁際に立って待っていた。僕ら全員の姿を確認すると、また壁の中に消えてしまう。
「なんなのよ」
あんまり僕らと関わりたくないって感じの雰囲気。いつもそうではあるけれど、なんか昨日から様子がおかしい。
「何か秘密があるんでしょうか?」
妙子も不審に思ったようだ。でも、彼に限って秘密だとか隠し事だとかはありそうにな…、いや大いにありありだな。
彼は勇者科の中でも最も他人との交流を閉ざした男。まるで人里離れた津軽の山奥でひっそりと暮らす部落のような、そんな寡黙で気高い孤高の精神の持ち主だ。しょっちゅう顔を合わせていても、決して友達ではないんだ。ただ彼について僕が知っていることといえば、僕に対してマウントを取る趣味があるということだけ。たとえ三千年の闇が晴れようとも、彼の心の闇は晴れない、謎めいた男。
次の部屋(3.8)でも、同じように向こうの壁際で待っていた。一瞬でも彼のことを友達だと思ってしまったのは妄想だったようだ。いかんいかん。いくら妄想とはいえ、実現見込みのない妄想は暴走というものだ。妄想の達人はそんな妄想はしないものなのだ。
ここで彼は向きを変え、今度は北の壁に消えた。ということは次は(3.9)か。僕らもすぐに後を追う。ダークゾーンの壁は擦り抜けできるから、別に直角に曲がらなくても斜めに行けばいいのだが、そんな選択は彼にはない。だってその場合には、会話が必要になってしまうからだ。
「次は斜めに行くよ」「うん」こんな会話をしているようでは、孤独を選ぶ資格はない。
さらに次の部屋でも、一瞬姿を見せてから、すぐに北壁に消えていく彼。あれれ、これじゃダークゾーンを出てスタート地点(3.10)に戻っちゃうぞ、と思って壁を抜けると、そこには見慣れた人の見慣れない姿が。
「ネズミ君!」
僕は慌てて駆け寄って、床の片隅に無造作に横たえられていたものの側に跪いた。それは、かつてネズミ君と呼ばれていた肉体だった。
「そ、そんな!」
鉄子の顔が急激に崩れる。
「う、嘘ですよね…」
妙子は現実を受け入れられない。
「ミャア…」
うん、うん。わかるよ、ゲンちゃん。君の言いたいことはわかる。僕だって、まさかこんなことになるなんて。
「ミャア…」
そうだね。思ったより幸せそうなのがせめてもの救い…って、いつから僕は猫と会話ができるようになったのか。
そこに倒れていたネズミ君は、見たことのない、僕らが見たことのないほど、実に幸せそうな寝顔だったのである。




