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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第四部

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158/206

舟は瓢箪で、初心は忘れられる

「うっひょ〜、混んでんなぁ〜」

 休養日のうちに実家に帰って、自前の釣竿を持ってきていたネズミ君が竿と出っ歯を伸ばした。

「一日だけでいいから釣りをさせてくれ」という彼に押し切られる形で、一日だけ付き合ってあげるつもりでやってきたのだが。

 今日を選んだのはタイミングが悪かったかもしれない。船着場の周りでは、既に釣り好きの生徒たちが思い思いに糸を垂れていた。

 魔法使い科か僧侶科か、魔法の使える生徒の仕業なのであろう。ボワんとした集魚灯のような緑色の光が、海面上の空間にいくつか浮いていた。

 船は既にどこかに出航中である。きっと早いもん勝ち競争に勝った誰かが、釣り船として使用中なのだと思われる。

 海上には他にも何隻かの小舟が明かりを灯して浮かんでいた。どうしてだろう、と思ってそれをぼんやり眺めていると、上級生らしき人が階段から下りてきた。その人はリュックからボトルシップを取り出すと、おもむろにビンの蓋を開けた。すると、中の船がスルスルと出てきて、見る見るうちに大きくなって、海面に着水した。何事もなかったかのように涼しい顔でその人が乗り込むと、船は自動的に進んでいった。なるほど、これは魔法のアイテムであったか。

「こりゃ、こうしちゃおれんな。とっとと大物を釣り上げるべ」

 ネズミ君は空いている場所を見つけると、長い手足をひょいひょいっと動かして、場所の確保に向かった。

 今日はザビエル暦六月第一週二日目である。毎月第一週二日目には、異世界から新しい魚が召喚されて海に放たれる。そのことを、来てから知った。

「なによ、あんたも来てたの」

 鉄子が声をかけたのは、鉄子軍団のメンバー、武闘家科の骸古継美がいこつぐみさんである。見かけはもうちょっとご飯を食べた方がいいのでは、と余計な心配をしてしまうが、骨法拳の達人だ。

「能登の女だからね」

 どこに生まれたからといって、趣味嗜好までは決まらないと思うが、それだけで細かい説明が省けるというのも便利ではある。骸古さんは、折り畳みの椅子に腰掛けて釣り糸を垂らしていた。

「おお、妙子さん!相変わらず見目麗しゅう。妙子さんにも釣りのご趣味がおありだったとは、これは素敵です」

 と、不吉な予感を起こさせるような声で図々しく語りかけてきたのは、犬神佑いぬがみたすく氏である。よく日に焼けたダビデ像といった感じの、彫りの深い顔立ちだ。高知の山奥に代々伝わる陰陽師の家系出身だが、湘南の海でナンパしているっぽい雰囲気である。久しぶりに妙子に会ったような言いようだが、彼女と同じ幻獣使い科の一年だ。手に釣り用のタモ網を持っていた。

「い、いえ、私は釣りはやらないんですけど、ネズミさんがどうしてもってことで…」

「そうですか、そうですか。でしたら僕の竿を使ってください。手取り足取りお教えしましょう」

 犬神氏は、自分の先祖が遣隋使や遣唐使で活躍した、犬上御田鍬だと誤解して認識しているが、聞きようによっては卑猥なことをさらっと言えてしまうところを見ると、やはりイタリア人の血が混ざっているのであろう。

「シャーッ!」

 妙子に近付いた軟派男を、幻獣が毛を逆立てて威嚇した。

「ゲンちゃん、僕ですよぉ〜。怪しい者ではございません。ね、ね?同じクラスの犬神ですよ?さっきも会ったでしょ?」

 妙子の幻獣(見た目は猫だが、能力も猫だ)ゲンちゃんとは相性が悪いようで、よく今みたいにやられている。

「ほらっ、ボッとしてないで網!」

「ううぅ、このパーティは人使いが荒いですね」

 骸古さんから鋭いコマンドが飛び、強制的に妙子から離される犬神氏。彼はNPCとして、特定のパーティを持たずに、お助け役としていろんな人のパーティに参加している。先日、僕らのパーティにもちょっとだけ加入してもらったけど、今は骸古さんのパーティにいるというわけだ。

 どんな魚が釣れたのだろうと思って、興味津々で覗き込んだら、イカだった。ちんぶり商店ダンジョン支店でも売られている、鱗のあるイカだった。名前はそのまんま、ウロコイカという。

「ちぇ、イカか」

 骸古さんの狙いとは違ったようだ。針を外すと、無造作にクーラーボックスの中に放り込んだ。すぐに、ハッハッハッハッと、好奇心旺盛な三匹の柴犬が鼻を近付けにいく。犬神氏の幻獣、ケルベロスである。

「よしよし、お前たちにも釣ってあげるからね」

 骸古さんは笑顔になって、ケルベロスの頭を順番に撫でてやった。幻獣たちも、三匹まとめてケルベロスと名付ける愛のない飼い主より、誰が可愛がってくれるかよく知っているようである。

 僕らは少し来るのが遅かったようで、早めに来ていた人の中には、もう引き上げていっている人もあった。

 そろそろと宝船みたいな舟が船着場に入ってきた。乗っているのは一人だけである。右手に釣竿を持ち、左手には今さっき釣ったものなのか、大きな鯛を抱えていた。その人は下船すると、懐からひょうたんを取り出して舟に向けた。すると舟は、シュルシュルと煙になってその中へと吸い込まれていった。魔法のアイテムだ。こういうのは異世界で手に入れるんだろうか?

 三年生の中には、ときどき一年生からすると、もの凄く大人なんじゃないだろうかと見える人がいる。この人もファンタジア学園の制服こそ着ているが、でっぷりと太った体に立派な髭。まるで博物館にでも展示されているかのような見事な福耳で、全体的にいかにも福々しいオーラを放っていた。どう見ても18歳には見えない。

「かあ〜、ちょっと来るのが遅過ぎたわ。イカしか釣れんわ」

 しばらくすると、ネズミ君のバケツの中では、何匹かのウロコイカがウニャウニャとやっていた。

「俺も鯛釣りたかったなぁ〜」

 そうは言っても、君はイカを釣りたくてここに来たんじゃなかった?だったらそれで良さそうなものだけど。もっと他にいいものが手に入るかもしれないとなると、途端に最初の謙虚な姿勢を忘れて強欲になってしまう。

 大恋愛の末に学生時代からの彼女と結婚しても、成功するともっといいものが欲しくなる。やがて家に帰らなくなり、二回りも年の離れた若い女の元に通うようになる。人の行動を学ぶのに大学の経済学部に入る必要はない。ネズミ君を見ればいいのだ。

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