頭はムキムキ、知は不可知
「にゃニャ!?勇者さんたちじゃないですかにゃ?会いにきてくれたんですかにゃん?お久しぶりですにゃん?」
私立ファンタジア学園地下ダンジョン一階、北東エリアにある図書館に入るなり、僕らはランニングに短パン姿の猫の大歓迎を受けた。この猫、ランニングから覗く肩の筋肉の盛り上がりさえなければ普通の猫なんだが、と、言うには特殊性が高すぎる。
久しぶり、といっても、たった二週間ぶりなのだが、僕にとってももの凄く久しぶりな気がする。
今日はザビエル暦六月第一週一日目。ザビエル暦というのは、ここ私立ファンタジア学園が独自に使っている普遍暦なのだが、第一週一日目は太陽暦の月初めと同日であるので、つまり今日は世間で言う六月一日である。
この二週間というもの、僕と鉄子の武器が変わったり、本の中に入って冒険したり、敵に捕まったりと、それはもういろいろあった。
「よお、猫。元気にしてたか?」
ネズミ君が筋肉猫を呼ぶときの呼び方は猫らしい。ゲンちゃんに対しては短足猫だけど。
「はい、ですにゃん。ここに来てから頭の筋肉も鍛えてますにゃん。もう以前のようにボディビル一辺倒の吾輩ではないですにゃん」
頭の筋肉という表現をしている時点で、まだまだである。いくら本に囲まれているとはいえ、二週間やそこらで勉強ができるようになるものでもない。
「ちょっとほっそりしたんじゃないの?ちゃんと食べてる?」
と、鉄子。
「以前みたいに中華街で冷えた小籠包を漁ったりしてないにゃん。最近はリーンな食事を心がけてるにゃん。頭の良さそうなお魚をいっぱい食べてるにゃん」
頭に、じゃなくて頭の、なんだね。ダンジョンで食べられる頭の良さそうな魚といえば、人面魚しかない。でも、人間の頭だってピンキリだぜ?
「スリムになったら、もうネズミは食べたいと思わなくなったにゃん。ネズミに対してあんなにガツガツしていた自分が馬鹿みたいだにゃん」
筋肉猫は鉄子に取り憑いて、ネズミ君を食べようとしていたのだった。ウチの盗賊は遠回しに人面魚以下に認定されたようだ。
「足らないものがあったら、持ってきますからね」
「ミュィ〜」
妙子&ゲンちゃんも久しぶりに筋肉猫に会えて嬉しそうだった。
「妙子さん、いつもありがとございますにゃん。ゲンちゃんもお元気そうでなによりですにゃん。お陰様で今のところ間に合っておりますにゃん。シルバーフィッシュさんにも親切にしていただいてますにゃん」
図書館の天井には、人魂みたいな青い光がいくつも飛んでいた。ここの図書館の管理人である、シルバーフィッシュというモンスターが在館であることを伺わせる。
そもそも、なんで僕たちがまた図書館に来たかというと。
「まったく、最近の若い者はなっとらん。すぐに答えを欲しがって、自分で探してみようともせん」
ブツクサ文句を言いつつも、シルバーフィッシュの顔は嬉しそうにほころんでいた。この老人、いやモンスターと言うべきか、顔の可変性が高いものだから、簡単に本心がわかる。その分、怖いときは怖いのであるが。
「まあ、そう言うなって。イカが釣れたら、じーさんにも持ってきてやるからさ」
「そんなもん、わしらにとっちゃ珍しくもなんともないわい」
釣りに必要だから、という理由で地下二階北東エリアにある海のマップを教えてもらおうというネズミ君である。
このダンジョンには海がある。人工的な構造物の中にあるため、本来だったらプールと言って然るべきなのだろうが、魔法によって本物の海と同じ状態が再現されている。自称駿河湾の専門家、ミルクを飲むより先に釣りを覚えたというネズミ君も、まさしくこれは海であると認定している。
そのネズミ君が週末の間に仕入れてきた情報によると、ここの海ではイカが釣れるらしい。他にダイタラボウという、悲しいモンスターから海苔を採っている。ダンジョンで生活しているモンスターのための食糧庫の役目も、海は果たしているのだ。
「別にズルしてるってわけじゃないんだから。保育所の辺りは生徒たちが入っちゃいけないとこだろ?だったら、海は攻略とは無関係だよな」
「わしゃあ、お前さん方の学業のことになど関与しとらんわい」
先週、僕らはダンジョン地下二階で蛭孤丸というモンスターに捕まってしまい、危うくイカの餌にされかけたのだが、話をしていくうちに大いなる誤解があることに気付き、色々あった挙句、このシルバーフィッシュに助け出された。
帰る道中、船で件の海を渡してもらい、無事図書館近くの階段まで辿り着いたのであった。ただ、保育所の存在については、固く口止めをされた。子供たちが静かに学べる環境が必要だから、ということであったが、思うに蛭孤丸の存在をあまり公にしたくないのであろう。
ちなみにこの蛭孤丸というモンスター。どうやらダンジョンのボスの子供らしい。ここに住むモンスターは、生徒を鍛えるために学園が召喚したものが主なのだが、ダンジョンが出来てから長いため、今ではダンジョン生まれの二世モンスターが誕生している。
そんな彼らを育てるために、地下二階の北西エリアを魔法の隠し扉によって、生徒たちが侵入してくるエリアと隔て、保育所のような役割を持たせているのだ。
だから、本来僕たち生徒とは出会わないようになっているのだが、マルクス寺院のやり方に怒りを覚えた蛭孤丸の暴走により、タイミング悪くというかタイミング良くというか、僕たちパーティと出会うことになった。
タイミングがいいというのは蛭孤丸にとってである。彼はダンジョンのボスより、霧の魔人という強いモンスターを操れるアイテムを持たされているし、ミノタウルスのビロと、ライニュスのガロ(サイ頭のモンスターはライニュスというそうだ)という、オリンピックレスリング100キロ超級みたいな強力モンスター二匹が付き従っているが、異世界の魔王も倒せるような強者のパーティと遭遇していたら、倒されていたのは蛭孤丸の方だったのではないだろうか。
モンスター自体は、ダンジョンにかけられた魔法によっていずれ復活するにしても、蛭孤丸と保育所の存在が広く知れ渡ってしまうことになっていたかもしれない。
あるいは、彼の希望通り本当にマルクス寺院の者と鉢合わせしていたらどうだったのだろう。
以前、僕らがスケルトンの部屋で出会った、謎の七三分けの男を、蛭孤丸も見たという。彼の父親であるダンジョンのボスは、寺院の行動を黙認しているらしいが、お互いにどこまで知っていることなのやら。
この点は学園側も同じであり、ダンジョン内部で起きていることを学園がどこまで把握しているのか、僕たち一生徒にはわからない。
しているのかもしれないし、していないのかもしれない。シルバーフィッシュの言うところによると、モンスターは学園に管理されているわけではない、ということだが。
ダンジョンのボスもダンジョンのボスで未だ謎である。既に異世界に行っている勇者科の同級生、闇野あかりさんによれば、いつ行ってもボスの姿を見ないという。彼女のパーティはいつも出発が遅いから、先に通過したパーティに倒されているのではないかということだったが、同じく同級生の王援歌さんのパーティにいる三年生の人の話とも食い違っている。
僕らが私立ファンタジア学園に入学してから2カ月、いろいろと謎の多い学園であることがわかってきた。真実はきっとどこかにあるのだろうが、僕にわかることは僕が知り得たことだけである。いずれにせよ、こうした謎は僕らと関係のあるものではない。
この学園の生徒たちの目的は、あくまで無数にある異世界に行って、その世界を救うこと。ダンジョンはそのための腕試しの場であり、こんなところにいつまでもいてはいけないのだ。
今僕たちがいる、この図書館にしたって、本来来なくてもいい場所である。ダンジョンの攻略とは全く関係のないエリアなのだ。
それは海にしたってそうである。保育所と階段を繋ぐためでしかないのであれば、本来生徒たちが来る必要はない。
だからこそ、一部の釣り好きの生徒たちによって、船が占拠されていることがよくあるという。




