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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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154/206

5月も終わりに近づき、花粉は新手が登場す

 次の日、勇者科の教室でそれとなく闇野あかりさんに聞いてみた。ダンジョンのボスのことだ。

「ねえ、闇野さん」

「何?」

 5月もそろそろ終わろうとしている。新緑眩しい朝の爽やかな光を浴びて、闇野さんは、たった今象の墓場から帰ってきた人、といったオーラを発散させていた。

「…何をやっているの?」

 闇野さんは自分の机で、エケコ人形のような、小さいおじさんのぬいぐるみの足を、洗濯バサミで挟んでいた。

「これ、異世界で呪いをかけるときに使う人形だよ。試しに使ってみようと思って」

「持ってきちゃ駄目じゃないの?」

 異世界のものを持ち帰るのは、校則で禁止されている。迂闊なことをすると、現実世界に影響を与えかねないからだ。

「これは個人的に使用するものだから」

 大丈夫。

 律令制でやると言っておきながら、令外官を作ってしまう日本人である。ルールとは解釈次第でどうにでもなるもの、というわけにはいかないだろう。

「試しに使うって、もしかして呪いをかけていたとか?」

「うん。これはそのためのものだし」

 だから正しい。呪いをかけるための道具で呪いをかける。何も間違えていない。目的と手段が一致している。これなら目的論のマスターから免許皆伝の許しを貰える。

「誰かを呪っていたのかな?」

「そんなこと、いくら私だってしないよ。だって、現実世界に影響を与えることになっちゃうし。どれだけ異世界に関わっても、ちゃんと現実との区別がついてないとね」

 ほっ、良かった。まともな意見だね。うん、この子は本来、まともな子なんだよ。特殊を気取ってたって、それは青春の一過性に過ぎないんだ。この子は本来、ちゃんと社会に適応できる素質を持った子なんだよ。

「じゃあ、どうやって使うものだろう。人を呪わないとしたら」

「相模原一帯に呪いをかけてみようと思って」

 思い切り影響与えようとしてるじゃん。

「その効果が現れると、何が起きるんだろう」

「どうだろう?心を病んだ人が多くなるかも」

 それなら、呪いをかける前とさして変わらないか。

 いい加減に本題に入ろう。

「それよりね、聞きたいことがあるんだ」

「何、何?」

 食い入るように身を乗り出す闇野さん。露骨な好意を感じる。

 ちょっとタジタジ。

 背伸びしていたって、僕らはまだ高校生だ。与える方も受ける方も、愛情表現は稚拙なレベルに留まっている。

「え、えーっとね」

 趣味嗜好が魔性を帯びていても、闇野さんは黒髪のストレートボブがよく似合う、すっきりした顔立ちの美人だ。近付いて来られると、ドキッとする。

 妙子で少しは慣れたとはいえ、女性に対する免疫を獲得するには、まだ道は遠い。

「闇野さんは、もう何度か異世界に行ってるよね」

「異世界のこと?何でも聞いて」

 ぐいっと更に身を寄せる闇野さん。彼女の、思想の割には健康的な体から、不健康なフェロモンが発せられている。

「い、いや、そっちじゃないんだけどさ。行くときにダンジョンのボスを倒して行くと思うんだけど、そのボスっていうのは、どんなモンスターなのかなと思って」

「なんだ、そんなこと?てっきり、今異世界で流行りの、カップケーキのおいしいお寿司屋さんのことかと思った」

 今後お世話になることがないとも限らないが、今は別の話である。

「ダンジョンのボスは、私も知らないよ。まだ会ったことないもん」

「え、ないの?」

「うん。いつ行ってもいないよ。きっと誰かが倒しちゃってると思う。先輩は出発するのが遅いから」

「それって、その日一番に乗り込んだパーティが倒してしまえば、後から通過するパーティは素通りできるということかな?」

「きっとね。そういうことだと思う」

 僕らがいろいろとやっていると、王援歌さんが近付いてきた。

「アイヤー、無学君、もうボスと戦うアルか?あのパーティで無謀なことするアルな」

 それはわかっているけれど、人に言われると複雑。

「いや、今すぐってことじゃないけど、後学のために」

「ボスは強いアルヨ。無学君たちみたいな低的地位のパーティは、強いパーティの後にくついていた方がいいアルヨ」

 さすがは中国四千年の知恵だ。麻婆豆腐のようなピリ辛のアドバイスをありがとう。

「王さんたちはどう?ダンジョンのボスに会った人はいる?」

 王さんが異世界に行ったことがあるのかは知らないが、彼女のパーティには二人の三年生と、人生を拗らせた二十歳過ぎの変態がいる。誰か知らないだろうか。

「ウチの人たちも誰も会たことないアルな。通行パスを持てれば、ボスは出てこないアルヨ」

「え、麻婆茄子?」

「通行パスアル。たちあがるさんが持てたアル。館さんも先輩から貰たそうアル。何代か前の先輩がダンジョンで見つけたそうアル。便利なアイテムは後輩に受け継がれていくアル。賀茂野さんは友達いないから持てなかたアル」

 そんなものがあったとは。

「それって、どんなアイテムなの?」

「狐のお面アルヨ。今ワタシ持てるアル」

 狐。やっぱり狐か。王さんは蛍光ピンクのリュックをガサゴソやって、中から民芸品みたいな白塗りの狐のお面を取り出した。

「こうして、パーティの誰か一人が被てれば、出てこないアル」

 お面を付けた王さんは、京劇の子役みたいだった。

「おや、君は伏見稲荷に行ってきたのかね?素晴らしかっただろう、あそこは。まさに日本文化の真髄を表している」

 呼ばれてないのにやって来たのは、京都出身の自然を愛する男、駿野伏男君である。

「違うアルヨ。ダンジョンのボス対策の話をしてたアル」

「ボス対策と伏見稲荷が何か関係あるのかい?」

「伏見稲荷で買たお土産と違うアルヨ。これはダンジョンで見つけたアイテムアル」

 王さんがそう言うと、駿野君は意外そうな顔を見せた。

「いやいや友よ。これは紛れもなく伏見稲荷のお面だよ」

「どうしてそんなことわかるアルか」

「一口に狐のお面といっても色々あるけど、これは僕の親戚がやっている土産物屋で売っているお面だからさ」

「え、そうなの?」

 僕は驚いて駿野君の顔を見た。古都京都は意外と狭いのだ。

「ああ間違いない。実家の僕の部屋の壁にも飾ってある」

 うんうんと彼は大きく頷いた。

 そのとき、酷いくしゃみを連発しながら、担任のマタドール先生が入ってきた。

「ブエノスディアス、アミーゴス。ブエエーーックショイ!カアーッ。この時期はオリーブ花粉症が酷くなりマス。ブェーックショイ!カアーッ」

 オリーブなんて、富士山の麓で栽培していただろうか?

「やだぁ、汚い。先生、マスクしてくださいよぉ〜」

 板東組代さんが盛大に嫌な顔をする。

 疑問が残ったまま、僕たちはそれぞれの席に着いた。

「ねぇ、闇野さん。君の先輩もあのお面持ってるの?」

 すぐ前の席の闇野さんに小声で聞いた。

「どうだろう。持ってるかもしれないけど、見たことはないな」

 そうなのか。

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