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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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150/206

闇は果てしなく、妄想は光の前にある

 シルバーフィッシュに連れられて、また玄室と短い通路で構成されたフロアを通っていく。何枚目かの扉の向こう側には、完全な闇があった。ダークゾーンだ。

「まっすぐ15m進む。迷子になるなよ」

 老人は簡潔にそう言ってから、さっさと中に入ってしまった。

 ちょっと僕らは顔を見合わせたが、すぐに順に体を闇に溶け込ませていく。

 障害物があると難儀だ。老人の背中を追いたい。

 カサカサというシルバーフィッシュの足音は、同じペースで闇の奥へと続いていっていた。

 ふと、ここで罠にハメようと思えばハメられるよなと、悲観的な考えがよぎった。でも、そのつもりなら、とっくにそうしているはずである。

 あるいはダークゾーンを抜けたところで、ビロとガロが武器を構えて待っていたりして。蛭狐丸には僕らを逃したと思わせておいて、こっそり始末するつもりなのかも。

 いや、ひょっとするとこのままダークゾーンが無限に続いているなんてことも。僕らは永久に暗闇の中を彷徨い続け、今度こそ本当に囚われの身になるのだ。

 …頰に何かが当たった。手をやってみると、殻ばっている中にも柔らかい感触。イナゴだ。足元では、ピチャピチャと水を跳ねる音がする。人面魚の養殖プールがあるのだ。

 そうだ、ここは暗闇の中で囚人を閉じ込めておく場所。食べるものといえば、イナゴと人面魚のみ。草の根すらない。

 僕らはここで光を奪われ、希望を奪われる。あるのは深淵なる闇だけだ。我々に出来ることと言えば、ただ神に祈ることのみ。

 おお、神よ。どうか我をここから出したまえ。我に光を与えたまえ。

「それは無理だよ」

 と、人面魚が言う。何故か暗闇でも目が見える。人面魚が水から顔を出し、僕に向かって喋っている。その顔は賀茂野さんそっくりのイケメンだ。

「君には光なんてない。君はこれまで暗闇の中で生きてきた。今まで君は人に愛されたことはなかった。両親にも、先生にも。友達なんて一人もいなかった。ましてや彼女なんているわけがない」

「やめてくれ!」

 僕は叫んだ。だが、人面魚賀茂野さんは喋り続ける。

「それは君が本質的に闇の世界の住人だからだ。異世界に行ったって、君は幸せにはなれない。ずっと独りぼっちだ。高校を卒業したって、光が射すことはない。君の頭上には、いつも厚い雲が立ち込めている。君はこれからもずっと、闇の中で生きていくんだ。そういう宿命なんだ。君は永遠に、独りぼっちだ。闇の中を彷徨い続ける運命なんだ」

「そんなことない!」

 僕は抵抗した。

「僕には仲間がいる。ネズミ君や鉄子に、妙子。それにゲンちゃんだって。彼らは僕のパーティなんだ。僕の仲間なんだ。僕は独りぼっちじゃないぞ。だいたい、なんで君の顔が見えるんだ。ここは暗闇のはずだろう。賀茂野さんのフリして、僕を誑かそうったってそうはいかないぞ。君は偽物だ。賀茂野さんの声がここまで聞こえるわけないだろう!」

 賀茂野さんの声は、小さすぎて耳を側まで近付けないと聞こえないのだ。

「おいおい勇者、何言ってんだ?」

 あれ、ネズミ君?

 いつの間にか人面魚の顔はネズミ君に変わっていた。

「俺たちがお前の仲間だって?寝ぼけるのもいい加減にしてくれよ。俺は一般市民だぜ。小市民の代表だぜ。お前みたいな特殊な奴と一緒にされちゃ困るぜ」

 ネズミ君、何言ってるの?

「そうよ。何言ってるのよ。あたしたちが勇者さんと同じなわけないじゃない」

 あ、あれ?鉄子?今度は人面魚の顔が鉄子になってる!

「あんたがあたしの仲間?あんたみたいな軟弱者を仲間に入れた覚えはないわよ。そこんとこ、夜露死苦!」

 え…、僕たちは仲間じゃなかったのか?

「もう、いつもいやらしい目で見てること、知ってますからねっ。私が巨乳だからって、そんなとこ見ないでくださいっ」

 妙子?妙子の顔に、人面魚の体がついて…。ああ、あの小さくとも豊満な肉体はどこに行ってしまったのか。

「勇者さんみたいに底辺にいる人と、私が友達になるわけないじゃないですか。同じパーティだから、仕方なく仲良くしてあげてるだけですっ」

 んべえ〜っと、赤い舌を出す。

 た、妙子…。せっかくかわいい女の子とお近づきになれたと思ったのに。

「ミャウ、ミャウ、ミャウ、ミャウ、ミャウ〜」

 今度はゲンちゃんの顔になった。うるさいな。猫のくせして魚にくっつくな。

「にゃから、そういうことにゃん?貴殿は、我々とは違う人にゃん?」

 しゃ、喋った。ゲンちゃんが、喋った!?

「我々は光の中で生きていくにゃん?太陽の光の下で生きていくにゃん?一般社会の住人にゃん?でも貴殿は闇の世界の居住者にゃん。地下の生活者にゃん」

 あれ、筋肉猫?ゲンちゃん?どっちがどっちかわからない…。

「トホホ。僕はどうしたらいいんだろう。パーティのみんなはどこかに行ってしまったし、一般社会で生きていくアテはないし…」

「無学君?どうしたの」

「闇野さん。さっきは猫だったのに、今度は闇野さんの顔になってる」

「だって、無学君、こっち側の人だもん」

「何を言ってるんだ。君だって、特殊を気取ってるけど、普通じゃないか。君は魔王に憧れてるだけで、極々一般的な女子高生に過ぎないんだよ。親友がいるし、先輩にもよくしてもらってるし。自分が特別な人のフリをするのはやめるんだ」

「無学君、お腹空いた?」

「って、聞いてないし」

「ほら、オチムシャソウのパンがあるよ。食べて」

「そ、そんなもの食べたら、魔王になってしまう」

「だって無学君は私の魔王だもん。はい、あ〜ん」

「や、やめてよ!僕は魔王じゃないぞ」

「無学君は魔王だよ。こっち側の人間だよ」

 や、やめろ!僕はそっち側じゃないし、君もそっちじゃない。よくあることなんだ。思春期の一時期に、自分が特別な存在だと思ってしまうことは。えっと、それをなんていったっけ。一種の病気なんだ。ええと、ええーっと。名前は忘れたけど、とにかく言えることは、君は幻想から目を覚まして、現実を見なきゃいけないんだ…。

「お、おい!勇者、勇者ってば!」

 グイッと、肩に力がかかるのを感じた。闇野さん、意外と力ある。

 …って、あれ?ネズミ君?

「いくらダークゾーンだからって、目を瞑って歩く奴あるかよ?とっくに終わってんのに、まだフラフラしてっから、壁に激突するとこだったぞ」

 気がつくと、僕は光の中にいた。薄ぼんやりとした、吹けば消えてしまうような頼りない光だったが、それでもれっきとした光だった。

「大丈夫か?帰ったら保健室行った方がいいんじゃないのか」

 心配そうに僕の顔を覗き込むネズミ君には、ちゃんと二本の足があった。

 鉄子に妙子、それにゲンちゃんも、みんな既にダークゾーンから抜け出していた。心配そうに僕を見ている。

「だ、大丈夫だよ。僕は病気じゃないから」

「そうか?なら、いいんだけどよ」

 ふう。危ない、危ない。

 自分の妄想にハマって抜け出せなくなるところだった。闇ってのは、妄想を加速させる。

 しかし今日、神学上の難問の一つに答えが出た。

「光あれ」と神が言う前には何があったのか。

 妄想だ。

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