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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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149/206

餓鬼は勝手で、意味は重い

 ここの、ダンジョンで、生まれた?

「どういうことだよ」

 と、つっけんどんなネズミ君。目上の人に対する態度ではないが、彼は子供やお年寄りには強いのだ。

「今、言われたように坊っちゃんのお父上様はこのダンジョンのボス。ダンジョンがほぼ今の形になったときに異世界から召喚されてこられた方じゃ。元いた世界では、神と呼ばれていたお方じゃよ」

 ダンジョンのボスが、神?

 蛭孤丸の尻尾を見たときの映像が、脳裏をちらっと横切った。

 一瞬にして無数の疑問が間欠泉のように沸き上がる。だが、僕がそれを整理する前に、シルバーフィッシュは話を続けた。

「じゃが、坊っちゃんはお父上様がここに来られた後に、ここでお生まれになった方じゃ。ダンジョンができてから、長いでの。そういったモンスターも増えてきておる。お主らも、ここまで来る間に見てはおらんかの?」

「あっ」

 妙子が口を開いた。

「赤ちゃん!あの赤ちゃんですか?」

 赤ちゃん?

「ああ、あれね。あのカバの赤ちゃんね」

 鉄子に言われて、僕とネズミ君も思い出した。

 そうか、そう言われればそうだな。生まれたばかりの赤ん坊がいる夫婦を異世界から強制移住させるなど、大魔王も真っ青の悪魔的所業だ。いや、この学園ならやりかねんか。

 それはともかく、今言われるまでそんな発想は浮かばなかった。モンスターは異世界から来たものばかりと、思い込んでいた。

「確かにな。人面魚の養殖場があるくらいなんだから、モンスターだってこの中で繁殖していてもおかしくないわけだ」

 ネズミ君は腕を組んで、なるほどと頷いた。

 僕らの知らないところで生態系が育まれていたようだ。

「あのカバの赤ちゃん、どうしてるかしら?かわいかったなぁ、あのカバ」

「ほんとですねぇ。カバさん、元気かな?」

 時々、女子は男子の感覚では理解できないものをかわいいと感じるようであるが、あのカバはカバではなく、ヒポポタマス・ニニョスという。かわいいと言うなら名前ぐらい覚えてあげよう。

「そうであるから、ダンジョン生まれの二世たちを育てる環境も必要になる。じゃから、お前さん方が今いるこのエリアは、隠し扉を隔てて生徒たちが活動するエリアとは別にしてあるのじゃよ。扉には魔法がかかっておるし、普通なら生徒たちに見つかることはない」

 そうだったのか。蛭孤丸が学園を知らなかったのも、そのせいか。

「ってことは、俺たちが今いるところは、保育所みたいなもんか?」

 ネズミ君が聞いた。

「お主らの世界で言ったらそうなるかの」

 と、シルバーフィッシュは答えた。

「坊っちゃん。あれほど他のエリアには行ってはいけないと申し付けてありましたのに。こっそり抜け出しておったようですな」

 怖い顔で、老人は蛭孤丸を睨んだ。

「だ、だって、マルクス寺院の奴らが勝手に宝箱を持っていっちゃうんだぞ」

「マルクス寺院のやることは、お父上様がちゃんと把握しておられます。坊っちゃんは連中に近付いてはなりませぬと、あれほどきつく申し上げたでしょう!」

「うう〜」

 さらに怖い顔になるシルバーフィッシュ。どうやらこの老人は相当顔を変形させることができるらしい。図書館で見たときとは別人のような怖い顔になっている。蛭孤丸もシュンとなってしまった。シルバーフィッシュは彼の先生といったところか。

「というわけですじゃ。この度は坊っちゃんが勝手な行動をしてご迷惑をおかけしましたのう」

 再び柔和な顔になり、老人は深々と頭を下げた。

「ほれ、坊っちゃんも頭を下げなさい」

 グイと、手で蛭孤丸の頭を無理矢理下げさせる。蛭孤丸もへの字口ではあったが、了承しているようだった。周りで見ていたコボルトたちも、どうしようかと顔を見合わせていたが、同じようにペコリとやった。

「て、ことは、どういうこと?あたしたち、解放されたわけ?」

 話の早いのと単純なのを好む女戦士が結論を急いだ。

「済まなんだの。図書館の近くまで、儂が送ってってやろう。なんならバイトの奴も紹介しようか?」

「それは、もう済んでるからいいわ」

 僕らはこれで帰れるらしい。すっきりしないことはいろいろとあったが。

「子供たちが勝手に行動してしまったということでいいわけですね?今回のことは」

「左様。本来ならこういうことは起こらぬ」

 シルバーフィッシュは言い切った。

「なんだ、お前。この辺り一帯を取り仕切ってるなんて言うから、すごい奴かと思ったら、ただのガキじゃんか」

 身の危険が和らいだと感じたのか、ネズミ君の態度にもいつもの横柄さが戻ってきた。さすがは小市民の鏡だ。

「嘘じゃないぞ!僕はこいつらのリーダーだからな」

 コボルトたちがウンウン頷く。蛭孤丸はいわゆるガキ大将であったか。

「ダンジョンのボスんとこのボンボンだったから、霧の魔人を操れたわけだ。チェ、こんな危ないおもちゃ持ってなきゃ、こいつに捕まることもなかったってのに」

「ボンボンって言うな!」

「これ、坊っちゃん!」

 シルバーフィッシュに言われて、また、くぅ〜となる蛭孤丸。ボスのボンボンでも先生には頭が上がらないようだ。

「霧の魔人は、坊っちゃんの身に何かあったときのためにと、お父上様から賜ったものじゃ。ま、ビロとガロが見回りをしておるから、滅多なことは起こらぬがの」

「ビロとガロって、なんだ?」

「さっき見たんと違うか?ゴツいのが二匹おったじゃろう」

「あ、あいつらのことか」

 思い出し恐怖のネズミ君。ミノタウルスとサイ頭のことだ。

「仮に生徒たちがここのエリアに入ってきても、ビロとガロがすぐに追い出すじゃろうな。興味があるなら、戦ってくれてもよいぞ。いずれも命知らずの強者じゃ。坊っちゃんが見てないところでは、お行儀よくしとらんしの」

 ふぉっ、ふぉっ、と老人は笑った。

「当面はいいわ」

 鉄子にも一応の分別はある。

「さて、じゃあ図書館まで案内してってやろう。坊っちゃん、今日サボった分は宿題にしておきますぞ」

「ええ〜!?それはないよ!」

「なりませぬ。明日までにこの本を読んで、感想文を書いておくこと。よろしいですな」

 と、懐から取り出したのは、『ガマグチ探検隊シリーズ』だった。モンスターの課題図書になっているとは、絶対PTAから悪書指定されているはずだ。

「それでは、行くとするかな」

 僕らはシルバーフィッシュの後に続いて、入ってきたのとは違う扉から出た。

「じゃあな、しっかり勉強しろよ。二度と寺院の奴らと間違えるなよ」

 ネズミ君が振り返り、蛭孤丸に声をかける。何気ない言葉だが、なかなかに意味が重い。

 蛭孤丸は知ってか知らずか、

「紛らわしい格好してるからだ!」

 と、強がりとも負け惜しみとも取れる悪態をついた。

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