醤油はこぼれて、イカの味はシンプル
再び蛭孤丸に連れられて行ったところは、宴会場みたいな広い部屋だった。燭台に灯りが灯っていて、中を良く見渡せたところによると、大きさは2ブロック×3ブロック。でも、いろんなところを連れ回されて、どっちが北でどっちが東か、もうわからない。
ここのエリア全体は、どうやら玄室と短い通路との組み合わせで構成されているようだった。さっき僕らが閉じ込められていた部屋以外、どのフロアにも扉が二つ以上ついていて、通過できるようになっている。
この大きな部屋も同様で、複数の出入口があった。
「じゃあ、話の続きといこうか、さっきの」
蛭孤丸は長テーブルにあった椅子の上に、どっかと腰を下ろした。
本当に寮の食堂かなんかのように、長いテーブルが列に並べられて、いくつかの椅子が置いてある。テーブルのところどころには、醤油差しのようなものまであった。ここは蛭孤丸やコボルトたちの食堂かなんかだろうか?
奥にはステージみたいな台まであった。会議室的な用途もあるのかもしれない。
「ええ。基本的なことからお話しする必要があると思います」
僕は話し始めた。まずは学園のことからだ。だが、話し始めてしばらくすると、蛭孤丸の様子が明らかにおかしくなった。
「なっ、なんだと!?このダンジョンが、お前たちの持ち物だと!?」
ドンッと拳でテーブルを叩いた。醤油差しが倒れて、慌ててコボルトの一匹がそれを直す。
「僕たちが持っているわけではありません。が、ダンジョンは学園の所有物です。学園が造り、学園が管理しています」
「そんなことない!」
また、ドンッと叩いた。醤油差しが倒れて、中の醤油らしき液体が流れ出す。いや、そんなサンタクロースの正体をバラされた子供みたいな反応しなくても。
「このダンジョンは、僕のお父上の持ち物なんだ!」
一匹のコボルトが醤油差しを持っていき、別の一匹が雑巾を持ってきた。僕らはパーティみんなで顔を見合わせた。
「あのさ、お前さっきから、お父上、お父上って、なんなの?お前の父ちゃん、偉いモンスターか何かか?」
それまで黙っていたネズミ君が口を開いた。彼が口を開くのは不安でもあるけど、口なら彼の方が達者である。それに、僕ばかり喋っているのも疲れる。ちょっとバトンタッチしてもらおう。
「偉い?当たり前だ。僕のお父上は、地下6階に鎮座しておられる、このダンジョンの神だ」
「鎮座している?なんだ、お前の父ちゃん、マルクス寺院にいるのか?」
「阿呆か。神が寺院にいるわけなかろう」
「阿呆はお前じゃ。日本の場合は神仏習合じゃ」
「基本のヤリイカ、シンプルに醤油?何言ってんだ、お前は」
「基本じゃなくて日本だっつの。シンプルじゃなくて神仏だ。基本、神は神社だけどな、日本の場合は神社と寺が同じ敷地内にあることもあるんだよ。だからダンジョンの場合もそうかってんだ」
「基本がそうでもダンジョンの神はそんなところにはおらん」
「神じゃなくてお前の父ちゃんだろ。モンスターは神じゃない」
「神はモンスターでお父上だ!」
…やっぱりこんがらがるな。ふう。
「待って待ってネズミ君。要するに、君は君のお父さんが、このダンジョンで一番偉い存在だと言っているわけだ。つまり、それはダンジョンのボスのことだよね?あ、僕らは君のお父さんのことをそう呼んでいるんだ。ということで、君たちモンスターの中で一番偉くて一番強い。でもそれは君のお父さんがダンジョンの持ち主だということではないよ。僕らもダンジョンが造られた当時のことは知らないけど、ここにいるモンスターは学園が異世界から召喚してきたものだと聞いている。だから君のお父さんもダンジョンができた後に召喚されたんだよ。神様っていうことなら、その場合は勧請と呼ぶのかな?君のお父さんは学園によって勧請されたんだ、きっと。いや、君だって異世界から勧請されて来たんだよね?」
一応、蛭孤丸に合わせて神様扱いしておこう。僕らはまだ彼らの敵になる可能性もあるのだから、あんまり神経を逆撫でしないようにしないと。
そのとき、後ろから声がした。
「ほっほっほ。わしの方から説明しようかの」
と、どこかで聞いたことのある特徴的な笑い声。
「じ、爺っ」
僕らの後方を見た蛭孤丸は、慌てた表情を浮かべた。爺?と振り返る僕たち。
「あ、お前!」
「お、お爺さん?」
「ミャウ?」
つい最近その人に会ったばかりである。
蝋燭の光を反射して白く輝く体。ナマズのような顔。長く伸びた髭。
ファンタジー小説に出てくる魔法使いのような出で立ちのその老人は、ダンジョン地下一階の図書館の司書。
「シルバーフィッシュ、さん、でしたね」
本人のいるところで呼び捨てにするのも悪いと思って。いつからここにいたんだろう。
「ほっほっほ。読書はしておるかの?」
あれから一冊の本も読んでいない。
「は、はいっ。『ガマ探』の第一巻をネットで見つけて、注文しましたっ」
妙子、いい加減に『ガマ探』は卒業しなさい。
「じーさんが何しに来たんだよ。図書館にいなくてもいいのか?」
ネズミ君はきっと永久に自分の仕事に甘く、他人の仕事に厳しい。
「バイトの者に任せておる。ちょっと力が強過ぎて本を破らないか心配じゃが、あの猫」
猫…。筋肉猫が図書館のバイトを始めたか。
「ほっほっほ。それより、坊っちゃん。今日は図書館に来る日じゃなかったですかのぅ。勉強をサボっておっては、立派なモンスターにはなれませぬなぁ」
シルバーフィッシュは不気味な笑顔を蛭孤丸に向けた。
「さ、サボってるわけじゃないぞ。ぼ、僕は不審者を捕まえて尋問していたんだ!」
不審者=僕たちか?
「決められた勉強時間に来なければ、それはサボったというのですぞ。いけませんなあ、そんなことでは。お父上が悲しみますぞ」
「ち、父上のことを言うのは反則だぞっ」
なんか二人の間にいろいろあるみたいだが。
「ねえ、あたしたちの話ってまだ途中なんじゃないの?そろそろお腹も空いてきたんだけど」
それまで黙っていた鉄子が口を挟んだ。途端にコボルトたちがピリッとする。
「話は聞いておったぞよ。ここは儂からお主らに話した方がいいと思っての。実は坊っちゃんは、異世界から召喚されてきたモンスターではない。ここのダンジョンでお生まれになったんじゃ。ここにいるコボルトたちもな」
え?なんだって?




