犬は泣いて、単語は不明
「え?」
「だから、ガクエン。さっきから君の話の中に、ガクエン、ガクエンって、何度も出てきてるけど、ガクエンって何だ?」
「何だ、お前。そんなことも知らずに…、きゅう!」
背後からカエルを締めたような音が聞こえてきた。これでしばらくはネズミ君も大人しくしているだろう。コボルトたちに動揺が走ったが。
「学園とはここファンタジア学園のことです。マルクス寺院と学園は別物です。僕らは学園の生徒です。ですが、マルクス寺院は自分たちの活動のために、学生の一部を取り込んでいるようです」
なるほど、どうやら蛭孤丸は学園の存在を知らなくて、青いブレザーを着た人はみんなマルクス寺院の関係者だと思っているようだな。
「ガクエン、学園。つまり、君たちはマルクス寺院の手先ではなくて、その学園とやらの手先だということか。で、学園と寺院は対立しているけど、寺院の方から揺さぶりをかけていて、君たちはそれを危惧していると」
「そんなところです」
マルクス寺院についてはまだ謎が多い。僕らにも学園との関係はよくわからない。
学園と寺院が対立しているかどうかも不明だ。寺院には蘇生の魔法という切り札があり、学園側もそれを利用している節がある。
ただ、学園長を始めとする学園の先生たちが丸楠の側に立っているようには思えない。怪しいのは玉ねぎ親父なのだ。
だが、ひとまず今の蛭孤丸のように理解すると整理しやすい。実態はどうだかわからないが、現状僕らが手にしている情報から論理を組み立てれば、間違ってはいないだろう。
ダンジョンで生活していて学園も知らないなんて、どんな世間知らずだと思ったけど、案外頭のいい奴なのかもしれない。いや、モンスターは学園なんて知らなくて当然か。僕らは彼らにとって、ただの侵入者に過ぎないのだ。
「なるほどな。大体の話はわかった。だが、まだ君たちを信用したわけじゃない。マルクス寺院と別の組織だとして、どうして僕たちの宝を奪おうとしていたんだ?」
「宝?」
「とぼけるなよ。ロピックの守りを突破しようとしていただろう」
ああ、なるほど。
「ということは、あの扉の先には宝箱が置いてあったということですか」
「なんだ、知らないのか?」
「ええ。僕らは地下二階に来たのは最近ですから。このフロアのことはまだほとんど知りませんね」
「ふうん、そうなのか。いつも寺院の奴らに荒らされてるからな。扉に鍵はかけてるけど、開けられて持っていかれてしまう。だから今日はロピックを見張りとして置いておいたんだ」
運悪くそのタイミングで僕らは現れたわけか。
「な、なんだよ。じゃあ普段はこいつはいないのかよ。だったら、チャチャッと鍵開けて…、ムギュ!」
いつの間にかネズミ君が復活していて、お得意の憎まれ口をかまそうとしたが、鉄子がなんらかの手段でその口を封じたようだ。
僕からは死角になっているから、何をしたのかわからないけど、コボルトの中には泣き出す子もいた。
でも、ナイス鉄子。まあ、ネズミ君にはチャチャッと鍵は開けられないけど、宝箱を取っていくのはマルクス寺院の人だけじゃないもんな。
生徒たちも普通に出入りしていて、モンスターを倒したり宝箱を取ったりしている。蛭孤丸たちからしてみれば、やっていることはマルクス寺院と変わらない。彼が学園を知らなかったのは僕らにとって幸運と言える。もし知っていたとしたら、問答無用で僕らを敵と認識していたに違いない。
「でも、マルクス寺院の者であれば、ロピックを破壊することも容易いかと思われます。こういう貴重な機械を置いておくのは、かえって危ないかもしれません。宝箱は取られても時間が経てば復活しますけど」
そう言った僕の言葉を、蛭孤丸はすぐには理解できなかったようだ。
「機械?機械って、ロピックのことか?ロピックは機械じゃないぞ」
「え?ロボットですよね?」
僕はロピックを凝視した。
「チガウ、チガウ。ユウシャ、マヌケ、ユウシャ、オタンコナス」
胸のディスプレイにNUCKLEHEADと表示された。何言ってんだ、マヌケはお前だ。頭にKが抜けてるぞ。
「ロピックはロボットじゃないぞ。異世界にはロボットがたくさんいる世界もあるそうだが、ロピックは電子系モンスターだぞ」
と、蛭孤丸が説明した。
あ、そうか。そういえばダンジョンの中では、スマホとかは持ち込んだとしても使えないんだった。ロボットなら尚更だ。
蛭孤丸の言う異世界ってのは、どこのことだろう。異世界から来たモンスターにとっては、僕たちが住んでいる世界の方が異世界かな?それとも、異世界の中には科学が発達した世界もあるのかな?
「それと、宝箱は勝手に復活したりしない。僕のお父上の家来たちが、その都度ゴールドを詰め直しているんだ」
うん?今度は僕が蛭孤丸の言葉をすぐに理解できなかった。
お父上?家来?詰め直す?
よく知っているはずなのに、意味のわからない単語が連発で出てきた。
「ねえ、勇者さん」
僕が混乱していると、鉄子が口を挟んできた。
「話の邪魔して悪いんだけど、さっきからこの子の言ってることがよくわからないのよね。なんていうか、辻褄が合わないっていうか」
「わっ、私も、そう思います。なんか、私たちが知っていることと違いませんか」
妙子も出てきた。するとコボルトたちがゲンちゃんにちょっかいを出そうとして、猫がシャーッてなる。好奇心旺盛だな、この子たちは。
「どうやら僕らが学園から聞いていた話と、今、蛭孤丸さんからお伺いした話と食い違いがあるようです」
「待てよ、勇者。それ以前によ、基本的なことについての理解が怪しいぜ。学園も知らなかったわけだし」
ネズミ君も復活してきていた。たいした生命力である。確かに、勇者のことを個人名を指すものだと思っていたりもする。
蛭孤丸は眉間に皺を寄せて、そんな僕らのやりとりを聞いていた。
「そうですね。先に一度、もっといろいろとじっくり説明した方がいいかもしれません」
まっすぐ蛭孤丸の瞳を見つめる。彼は疑い半分、興味半分。こういうとき、目を逸らしてはいけない。
先に視線を外したのは蛭孤丸の方だった。顎に手をやり、床をじっと見つめて考える。しばらくして、言った。
「そうだな。場所を変えて、じっくり話を聞いてみよう」
僕はホッと、肩に入っていた力を抜いた。




