理論は空論、舌は多い
「さてと、君たちの処分が決定したよ」
その言葉を受けて、パーティにピリッとした緊張感が走る。ミノタウルスとサイ頭はいなかったが、ちっちゃなコボルトたちは勢揃いして、儀仗兵よろしく胸を張っていた。狐の少年の腰帯には、豚の魔人入れが吊り下がっている。
「父上のやり方には反しているかもしれないが」
少年はそこで一旦、言葉を切った。
「僕は君たちマルクス寺院の横暴は許しておけないんだ」
う、うん?マルクス寺院?
「本当なら君たちの首を寺院に送りつけてやりたいところだ。でも、そこまでするのも大変だから、海に落としてイカの餌にしてやる。うまく行けば助かるかもしれないけど、あとは君たちの運次第だ」
ザッと、コボルトたちが棒を構えて前に出た。
海?イカ?いや、それよりもっと他に気になることが。
「お、おい、待てよ。お前なんか勘違いしてないか?今、マルクス寺院って言ったよな。俺たちはマルクス寺院とは何の関係も…、おわっと!」
コボルトたちの棒先が一斉にネズミ君に突き付けられる。
「俺は話し合おうとしてるだろ!なんだよ、クソガキ、その態度は!まったく、親の顔が見たいもんだぜ」
とても話し合おうという人の態度ではない。一方、言葉のどこかに突き刺さるところがあったのか、狐の少年は露骨に不愉快そうな表情を見せた。
ネズミ君もネズミ君だが。人に話すときはちゃんと内容が伝わるように表現を工夫しましょうって、道徳の時間にやらなかったかな。学校で学んだことがまったく身についていない。
「待ってください、皆さん。盗賊の態度が悪かったことは謝ります。でも今言われたことに若干の疑問点があります。正確な事実が反映されてないように思われるのです。あ、それから申し遅れましたが、僕はこのパーティの勇者です。代表者は僕です。だから僕の意見がパーティの意見です。盗賊の言うことはお気になさらないでください。失礼があったことは認めます。ですが、盗賊とはどんなパーティにあってもこういうものなのです」
「な、勇…!んが!」
何か言いかけたネズミ君を鉄子がスリーパーホールドで捕らえた。僕は腰を折って、深々と頭を下げた。
しばらくして顔を上げると、狐の少年の顔にはまだ苦々しさが残ってはいたが、聞く耳を持たないといった様子でもないように見えた。
「勇者さん…、か。人間にはよくある名前だね」
と、意外な反応があった。
「魔王と戦ったことのある人間は、大体勇者っていうね」
あ、いや、それは名前じゃなくて、称号とか役職みたいなものなんですけど。でも、僕の場合は名前で、これは人間の名前としては大変珍しく、と瞬時にややこしい文章が頭の中に浮かびかけたが、そこは掘り下げないでおこう。今、解かなくてはいけない勘違いは他にある。
「僕は蛭孤丸だ。この辺り一帯のモンスターを取り仕切っている」
勝手に向こうは自己紹介してくれた。
「で、勇者さんは何か言いたいことがあるのかな。そちらがそういう態度に出るのなら、話ぐらいは聞いてあげてもいいよ。それによって決定が覆るかどうかはわからないけどね」
偉そうな奴だが、一応筋の通った話はできるようである。それが果たして会話になれるだろうか。
会話になるためには、一方的に自分の意見を伝えるだけではいけない。相手の言い分も理解すること。伝達と理解の両輪が必要だ。それがほとんど人と会話することなく生きてきた僕の見解である。
…心許ない。実に心許ないが、やってみるしかない。やってみるしかないが、子供は会話が苦手だ。往々にして自分の主張をぶつけるだけになりがちである。そもそも文章理解力がなっていない。ちゃんと勉強をしていないせいだ。だからたった140文字の文章さえ正確に理解出来ずに誤解に誤解を重ねている。それに、だいたい偉そうな子供はそれだけで腹が立つ。なんかムカついてきた。大丈夫かな?
「今、申しましたように、いささか誤解があるように思われます。蛭孤丸さんは寺院と言われましたけど」
なるべく言葉を選んで話す。道徳の教科書で学んだことは、実践したことないけど理論としてはわかってるんだから。
「僕たちはマルクス寺院の会員ではありません。彼らもダンジョンの中で色々と活動しているようですので、よく思われないモンスターの方もいらっしゃるようですけど、僕らとは何の関係もありませんよ」
蛭孤丸は手を顎に当てて(狐の顎の位置を正確には知らないが)、眉間に皺を寄せた。
「関係ないだって?僕は君たちみたいな青い服を着た奴が、かわいそうなモンスターをいじめていると聞いているぞ。君らも仲間じゃないのか?」
「その青い服を着た奴というのは、どういった人ですか」
「なんでも、蛇みたいな目をしているということだったが」
僕らはピンときて顔を見合わせた。
「そ、そいつ、アレだよ!七三分けの、コケシをドカンッて一発した野郎だ…、イテッ!」
ゴチンと一発、鉄子が鉄拳を落とした。
「あんたはややこしいんだから、黙ってなさい」
それを見たコボルトたちの顔に怯えの色が浮かんだ。過保護に育てられた現代っ子には、昭和のスケバンは刺激が強過ぎたかもしれない。
「僕らもその人に会ったことがあります。実を言うと、そのときマルクス寺院の会員にならないかと誘われたのですが、僕らは断りました」
本当は猫アレルギーと思われるそいつが勝手に帰っていったんだけど。ここはマルクス寺院に反対の立場だと思わせておいた方がいいだろう。
蛭孤丸はまだ疑っているような表情だ。
「僕らもその人の行方を追っているんです。学園の生徒を調べてみましたが、それらしき人はどこにも見当たりませんでした。ひょっとすると学園とは関係のない人物かもしれません。僕たちが着ているのは学園の制服です。マルクス寺院のものではありません。おそらくその人物は、カモフラージュのために学園の制服を纏っているものと思われます。もし他にも情報をお持ちでしたら、宜しかったらお教えして頂けませんでしょうか?マルクス寺院は、学園の経営にも入り込んでいる可能性があります。僕らも学園を愛する者として、警戒しているところです。そちらに何かご協力できることもあるかもしれません」
再び深いお辞儀をする。うわぁ、敬語と婉曲表現のオンパレードで舌がもつれそう。道徳律を完璧に実践するためには、舌が何枚もいる。人が道徳的かつ倫理的であるためには、二枚舌、三枚舌が必要なのだ。
一方、う〜む、と難しい顔で腕組みをする蛭孤丸。
どうだろう?相手と共通の敵を持っていることを説明したし、僕らからも利益供与できることもにおわせた。理解してもらえるだろうか?もちろん半分は口から出まかせだけど。
「そうだ、そうだよ。俺らが丸楠の味方になったりするもんか。あいつは玉ねぎ親父とグルかもしれないら」
ネズミ君が口を開いて、またややこしくなるかと思ったが、蛭孤丸はそれには反応せず、僕に聞いてきた。
「一つ、君に聞きたいんだけど」
「なんでしょう」
努めて平静を装うが、内心ビクビクものである。今言ったことの矛盾点を突かれでもしたらどうしよう。
「ガクエンって、何だ?」




