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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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145/206

雪隠は野にあり、男女に差はある

 改めて部屋の中を見回してみる。なんのことはない、普通の玄室だ。無機質な石壁に囲まれた、石壁だけの、石壁以外には石壁しかない、石壁のための部屋だった。

「まるで拷問部屋みたいだな」

 ネズミ君が言った。

「何もないところに置かれると、人間、勝手に気が狂っていくらしいぜ」

 ランプをいろんな角度に照らしてみても、無愛想な石壁が映るだけだった。冗談の一つも言ってくれない。壁のどこを探しても、柳家小さんのサインもない。もし柳家小さんがサインした石壁だったら、小噺の一つでもお願いしたらやってくれるだろうか?

「でも、ランプも武器も取り上げられなかったね」

 くだらない妄想を途中で切り上げて、僕は現実に戻った。

「うーん、圧倒的な戦力差があるから余裕なのか、別に俺たちと戦う気はないのか」

 その両方、だろうか?さっき狐の少年が処分と言っていたのが気にかかる。その処分というのは、子どもらしいボキャブラリーの不足による言葉の誤使用なのか、それとも本来の意味を持っているのか。

「いずれにせよ、俺たちの力は見抜かれてるよな。こんなところに閉じ込めたって、すごい魔法使いのいるパーティだったら、転移の魔法で逃げ出しちゃえるんだから。それか扉を破壊するとかな。ま、そういうパーティが地下二階をうろついてたりはしないか」

 そうなのだ。優秀なパーティはエレベーターに乗ってとっとと地下6階に下りて、異世界に行ってしまうのだ。ダンジョンにいる時点で、それは未熟なパーティなのである。

「こっちから扉を開けられないの?盗賊さんは」

 女戦士は若干の皮肉を声色に含ませた。

「こっち側にゃ、ノブも鍵穴もないぜ。完全な板だ。どんな腕利きの盗賊だろうと、腕を振るうための手掛かりがなければ仕事はできない。無理な仕事はしないのがプロだぜ」

 仮に手掛かりが満載であってもお手上げだったと思うが、盗賊は自らを銀河系クラスに過大評価し、スケールの大きな理論武装で自己擁護した。

「丸太ん棒か何かあれば、ぶち破れるかもしれないわね」

 と、こちらは破壊のプロの見解である。

 どうするか。木製の扉は僕のハンマーで叩けば壊せるかもしれないけど、一応話し合うということでここに連れて来られたし、さっきの重量級のモンスターと戦っても勝ち目はない。

 そのとき、突然ゲンちゃんが鳴いた。

「ミャウ、ミャウ、ミャウ、フミャウ〜」

 情け無い鳴き方だった。

「お腹空いた?」

「い、いえっ、その…」

 そっちの方か。

「勘弁してくれよ。全然トイレトレーニングできてないら」

 自分に甘いが、他人と猫には厳しいネズミ君である。

「隅っこでさせたらどう?モンスターだって、いちいちトイレに行ってるとは思えないし」

 実家にトイレがなかった環境で育った僕にとって、そもそもトイレとは野でするものである。それに、ここじゃ便器はキリンの家なのだ。

「は、はい、そうしますっ」

 妙子はゲンちゃんを、入り口から見て右斜め奥の角に連れていった。

「今まで普通に床に座ってたけど、よく考えたら汚かったかもしれないわね」

 鉄子は立ち上がってスカートのお尻を払った。

「ダンジョンってのはそういうもんら?くさくてジメジメして、息が詰まりそうになるのがダンジョンだぜ」

 ネズミ君は直にべったり座っている。どちらも細かいことは気にしないタイプに見えるが、これが性差というものなのだろう。

「でもその割には綺麗だよね」

 と、僕。メンテナンススタッフの苦労が偲ばれる。

 妙子はなかなか帰ってこなかった。気になって見てみると、角を向いてしゃがみ込んだまま、何やらじっとしていた。ゲンちゃんはその辺をチョロチョロしてるから、あれ、もう終わったんじゃないかな?

「遅いな。まさかとは思うが」

 ネズミ君が疑っているのは妙子にもゲンちゃんと同じ用事があったのではないかということだが、お嬢様に限ってそれはないだろう。僕が心配しているのは別のことだ。

「あたし、見てくる」

 と、鉄子が行ってくれた。

 そういや妙子は本来、こんなところに来るような学生じゃないよな。女子の心理に疎い僕はそういったところまで、あんまり気を回していなかったけど、女の子だもんな。

 怖い思いしてモンスターに捕まって、狭くて暗い部屋に閉じ込められて。トイレと床の区別もないし、おまけにパーティの勇者は頼りにならないとなれば、情緒的に不安定になるのも致し方ない、か。

 パーティに鉄子がいてくれてよかった。これが男子三人女子一人とかだったら、どうなってたんだろう。パーティに紅一点は実際には難しいのだと、こんな機会に学習する。王さんのとこみたいに、メンバー全員が彼女の崇拝者なら別かもしれないが。

「ねえ、勇者さん。ちょっと来てくれない?」

 鉄子から呼ばれた。いいのかな?こんなヘナチョコ勇者が側に行って。

 と思ったが、事実はまったく違っていた。

「あ、勇者さんっ。ここに耳を近づけてみてください」

 振り向いた妙子の頬には、何かが流れたような跡はなかった。壁にはたった今ゲンちゃんが描いたばかりの華厳の滝が。

「猫のションベンで水琴窟ができたなんて話は聞いたことないら」

 呼ばれていないのにネズミ君もやってきた。彼くらいの図々しさが僕にも必要なのかもしれない。

「そうじゃないわよ、黙って耳をすませなさい」

 鉄子が強引にネズミ君の顔を壁に近づける。

「わわわっ、ションベンがつくだろっ」

 うるさいなぁ。ちょっと黙っててくれないかな。

 しばらく耳をすませていると、女子たちが伝えたかったものの正体がわかった。

「これ、波の音?」

 ザザザザァ…、ザザザザァ…、という音が、かすかに聞こえてくる。その音に一番近いのは、僕の知識の中では海の近くで聞こえる音だった。

「どれどれ。駿河湾の専門家に見せてみたまえ」

 ネズミ君はリュックから聴診器を出して壁につけた。

「ネズミ君、そんなの持ってたの?」

「盗賊が七つ道具を持ってるのなんて常識だら?」

 七つ道具か。あと六つなんだろ。今まで使ったものでいくと、役に立たない合鍵にエコバッグ、自慢のノコギリ、雑巾に電車ごっこ用のロープ。それとポケットの中の謎の飴ちゃんか。

「ふむふむ。こいつは波だな。それも浜名湖のような汽水湖の波の音とは違う。純粋な海の波の音だぜ」

「どう違うっていうのよ」

 鉄子の抗議を無視して、ネズミ君は他の壁も調べにいった。同じようにしばらく聴診器を当てたあと、神妙な顔つきでドクターは戻ってきた。

「こっち側とこっち側は聞こえるな」

 入り口から見て正面と右の壁を指差した。

「どういうことだろう?」

「わっかんねぇ」

 彼は肩をすくめてお手上げのジェスチャーをした。これなら聴診器を使うまでもない。

「抜け道でもあるんでしょうか?」

 妙子が首を傾げる。

「地底湖があるのよ、きっと」

 鉄子の口から地底湖なんて言葉が出たことに驚く。

「うんにゃ、これは絶対海の音だ」

 あくまで主張を変えないドクター・ネズミだが、藪医者臭がプンプンする。

 僕らがああだこうだと言い合っていると、ガチャリと鍵の外れる音がして、狐の少年とロピックが入ってきた。

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