狐は偉くて、犀は怖い
魔人はどうやら少年が持っている、豚の貯金箱みたいなものに吸い込まれたらしい。鼻の部分が蓋になっているようだ。
偶然にも九死に一生を得たような状況だが、そう信じていいものか。
その少年、背格好は小学校の高学年ぐらい。着流した群青色の着物、一見すると大きな七五三のようにも見える。足元は素足に雪駄履きだ。
全体的な印象や見た目の雰囲気が少年めいているから、少年と言ってしまうけど、日本中どこを探しても、こんな少年はいないに違いない。
突き出た鼻先。頭の上で尖っている二つの耳。着物から覗く肌は、よく実った小麦畑のような黄金色した毛並みで覆われていた。
狐だ。少年みたいな狐?狐の少年?が、なんだか偉そうにふんぞり返ってこちらを見ている。
化け狐か。僕は筋肉猫を思い出した。あれは化け猫だな。
狐の少年の後ろには、似たような顔のモンスターがぞろぞろ控えていた。その数、一、二、三…、たくさん。
背丈はこの少年よりも頭一つ分低いか。毛並みはもっと黒っぽい。こっちはみんなお揃いの、青藤色の法被に白い鉢巻。足元は裸足。顔は狐ではなく、こいつは犬だろう。
犬面人体の化け物。逆人面犬、じゃなくて、コボルトだ。異世界生物学の教科書でも最初の方に出てくる、異世界ではお馴染みのモンスターだ。
教科書のイラストよりも、顔が幼く見える。手に手に棒っきれを持って、僕らを睨みつけていた。おそらく精一杯の怖い顔をしているのだろうが、それでもなんかなごむような印象がある。きっとまだ子供(子犬?)のコボルトなのだろう。よく見ると、棒の代わりにランプを持ったコボルトもいた。
コボルトたちは、サッと扇型に広がり、僕らを取り囲んだ。
もし敵が彼らだけだったら、僕らは戦いを挑んでいたかもしれない。霧の魔人さえ抑えれば、なんとかなるのではないか。
だが、狐の少年に付き従っていた残り二体のモンスターは、僕らに戦意を喪失させるに十分だった。
一体は筋骨隆々の牛の化け物。身長は2mはあろうか。以前ちんぶり商店ダンジョン支店の店内で見かけたこともある、ミノタウルスだ。あのときは買い物中で丸腰だったが、今は赤いシングレットに、バカでかい両刃の戦斧を装備していた。
もう一体は初見だが、背格好はミノタウルスとよく似ている。サイの頭の化け物で、こちらも負けず劣らずガチムチ。まるで筋肉の実物標本だ。こっちは青いシングレットに、身長と同じぐらいの刺又を手にしていた。
どう考えても、この二体に喧嘩を売るのは得策ではない。一難去ってまた一難、か。
「つまらない気は起こさないようにね」
偉そうな狐の少年は、ポンポンと豚の入れ物を叩いて言った。
「君たちが大人しく従うというのなら、手荒な真似はしないよ。でも、抵抗するというのなら」
スッと、ミノタウルスとサイのモンスターが前に出る。う、すごい威圧感。この二体だけで一個小隊分くらいの戦力がありそうだ。
「わかった。話し合おう」
僕は言った。鉄子にも武器を下ろすように仕草を送る。
狐の少年は僕らの後ろを見て言った。
「ロピック、ご苦労さん」
「ロピック、ゴクロウシタ。ロピック、シゴトシタ。ロピック、エライ」
ロピックは誇らしげに目を緑に明滅させた。
「ムッ、こいつ、こいつらとグルだったのか」
今さら気づいたようなネズミ君。だからサイレンが鳴ったときにやばいと思ったんだ。
「君たちは僕についてきてもらおうか」
狐の少年はクルリと僕らに背を向けると、雪駄をチャカチャカ言わせて、玄室の入り口へと向かった。ロピックもピピピピと電子音をさせて、後をついていく。やっぱり下に車輪が付いているようだ。
しかし、この少年、と思う。彼の着物は、お尻のところに穴が開いていた。そこからフサフサした尻尾が出ていたのだが、数が多い。瞬時に正確な本数は数えられなかったが、僕の頭にある名称が浮かんだ。
九尾の狐。
日本の妖怪の中でも屈指の妖力を持つという妖怪。
突っ立ったままじっと見ていたら、コボルトたちが棒で僕らのお尻を突いた。
「イテッ。手荒な真似すんなって」
ネズミ君が拳を振り上げたが、その手はサイの化け物にはっしと掴まれた。
「す、すいませんっ。へっへへ…」
ニュウッと歯を出して気持ち悪く笑う。
玄室を出たところ(7.16)で、狐の少年は、ランプ持ちのコボルトとともに待っていた。
あれ?さっきはなかったのに、北側に扉がついている!?
「ふふ、驚いてるね。隠し扉だよ。君たちには絶対に見つけられないだろうけどね」
狐の少年は扉を押し開けた。
そのまま、まっすぐ進み、両側に扉があるところを左。正面の扉を開けて、少し行ったところで今度は右。再び右で扉をくぐって今度は左。
なんとか把握しようとしていたが、途中で分からなくなってしまった。扉と短い通路の連続だった。見たところ一つの通路には、何枚も扉が付いていた。僕らはその後も何度も向きを変えて、何枚もの扉を開けて、奥深くへと連れられて行った。
チラと妙子を見たが、彼女もマッピングをしている余裕はなさそうだった。興味津々で覗き込もうとするコボルトたちから、怯えるゲンちゃんをかばうので精一杯だった。
そのうちにしばらく長めの通路を歩き、突き当たりの扉をくぐると、玄室に出た。入り口以外に、扉はついていない。
「しばらくここにいるんだ。君たちの処分が決定次第、戻ってくる」
と言って、狐の少年はロピックとコボルトたちとともに部屋を出ていった。
「お、おい、待てよ!俺たちは話し合っ…、ひぃっ」
食ってかかろうとするネズミ君の胸の前に、サイ頭が刺又を突きつけた。
彼はふらふらと二、三歩下がって、ストンと尻餅をついた。
最後にミノタウルスがギロリとこちらを睨めつけて、バタンとドアを閉めて出ていった。
ガチャリと、外側から鍵をかけた音がした。
「話が通じる相手ではないわね」
そう言ったのは意外にも鉄子だった。ふう、とセーラー服の袖で額の汗を拭う。彼女もあの二体の剣呑さを感じていたらしい。
「俺たち、この状況ってば、捕まってんじゃないか?」
ネズミ君は完全に正しいと思う。
ダンジョンの奥深くに連れてこられ、狭い部屋に閉じ込められている。処分の決定を待って。
「ねえ、ここってこんなに危険なダンジョンだったの?」
鉄子が眉間に皺を寄せる。
「別に学園の先生たちが見張っててくれるわけではないからな」
そっけなくネズミ君が答えた。
「でも、毎週休養日にはメンテナンスするんだよね?」
と、僕。最悪、今週六日目には助け出されるのかと思ったりもして。
「一応、業者がな」
「業者って」
「人間がノコノコ入っていくわけにはいかないから、モンスターのな。見たことあるだろ。ちんぶり商店にいたカッパ。ああいうやつとか」
そう言われてみれば、至極当然か。何で今までそういうこと考えなかったんだろ。想像力が欠如しているのだろうか?妄想ぐらいしか遊ぶことがなかった子どもだったというのに。
「先生たちには報告行くけどな。そうなった場合は」
そうなった場合、か。生徒のものとおぼしき白骨が見つかりましたってやつか。




