猫はタマで、四字熟語は百花繚乱
「ふんぬ〜っ!」
ネズミ君は渾身の力を込めてロピックを押した。だが対するロピックも、負けてはいなかった。
「チャーーージ!」
ディスプレイにCHARGEの文字が表示される。また目が赤く明滅した。動かされまいと、踏ん張っているようである。
チャッ、チャッ、チャッ。チャッ、チャッ、チャッ。チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ。
「チャーーージ!!」
画面の文字が激しく点滅を繰り返した。
「お前ら、どっちの応援してんだ!」
ネズミ君は顔を真っ赤にして、恨めしそうに僕たちを睨んだ。
「画面から音が鳴ってるだけだよ」
ロピックには精神力自己供給機能がついているようだ。
「どうするの、勇者さん?」
やる?というように鉄子が僕を伺った。これがある限り先には進めない、か。
「手伝おう」
仕方なく、僕と鉄子もロピックに手をかけて、反対側から引っ張る。
すると、ビィーッ、ビィーッとサイレンのような音が鳴り、ディスプレイにDANGERと表示された。
「キケン!キケン!シンニュウシャアリ!シンニュウシャアリ!」
ロピックの目は明滅をやめ、赤いビームのような光を放った。
やばいか、これ?
ネズミ君、やめよう、と言いかけたそのとき。
「フミャオア〜〜〜!!」
それまで大人しくしていたゲンちゃんが、激しくわめいた。毛が逆立っている。
「ゲ、ゲンちゃん!?どしたの!?」
見ると、妙子のまわりで、黄色い霧のようなものが発生していた。
「妙子さん、危ない!」
咄嗟に危険を感じて、叫んだ。が、間に合わず。
ドンッ!と何かに弾き飛ばされるように、妙子が僕の方に飛んできた。
「きゃっ!」
「うわっ」
衝撃を感じて、ドーンと後ろに倒れ込む。なんとか頭を打つのだけは免れた。
痛い?いや、柔らかい。倒れた背中に感じる床ではなく、体の前面が。
妙子が僕の胸に飛び込んできて、一緒に倒れている。
これはもしや、僕の顔についているのは!
「ゲンちゃん、大丈夫!?」
まさしくゲンちゃんのゲンちゃん。くぅ〜。
「こんな大物が隠れていたとはね。図体でかいくせして、タマはちっこいじゃないの」
鉄子は既に新たに出現した敵をロックオンしていた。ちっこかろうがでかかろうが、顔につくのは勘弁願いたい。
こいつは確か見覚えがある。異世界生物学の授業じゃまだやってないけど、結構ページの終わりの方に出てくる。
だるま弁当のようなでかい顔。太い首に盛り上がった肩、太い腕。胸板は厚く、腹筋は金の延べ棒みたいなものが六つ連なっている。
腰から下は濃い黄色の霧状になっており、足らしきものははっきりとは見えない。筋骨隆々な上半身が、黄金の霧に乗って宙に浮かんでいるようにも見える。
デカいな。頭は2m以上のところにあった。
「さしずめ空飛ぶホーガンってとこね」
鉄子が低く呻いた。
霧の魔人。確かそんな名前だった。こんな浅い階に出てくるのか。超重量級のパワーを持ちながら、体を自由自在に霧に変身させることができる恐ろしい魔物。出会うのはもっと先だと思っていたけど。
弱点は…、なんだったっけ。ちぇ、せっかく予習したのに、肝心なところを覚えていない。
「えれえもんが出てきやがったな」
ネズミ君はロピックを押すのをやめて、床に置いたランプを拾い上げた。
「問答無用!先手必勝!一石二鳥じゃあ!」
言葉の意味は支離滅裂だが、一騎当千の女戦士は勇猛果敢に霧の魔人に襲いかかった。
「喰らえ!単刀直入!」
えいやっとアオダモの棒を振り下ろす。一知半解とはこのことだ。
だが、鉄子の攻撃が当たる瞬間、敵は曖昧模糊とした霧に変身し、棒は手応えなく素通りした。
シュルシュルと黄色い霧の塊は移動し、今度は少し離れた場所で実体化を始める。
「この卑怯者!八方美人か!」
厚顔無恥とでも言いたいのだろうか?でも、そんなこと言ったって相手はプロレスラーじゃないんだから、正々堂々と戦ってくれるわけではない。
僕はデメキンのハンマーを両手で持って、霧が固まりつつあるところへと走った。この妖怪変化め、魑魅魍魎め。実体化した瞬間を狙って、目の飛び出るような一撃を喰らわしてやる。
ブンっと振り回す。ガキィイーンと、金属同士がぶつかる硬い音が響いた。
グッ!
目が飛び出そうになったのは、僕の方だった。危うくハンマーを落としかける。
今度は魔人は、避けもせず、霧に変わりもしなかった。デメキンは確実に魔人の肉体を捉えた。腹筋と正面衝突したというのに、敵は余裕綽々で僕を見下ろしていた。魔人の体には、なんの跡もついていない。
くっ、なんたる堅忍不抜。
「おわっ」
ドーンと胸を突かれて、僕はピンボールのようにコロコロと転がった。
いや、丸太のような腕で突かれたわけではない。デコピンの要領で、指だけで弾き飛ばされたのだ。
「隙あり!」
猪突猛進、鉄子は思い切りジャンプ。大上段にアオダモの棒を構える。
「チェストォオォ〜〜〜!!」
薩摩示現流か。出身地が行方不明のこの九州女児は、九州のものならなんでもありか。
だが全身全霊を込めたその一撃は、いともあっさりすかされた。また霧になって、雲散霧消してしまったのである。
「だああ!」
ターゲットを失って、ダンッと着地する鉄子。だが彼女の後ろで、すぐに実体化が始まっていた。今度は大きな手のひらの形に。それがひゅっとハエを払うような仕草をした。
「ふひゅっ」
簡単に飛ばされる鉄子。実力差がありすぎる。あっという間に青息吐息だ。
「へ、変幻自在かよ!」
なんか知らんが、ネズミ君が参戦してきた。
「せ、戦々恐々ですっ」
妙子まで。
「ニャン、ニャン、ニャニャ、ニャニャ!」
ゲンちゃん。無理するな。
「くう〜っ、魔血万事だわよ!」
鉄子はある意味、首尾一貫している。
ネズミ君の言葉通りに、霧の魔人はまた姿を変えていった。5本の指の間隔が離れていき、ヒトデのような星型になる。一本一本が薄く平べったく広がり、羽根みたいになった。
それが入り口を扉の手前まで下がると、ブーンと勢いよく回転を始めた。これは…、扇風機?
ゴオオオオ!と、強い風が吹きつける。
「おあっ」
「きゃあ!」
「ミャウ〜!」
うぐっ、なんて強風だ。扇風機どころじゃないぞ。まるで台風の中にいるみたいだ。動けない!
くっ、息をすることすら辛い。まさに絶体絶命!
このまま一網打尽にされてしまうかと思われたそのとき、まさに青天霹靂なことが起こった。
「よ〜しよし、いい子だ、マンジン。そのくらいでやめるんだ」
少年のような声が聞こえる。人影?誰か部屋に入ってきている!風はまだ傍若無人に吹き荒れていた。
「さあマンジン、戻っておいで」
風は一向に収まらない。
「マンジン、マンジン!やめるんだ!」
マンジンって、魔人のことか?馬耳東風だな。
「えーい、こうなったら実力行使だ!」
少年らしき人影は、手に持っていた壺のようなものを掲げた。すると、シュルシュルシュル〜と、魔人は強制的に霧に戻されてその中に吸い込まれていった。黄色い霧が全部入ってしまうと、パタンと蓋が閉まった。
うん?この蓋、豚の鼻?




