背負い袋は高級志向、恩恵は届かない
念のため、ダンジョンに潜る前に保健室に行っておいたが、毒消しの魔法は必要なし、と診断された。
本当に大丈夫なんだろうな。
「お、勇者。今日は顔色いいな。なんかいいことでもあったか?」
午後2時。ダンジョン入り口でネズミ君に会う。
「昼に食べたものが滋養強壮によかったみたい」
「おまたせ〜」
いつものように女性陣が遅れてくる。
「おせえよ」
「あれ、妙子さん、カバン変えた?」
妙子のバッグが、いつものトートバックからリュックサックに変わっていた。やっぱり例のモノグラムがついていたけど。
「はい。新しいのを実家から送ってきてもらったんです。両手が使えるので便利です」
よっこらしょと、ゲンちゃんを抱き上げた。
だいぶ大きくなったもんなぁ〜。子猫だとばかり思っていたけど、あっという間だな。
「じゃ、行こうぜ」
ネズミ君はランプに火を入れ、僕らは地下へと降りていった。
(3.13)の階段から地下二階に下りて、便所キリンのひしめくトイレ回廊に侵入する。
次から次へと襲って来るキリンをかわして、通路の終点(6.16)へ。紫のキリンは今日も少し顔を覗かせただけで、眠そうに戻っていった。
一応、彼の生存確認が取れただけでもよしとするか。別に攻撃範囲には入っていないけど、茶色のキリンを見るのが悲しいので、さっさと扉を開けて向こう側(7.16)に出た。
扉の向こうは、南北どちらかの方向に行けるようになっていた。おそらく通路であろう。北を選ぶと、すぐに1ブロック北(7.17)で行き止まり、東に扉が付いていた。
「行くか?」
ネズミ君が僕を振り返り、確認する。
「行こう」
と、僕。女性陣二人も頷いた。
「よし。でも気をつけろよ。俺様の盗賊の勘が、ここには何かがあると告げているぜ」
それはあまり当てにならないが、通路の次には玄室が待っている可能性が高い。であれば、モンスターが襲ってくることも考えねば。
妙子はマッピングノートをリュックの外側のポケットにしまって、緊張した面持ちでゲンちゃんを抱き上げた。
まだ見ぬ敵と遭遇するかもしれないこの緊張感は、慣れることはない、か。
「心配いらないわ。必ず愛は勝つ!」
鉄子はアオダモの棒を構えると、目を細めて先っぽの真実の愛の焼印を眺めた。
「よし、行くよ!」
僕は一気に扉を手前に引いた。
「愛の戦士、参上ーっ!」
愛の名の下に破壊行為を行う少女がなだれ込み、威嚇するようにブンブンとアオダモの棒を振り回す。新しい愛棒は既に彼女の手にしっくりと馴染んでいるようだ。
「ちっ、何もいないわね」
僕らも続いて部屋に入っていく。思ったとおり、ここは玄室だった。だが、鉄子のお目当てのものはいないようだ。
「フゥーッ!この殺気をどこにぶつければいいのかしら」
一緒にいる時間が長くなってきたが、根本的に鉄子は危ない人間であることに、改めて気づく。
中は本当に何もないのだろうか。調度品のようなものは見当たらない。盗賊の勘は外れたか、と思ったけど。
「おっと。やっぱりなんかあるな」
玄室の奥の西壁には、さらに奥に行けるような扉がついていた。でもその扉の前に、白く光る見慣れない人が立っている。
いや、こんなところに人がいるわけはない。つるんとした頭に、虚ろな空洞のような目、締まりのないおちょぼ口。ボディも全体的につるつるしている。身長は僕の胸までしかない。
「モンスター!?いや地底人!?」
警戒して鉄子がさっと棒を構える。
「待て待て。これ案内ロボットだぜ」
それをネズミ君が制した。
「案内ロボット?何よそれ」
「駅とかで観光案内したり、ショッピングモールで店の案内をしたりするやつさ」
「なんでそんなのがここにあるのよ。ダンジョンの案内でもしてくれるわけ?」
「いや、そいつが扉の前にあるってことは、これが扉を開ける鍵になっているということだろう」
ネズミ君はハエが手をすり合わせるように、スリスリと両手をこすった。いっちょう仕事してやろうじゃないの、といったところか。
「えーと、どっかにスイッチがあると思うんだけどな」
ネズミ君はロボットの周りを点検し始めた。あんまり彼も詳しいことはわかっていないようだ。
よく見ると、ロボットの足は二本に別れていなかった。土台のようなものに乗っているだけだ。裏に車輪でも付いているのかな。
「胸のところにパソコンみたいなものがあるけど?」
僕もちょっと興味がわいてきた。
「ディスプレイさ。これに地図とか表示されるんだよ。それをスマホに送信できたりしてな」
ふうん、そうなのか。便利な世の中になったものだな。でもその恩恵が僕のところまで回ってこないのは何故だろう?
今、ディスプレイには何も表示されていなかった。
「ウチのテレビは叩けば映るようになるんだけど」
鉄子はアオダモでコンコンとロボットの頭を叩いた。
すると突然、ロボットの目がチカチカと赤く明滅した。
「イタイ、イタイ、ヤメテ」
「ぅわっ、喋った」
ギョッとして鉄子は棒を引いた。
ヴィーンン、という音がして、ディスプレイに光が点った。
「スリープ状態になってたのが動いたようだな。悪い、悪い、堪忍してくれよ。パーティに乱暴者がいるんでな」
「乱暴者って何よ!」
人間ってのは、自分のことが一番見えていないものなのだ。
「ランボウ、ユルサナイ、ランボウ、ユルサナイ」
「もうしません。ごめんなさい」
ネズミ君はディスプレイに向かって諭すように、ゆっくりと発声した。
「ユルシマス、ユルシマス」
目の赤い明滅が消えた。ディスプレイには、OKという文字が表示されている。
「音声認識なんだ。誰かさんと違ってロボットは素直でいいね。話せばわかる。うん、ここは俺に任せとけって」
ネズミ君はこっちを見て、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。陰険な鼠顔の彼がやると、何か企んでいるようにも見える。
「こんにちは」
「コンニチワ。ワタシハ、ロピックデス」
「ロピック君、こんにちは。僕は盗見栄一郎です」
「コンニチワ、ネズミクン」
「なんだこいつ」
ちゃんとしてるな、このロボット。
「ロピックデス」
「わかった、わかった。ロピック、扉を開けてください」
また、ゆっくりと言う。
「ワタシハ、ロピックデス。ネズミクンハ、トビラヲ、アケレマセン」
ディスプレイには、LOCKと表示された。
凄いな、このロボット。なんでネズミ君が鍵開けできないことを知ってるんだろう。
「ネズミ君は、扉を開けられます!」
彼は憮然として言い放った。ネズミという部分は認めるのか。
「で、す、が。この扉は、ロピックが開けます。扉を、開けてください」
「ワタシハ、ココヲ、ドキマセン。ワタシハ、ロピックデス。ネズミクンハ、トビラヲ、アケレマセン」
ディスプレイにはNGと表示された。
「くぅ〜っ!いいもんねー、だ!強引に動かしちゃうもんねーっ」
ネズミ君はランプを床に置くと、ロピックの横にまわり、実力行使に出た。話のわからないロボットのようであるな。




