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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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ルートはいろいろ、色は不適切

 で、問題はどうやってこの便所キリンを攻略するかである。

「あんなに早く復活されたら、キリないわね。キリンだけに」

 言ってしまって微妙な表情の鉄子。これは僕の持論だが、人間というのは駄洒落を思いつくと言わざるをえない宿命を背負っているのだ。悲しい生き物である。

 そのことからも、ヒューマニズムは最良の思想ではないということがわかる。人間を中心にすることは悲しさを崇めることなのだ。いや、それで正しいのかな?

「宝箱も持ってないのに、イチイチ相手するのも無駄だよなぁ〜」

 ネズミ君は今夜は湯豆腐だ。お尻に優しいから?治療は済んでるはずだけど。

「奥に手を突っ込めば入ってるんじゃない?」

 鉄子が意地悪そうな笑みを浮かべる。

「いや、入ってなかったぜ」

 実行済みだったか。

「それより勇者さんっ。あのとき、どうして安全な場所がわかったんですか?」

 妙子が聞いた。彼女は今夜もズッキーニのパスタと洒落込んでいる。ノブさんはお洒落メニューの達人である。

「いや、僕も賭けだったんだ」

 と、エビピラフをすくうスプーンを休めて僕は言った。

「緑のキリンの頭は天井スレスレにあったよね。つまり長さは約5mだ。だからキリンの攻撃範囲は、便器を中心とした半径5mだと推定される。ここでミソなのは、床に引いてあった白線の間隔も5mだということだ。もし横線上にいるとすると、妙子さんの後ろから赤いのが出てきたように、左右どちらかのキリンの射程範囲に入ってしまう。でも、そこから上下にずれれば、当然のことながらキリンの首は届かないはずなんだ。ただし、首をまだ十分に伸ばしていない可能性もあった。つまり首が5mより長いとすれば、あれはアウトだったよ」

「確か、一辺5mの正方形なら、対角線は5√2mでしたっけ」

「ルート?どういうことよ」

 ほお〜っと、感心してくれた妙子と、訳分かんないといった鉄子と。

「妙子さん、ちょっと鉛筆貸してくれる?」

 戻って来てから、妙子はここまでのところのマップを整理していた。ノートには1マスを5mとして、便所キリンのいるフロアが描かれている。入り口から順に、黄、黒、赤、緑、青の便器の位置が一直線のライン上に記されていた。僕はそれらの便器を中心として、鉛筆で薄く半径1マスの円をそれぞれ描いた。

「この円の中がキリンの攻撃の射程範囲だ。だからキリンの攻撃をうまく避けつつ、なるべく円の外にいるようにして進めば安全なはずだよ」

 みんなでマッピングノートを覗き込んだ。

「ふーん。こういう穴ルートがあったわけね」

 今の鉄子は駄洒落を言ったわけではない。

「とにかく、この安全地帯をうまく利用していけばいいわけだ。俺、お茶持ってくるわ」

 と、ネズミ君は立ち上がってお茶を汲みにいった。その間に僕と妙子は、ちょっとした数学のおさらいをした。

「5√2mって、何mになるんでしたっけ。えーと、√2の覚え方は確か、一夜に一人、人殺し?」

 妙子はノートの端にこまごまとした数字を書いた。

「一夜一夜に人見頃だよ。1.41421356」

「あ、そっか。人の波に流されて溺死するってのもありましたよね」

「√3の人並みに奢れやのことかな?1.7320508」

「富士山の麓に自殺者を埋めるは何でしたっけ?」

「富士山麓オウム鳴くだよ。√5は2.2360679」

「人殺しとか埋めるとか、二人ともさっきから何を言っているの?」

 鉄子が怪訝な表情で割り込んできた。

「いや、語呂合わせで勉強したんだけど」

「そう…。勉強って、教育に悪いのね」

 そういうことではないんだが。

「あたしもちゃんと勉強しとけばよかった」

 …だから、そういうことではない。

 そこにネズミ君が戻ってきた。

「おう、勇者のお茶も持ってきてやったぜ」

 一応、確認だけど、トイレの後で手は洗ってるよね?


「じゃあ、打ち合わせ通り行くぜ」

 扉から便所キリンの巣窟に侵入したところで、ネズミ君が振り返り確認をとった。

「壁際ぎりぎりを通れよ。わかってるな?」

 コクっとみんな頷いて、南の壁に沿って東へと移動する。黄色い便器が乗っている縦の白線に近付いたとき、ガバアッと便器の蓋が開いて黄色のキリンが首を出した。

「おおっと。早速お出ましだな。お前ら俺のあとに続いて素早く通り抜けろよ」

 と言うと、ネズミ君は縦線に股がり、キリンに対して正体した。

 どうした?と思う間もなく、グワアッと、ネズミ君目掛けて首が飛んで来る。ひやっとするけど、彼は首が届く寸前、ヒョイと向こうへ渡って攻撃を避けた。

「首を戻すときに走り抜けろ!」

 そういうことである。なんかこんな場面がコンピューターゲームか何かであったようで、意外にもネズミ君がこの囮役を買って出てくれたのであった。

 彼の意図通り、キリンが首を戻すタイミングで、僕たちはダーッと走り抜けた。次の縦線と南壁が交わる安全地帯へと身を寄せる。

「へっへ。俺このゲーム得意だったんだよな」

 にゅうっと白い歯を出して、自慢気に笑う。

 こんな感じで、黒、赤、緑と、昨日戦ったキリンたちをやり過ごしていき、青いキリンを越えたところがフロアの角だった。通路は幅10mのまま、そこから北へと折れ曲がっていた。つまりここからは東の壁が迫り出していて、5m狭いのだ。進路を変えて、もう一度同じ青いキリンをやり過ごす。

 今度は青いのが乗っていた、西から11番目の縦線上に便器が並んでいる。やはり横線2本おきの間隔であって、次の便器の色は茶色であった。

「便器に茶色はどうかなあ」

 と、ネズミ君。茶色いキリンが出て来たが、なんだかかわいそうに思えた。

 だがその不幸な生物に同情している暇もなく、そこも今までと同じ要領で通り抜ける。

 茶色の便器からまた横線2本行ったところに、紫の便器があって、通路はそこで行き止まりだった。茶色と紫の便器の中間地点に、東へと抜ける扉がある。

 僕らはフロアの角に身を寄せて、少し休憩した。でもそんなことをしなくても安全だったかもしれない。便器の蓋を押し上げて、紫のキリンが頭を少しだけ出したけど、僕らを見ては眠そうにまた戻っていったからだ。どうやら攻撃の意志はなさそうである。キリンごとに性格があるのだろうか。

 パーティで軽く話し合いをした結果、今日はここまでで帰ることに。扉を開けて次のフロアに潜入するのはまた明日ということにして、今来た道を逆に進んでこのフロアを脱出した。

 今度は北壁に沿って西を目指す。やっていることは同じなので、詳細は省略する。簡単に言うと、やはり通路は10mの幅に狭まっていて、中央を走る横線が、二本おきに縦線と交わる地点にそれぞれ便器が置いてあった。南側で便器があるところと同じ縦線上である。東からベージュ、ピンク、オレンジ、白と来て、次の黄緑が角である。そこから南にグレーがあって、ようやく最初の地点に戻って来れた。

 整理すると、便所キリンのいるフロアは縦棒の短い逆L字型をした、幅10mの細い通路だ。(3.13)の階段を下りて北の扉を開けると、(3.14)から東に(6.14)まで4ブロック続いていて、北へ折れ曲がって2ブロック、(6.16)に東へ行ける扉がある。

 ネズミ君はここをトイレ回廊と名付けた。いい名前だとは思わないが、ここの命名について頭を悩ますのも人生の無駄遣いであるので、トイレ回廊と呼び習わすことにする。

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