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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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139/206

美女は見つからず、トイレは落ち着かない

「愛してるわよぉ〜!うわぁ!」

 不用意に突っ込んだ鉄子は、首に巻き込まれるようにして倒された。

「鉄子さん!気をつけて!」

 頭を避けても、長い首のどこかが当たれば、強烈なパワーで持っていかれてしまう。

 キリンは今度は僕にターゲットを絞ると、横薙ぎに首を振ってきた。

「ぐわっ」

 避けられないと思って咄嗟にデメキンのハンマーで防御したが、踏ん張り切れずに吹っ飛ばされた。

 でも硬いハンマーに頭をぶつけたキリンの方も相当痛かったようで、ンモォ〜と鳴いて苦しんでいた。デメキン、やるなあ。

 その間に鉄子はキリンの首元に到達していた。

「木樵舐めんじゃないわよ!愛の与作ショット!」

 誰も舐めてはいないが、木樵が斧で大木を切り倒すように、真実の愛を思い切り叩きつけた。

「ヘイ!ヘイ!ホーッ!」

 バシッ、バシッ、バシッと3発連続で入れると、再びモーッと断末魔の叫びを上げて、キリンは便器に戻った。

「よっしゃあ!愛は便器より強しじゃあ」

 よくわからない名言を吐いた鉄子を無視して、僕は急いでランプを拾い上げる。

「鉄子さん、すぐにネズミ君たちのいるところまで行こう」

 二人と一匹がいるところ、即ち西から8本目の縦線が南壁と交わるところまで来て、壁際に身を這わせる。ンモォ〜、ンモォ〜と、赤いキリンが牛みたいに吼えて威嚇してくるが、妙子たちが攻撃に晒された形跡はなかった。

「キリンが復活するスピードが異常に早い。一旦、上に戻ろう」

「は、はいっ」

 ネズミ君はまだ床に伸びていた。

「ほら、しっかりしなさい!」

「いててて。もっと優しくしろよ!」

 鉄子が愛のスパルタ方式で強引に起こして立たせる。その間にも、もう緑のキリンが復活してきて、ンモォ〜と吼えた。

「いいかい?ここみたいに上に便器が乗ってない縦線が壁と交わる周辺であれば、キリンの頭は届かないはず。僕と鉄子さんとでキリンを引き付けているうちに、妙子さんたちは二つ向こうの同じところに移動して!」

 と、簡潔に指示を出す。全て僕が思っている通りであればいいのだが。

「良く分かんないけど、ひとまずは赤いのをぶっ飛ばしてやればいいのね!?」

 鉄子は黒いキリンの射程範囲に踊り込むと、大袈裟に棒を振り回した。僕はランプをネズミ君に押し付けて、彼女の後に続く。

「そこの太くて長いの、こっちに美女がいるわよ!」

 鉄子が挑発すると、キリンは、えっ、美女?どこ?どこにいるの?というふうに首をキョロキョロさせた。

「どこ探してんのよ!」

 このキリン、わかってるなあ。

 鉄子は傷ついたようだが、でもそのお陰で妙子たちは無事安心キリンの射程範囲を抜けて、僕が指示した場所まで行くことができた。

「鉄子さん、僕たちもすぐに向こうへ!」

「残念だけど、また今度愛してあげるわ!」

 鉄子を引っ張って、ネズミ君たちの元へ。すぐに黒いキリンが出現した。

 こいつも同じように僕らが囮になって、後衛陣を次の安全地帯へと走らせる。と、ネズミ君の声が響いた。

「おい、勇者!黄色はまだ出てないぞ!」

 そうか、それならばと、僕は脱出を優先させる指示を出そうとした。だが以心伝心、いや、自分だけが助かりたい一心の盗賊は、僕が何も言う前から既に出口に向かって走り出していた。まさに彼こそ大衆の化身、大衆行動の鏡であるが、この思慮の浅薄さには思わぬ落とし穴が待っていた。

 鉄子がブンと大きく武器を薙ぎ払い、黒いキリンが怯んだ隙に出口へとダッシュ。視界に入って来た黄色い便器は、まだ大人しくしていた。

 だが、ネズミ君が縦線の上を通過しようとした寸前、驚くべき速さでキリンが出現し、憐れな犠牲者に襲い掛かったのである!

「おわぅわ〜!」

 何ということだ。またしても首根っこを咥えられた盗賊は、高々と吊り上げられてしまったのである。どうして、どうして彼だけがこんな目に会わねばならないのか。間違いなく心根が邪なせいである。

「でえ〜い!」

 またさっきのように、他のキリンのところまで転がされたらまずいと、僕は走ってきた勢いのまま、デメキンを闇雲にぶっつけた。そしてそのまま走り抜ける。

「大人しく、便器に入ってなさい!喰らえ、移動式ヘイヘイホー!」

 続いた鉄子が与作ショットを決める。

 ダイナミックな一撃は威力満点、シュルシュルシュルと、便器に吸い込まれていったキリンの首。だが奴は決して咥えた獲物を離さなかった。

 キリンの頭が完全に中に戻ったとき、ネズミ君はズボッとお尻から便器にハマっていたのである。

「あら、緑の方がよく出るんじゃなかった?」

 鉄子の皮肉には愛情がたっぷりとこもっていた。

 だが余韻に浸っている暇はない。またキリンが復活する前に、ネズミ君を引っ張り起こす。急いで扉の向こうまで避難した。

「あ〜、イテテ、テテ。酷い目にあったぜ」

 それがボーリングの球にされたことなのか、はたまた別の、名誉に関わることなのかはさておき、まずは盗賊のお尻を治療せねば。

「便座が付いてただけよかったわよ。メキシコだったらそのまま便器にドンよ」

 そ、そうなのか。メキシコって便座がないのか。もしそうなったときのために今から空気椅子の修行を…って、間違えて行っちゃうようなところでもないな。

 それはそうと、日本でよかったありがたみだけでは痛みは取れないので、回復魔法で治療することにする。

「天にまします我らがミアモール。願わくば情熱の口づけを受け取りたまえ。この憐れな仔羊に痺れるような刺激たっぷりの熱い抱擁が在らせられんことを。テアーモ、テアーモ、激愛、降臨!」

 ホンワカした暖かな光がネズミ君を包んだ。もう少し呪文がさっぱりしているといいのだが。

「おっ、よく効くな。サンキュー」

 刺激はたっぷり、効果もバッチリである。

「今日はもう帰ろう。対策を立て直して、また挑んでみよう」

「んだな」

 ということで、その日の冒険は終了したのであった。


 翌日のザビエル暦五月第四週二日目、僕らは再度便所キリンの巣窟へと足を運んだ。

 あ、そうそう。あのモンスター、便所キリンというそうな。

「そのまんまじゃないの。こないだは鉄砲蛙てっぽうがえるだったわよね。もっと気の利いた名前はないのかしら」

 あのあとノブさんの酒場で、パエリアをおかずにシーフードピラフを食べるという、気の利いた夕食を取っていた鉄子が、異世界生物学の教科書を開いて説明していたネズミ君に物言いをつけた。

 確かに、魚族ぎょぞくとか陸蛸りくだことか、これまで会ったモンスターには、そのまんまな名前が多い。これらはまあ、総称だけど。

「基本的にモンスターってのは生態がよくわかっていないからな。そうだからこそモンスターなわけだしさ。ヘラクレスナントカオオトカゲとか、アルキメデスナントカフンコロガシとかいう分類までするためには、じっくり研究しなきゃいけないよな」

 ゴリラだって研究が進む前は野蛮な怪物扱いだったからなあ。社会性のある賢い動物だとわかるまでに、一体何頭のゴリラがハンターの餌食になったことだろう。

 便所キリンの場合は、教科書にはこうある。

「いくらトイレが落ち着くからといって、いつまでも漫画を読んだりスマホをいじっていたりしてはいけない。なぜならあんまり長いと、便所キリンが首を出すからだ。想像してみるがいい。自分の股の間からキリンが顔を出したときの恐ろしさを」

 なんだか子供のしつけのために考え出された妖怪みたいだ。

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