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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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138/206

麒麟は首を伸ばし、鼠は転がる

「また二つおきだな」

 ネズミ君がランプを持って緑の便器に近付いて行く。今度は横線と西から9本目の縦線が交わるところだ。

 更にその10m先にも、青っぽい便器があった。

「お通じがよくなりそうだよな、この色は」

 軽口を叩いて、ネズミ君は蓋をしたままの緑の便器に座った。

「うん。快適、快適。やっぱ便器は緑に限るな」

 ヘヘヘ、と歯を伸ばしていやらしく笑った、その直後。

「どわぁわっ!!」

 突然、ガバァッと便器の蓋が開いて、何やら太くて長いものが飛び出してきた。ネズミ君はその勢いに弾かれて、スッテンコロリンと、頭から後ろに転げ落ちてしまった。

 ネズミ君、大丈夫!?と声をかけるのが普通の道徳的な高校生なのだろうが、僕たち3人は、天井付近を見上げて驚愕した。

「な、何よ、これ!?」

「ど、動物園で見たことありますぅっ」

 驚くのも無理もないだろう。だってそれは、本来であればトイレにいるはずのない生き物。網目模様の付いた長い首が、便器からにゅうっと伸びていたのだから。

「キ…、キリン……?」

 キリン…?だよ、ね!?

 網目模様は便器の色に合わせているのか、濃い緑と薄い緑だった。本物よりも遥かに首が長く、頭は天井スレスレのところにあった。

 …なんで便器からキリンの首が生えている?まるでチンアナゴが砂から顔を出すように、キリンが便器から首を出していた。

「ミャーン!」

「ゲンちゃん!」

 チャッチャッと爪を鳴らして、幻獣が一目散に妙子の胸まで駆け上がる。本能が危険を告げたのだろう。もしこれが野生のキリンだとしたら、猫なんかより、はるかに危険で強力だ。一刻も早く、安全な場所に逃げなくては。

 だが、僕も鉄子も、しばらく茫然とキリンを見上げてしまっていた。

「こ、これ、モンスターでいいのかしら?」

「そ、そう解釈するしかなさそうだね」

 まだ異世界生物学の授業ではやってないよな?もしやったとしたら、こんなもの忘れようがない。

 すると突然、首を鞭のようにしならせて、キリンが僕らを攻撃してきた。

「うわっ」

「ひっ!」

 丸太のような首で薙ぎ払われて、僕と鉄子は二人まとめて転がされてしまった。凄いパワーだ。

 妙子は?と見ると、彼女は後ろに逃げて無事だった。首の射程範囲外に逃れたようだ。

 ところが。

「ひぃひゃあ!」

 次の瞬間、彼女は悲鳴を上げて、よろけてしまった。たたらを踏んで、尻餅をつく。

 妙子の後ろには、赤いキリンの頭があった。長い舌をベローッと出している。

「むひゅう〜、キリンが舐めたぁ」

 さっきの赤い便器か。そこからもキリンが出て来ているんだ。

「あいた、たたた。気をつけろ!よくわからんが、きっとモンスターだ!」

 緑の便器にしがみついて、ネズミ君が上体を起こす。当たり前のことをもっともらしく言うのだが、このパーティの知恵袋がもたらす情報は、往々にして価値がない。

「そのくらい言われんでもわかっとるわっ!問答無用!愛の裁きを受けんしゃい!」

 態勢を立て直した鉄子は、でやあっと緑のキリンに真実の愛の一撃を喰らわした。アオダモの棒でフルスイングしたってことね。

 ンモーッと、牛みたいに鳴いて、天を仰ぐキリン。これは効いたかな?でもすぐに回復すると、フーッフーッと鼻息荒く鉄子を見下ろした。

 反動をつけて、ブンッと長い首をひと薙ぎする。

「見くびらないでよ!」

 キリンの首元にサッとしゃがみ込んで、今度は鉄子はうまく避けてみせた。

 パワーはあるけど、スピードはそれほどでもないかな?僕もタイミングを見て、距離を詰める。

「えいっ」

 ボコン!

 デメキンのハンマーで一撃を喰らわす。また、ンモォ〜と鳴いて、キリンは天を仰いだ。キリンってこんな鳴き方なんだ。

「とどめよ!愛してるわぁ!!」

 バシィッ!

 もう一度鉄子がフルスイングすると、キリンはモーッと断末魔の叫びを上げて、シュルシュルと便器に戻っていった。頭まで全部消えてしまうと、バタンと蓋もしまった。

「やったな!う、まだか」

 便器の足元にランプを置いたままのネズミ君が、ウヒョーとガガンボの踊りを踊りかけたが、まだ危険が去っていないことに気付いて途中でやめた。

 まだ赤いキリンが残っている。それだけじゃなく、奥の青い便器からも青いキリンが出て来ていた。

「勇者さん、どうしよう!?」

 鉄子は棒を構えて両側を睨んだ。

「もしかしてここにある便器みんなそうかしら?」

「だろうね」

 おそらくそうだろう。このフロアは結構毛だらけ便器だらけ、お尻の下はキリンだらけだ。

 一旦、戻ろう。戻って対策を練ってから、また来よう。そう言いかけたときだった。

「おわぅあ〜〜!!」

 ガガンボの、いやネズミ君の悲鳴が聞こえた。それも上の方から。

 見上げると、彼の体は天井付近にあった。キリンに首根っこを咥えられ、持ち上げられている!

 え、緑のキリン?さっき倒したばっかじゃ…!

 キリンはブンブンと反動をつけて、ネズミ君を投げ転がした。まるでボーリングの球みたいに。

「おひゃぅあぁ〜!」

 情け無い叫びを上げて、コロコロと転がっていくネズミ君。青い便器の方へと。

「めやうわはぁ〜!」

 と、すぐにまたコロコロ転がって戻ってきた。青いキリンに同じことをされたのだ。

「ぷふいっ」

 と、僕の足元で目を回して伸びてしまった。

「性懲りもなく、顔を洗って出直してきたってわけ?」

 どこの水で洗ったのかは気になるが、愛の戦士・鉄子は、復活した緑のキリンに向き直った。

 その間に僕はひとまずネズミ君を何とかしなくては。

「妙子さん、手伝ってくれる?」

 妙子と協力して、ネズミ君を移動させる。ここならキリンの攻撃が届かないのではないかと思う地点があった。緑と赤の便器がある縦線の、間にある縦線。それと南の壁が交わるところ。

「妙子さんもここにいて!」

「は、はいっ」

 おそらくは安全であろう場所に後衛陣を集めて、僕は鉄子の加勢に走った。

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