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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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137/206

鳥は処されて、覗かれ放題

 さて休養日も過ぎ、ザビエル暦五月第四週一日目である。僕たちパーティはこの日から地下二階の探索を開始する。

 先週末に打ち合わせしたときに、マッパーの妙子は、マッピングノートの新しいページにエレベーターの位置と、二つの階段の位置を予め書き込んでおいた。

 地下二階を探索するにあたって、僕らは位置を座標で把握することに決めた。

 南西の角にあるエレベーターの座標を(東1.北1)とおいて、東と北で表すことに。いちいち東だ北だというのは面倒だから、方位は省略して(1.1)ということにした。つまり南西の角(1.1)、南東の角(21.1)、北西の角(1.21)、北東の角(21.21)というわけだ。中心はちょうど(11.11)になる。それによると、最初に発見した階段は(3.13)の位置にあり、もう一つの方は(16.15)ということになる。

 これで情報空間にマップを作成することができ、位置を把握することが容易になったと、僕ら3人は喜んでいたのだが、一人だけ納得いかない表情の人物がいた。

「どうして?どうしてエレベーターが1と1になるの?だってあたしたちは南側の真ん中から入ってったんじゃなかった?」

 鉄子である。

「だからさ、地下一階はそうだったけど、二階はそうじゃないんだってば。階段から降りていくんだから、絶対的な最初のポイントってのがないだろ?」

 理数系に強いと自負するネズミ君が何度も説明するのだが、一向に腑に落ちる気配はない。

「だったら階段が(1.1)じゃない?」

「それだと座標を表すのに東西南北全部使わなきゃいけないら」

「今までだって西とか南とか言ってなかった?」

「それだとややこしいから東と北だけで表すんだ」

「西が東で南が北になるの?余計にややこしくない?」

「ポイントをエレベーターに決めればややこしくないんだよ」

「ポイントは階段でしょ?」

「二つあるんだから決まらないら」

「どっちかを(1.1)でどっちかを(2.2)にしたら?」

「どっちかを(1.1)にしても、もう一方は(2.2)にならないからさ」

「どうして?2つあるのに?」

「2つあるから(2.2)ってことじゃないんだよ」

「エレベーターは一つで(1.1)でしょ?」

「いや、もう一つエレベーターを見つけたら(2.2)になるとかじゃなくて、角だから(1.1)になるんだよ」

「なんで角が(1.1)なのよ?角はスタート地点じゃないでしょ」

「スタート地点じゃないけど、角を(1.1)にすると計算しやすいら?」

「あたしたち階段で降りるんだから、階段を(1.1)にした方が計算しやすいわよ」

「だから、それだと東西南北全部使わなきゃいけないんだって」

「使えばいいじゃないの。今までだって西とか南とか言ってなかった?」

「それは地下一階が南の真ん中からスタートしたからだってば。二階は階段から降りるんだから、最初のポイントがないんだよ」

「ポイントは階段のあるところでしょ」

「だから階段は二つあるんだよ」

「どっちかを(1.1)でどっちかを(2.2)にすればいいのよ」

「だからそうはならないんだって」

「どうして?2つあるのに?」

 と、簡単に循環論法にハマってしまったのである。

 鉄子はどうしても、自分のいる位置を相対化して見るということができないようだ。

 でも小学校の算数の時間にやったはずなんだけどな。あるいは彼女の世界では、まだコペルニクスは生まれていないのかもしれない。

「あ〜ん、頭混乱してきたぁ!なんでエレベーターが(1.1)なの!?入り口はどこにいったのよ!入り口がないのに(1.1)があるの?あたしたちはどこにいるの?どこからきたっていうのよ!?」

 そして混乱した人間は否応無く存在の疑問へと導かれる。哲学の第一歩とは、混乱することである。

「もう嫌だ!あたし焼き鳥食べる!」

 とうとう投げ出して、券売機の方に行ってしまった。求めたのは火に炙られた鳥だった。あの地動説を説いて火刑に処されたジョルダーノ・ブルーノのように。

 一人納得いかないメンバーはいたが、一応僕たちは新しい座標システムを採用することにして、最初に発見した方の階段(3.13)から下りることにしたのだった。


 ゾンビの部屋を通るとややこしいので、ちんぶり商店ダンジョン支店を経由して行く。店では相変わらず、心をなくしたカッパの店員が人面魚を揚げていた。

 店の南西扉から出て、左(西)に3ブロック。そこで右(北)を向き4ブロック。西側にある扉を開ける。一本道の通路の5ブロック目に螺旋階段がある。グルグル下りて、位置的には垂直移動。座標は変わらず(3.13)だ。

 さあ、いよいよ地下二階の始まりである。

 まず僕らを待ち受けていたのは、扉だった。階段を下りたところのブロックの北側に扉が付いていた。

 ひとまずは無視して、周辺を探る。東と西は壁。通路が南に伸びている。だがすぐに行き止まりになり、そちらにも扉が付いていた。

 即ち階段を下りたところのフロアは、南北に3ブロックの短い通路で、どちらの端にも扉があった。この扉のどちらかを開けて、先に進みなさいということか。

「どうするよ」

 と、ネズミ君。もちろん彼自身で決められないから僕に丸投げしているのだ。

「そのまま行こうか」

 と、僕。パーティは今、南の扉の前にいる。

「ウフフ、早速この子を試し打ちするときが来たようね」

 ビュンビュンと、鉄子が手に入れたばかりのアオダモの棒を二、三回振った。鋭いダウンスイング。真実の愛は鋼鉄をも切り裂く。

「よし、行くよ!」

「愛してるわぁ〜!!」

 ドアノブを回して僕が扉を開けると、愛に溢れた殺戮マシーンが勢いよく飛び込んでいった。

 だが、愛とは不条理。報われないものである。扉の向こうに、モンスターらしき影は見当たらなかったのである。

「むむぅ〜!」

 愛の行き場を失った戦士は怒りに満たされた。今、愛に近付くのは非常に危険だ。

 ここは通路になっているのか、と思ったが、そうではないようだった。

「おっと、怪しそうなところだな」

 目敏い盗賊は誰よりも早くこのフロアの異常に気付いた。ランプを掲げてブロックの端に近付いて行く。が、光は可視範囲を広げてはくれない。三方を囲んだ闇の壁に跳ね返されていた。

「ダークゾーンだね」

 と、僕。地下一階図書館の東側エリアにあったダークゾーンが、早速ある。このブロックは北側の扉以外、東西南のどちらに進むにもダークゾーンを通らねばならないようだった。

「良かったね、経験しといて。あそこに行かなかったパーティは面食らうね」

 またあれか、と僕は思った。本来行かなくてもダンジョンの攻略には差し支えのないエリアだけど、回り道しておいてよかったと言える。急なダークゾーンにも動揺したりしない。だが、少し甘かったようだ。

「いんや、あれとは少々違うみたいだぜ。よく見てみなよ。光が反射されてるだろ」

 ネズミ君の言う通りだった。一階にあったダークゾーンと違う。あれは光を透過させるけど、その部分だけは見えないというものだった。けど、ここのは石壁に当たったときみたいに、光の反射が起きている。

「どうするよ、勇者。行くか?」

「うう〜む」

 どうしよう。いささかややこしいものであるのは間違いない。

「反対側から攻めるっていう手もあるぜ」

 おそらくそうしたいのであろう。僕は彼の意見を採用することにした。

「向こうも見てみようか」

 ややこしいのは後回しにして、階段の北側にあった扉を先にすることにする。もっともそちらの方がもっとややこしいという可能性もあるが。

 そんな訳で、僕らは階段まで戻り、北側扉を開けた。いつもなら意味不明な雄叫びを上げて踊り込む鉄子も、静々と入って行く。さっき空振りしたことで、まだ愛のエネルギーが充填されていないのだろうか。

 新しいフロアに侵入し、すぐにおやっと思った。構造が今までと違っていたのだ。西側は壁で、フロアは東へと続いているようなのだが、正面(北側)の壁が手前に迫り出していて、狭くなっていた。

 おまけに、床に白線が引かれてあった。

「ほーう、これはこれは」

 と、ネズミ君が出っ歯をヒクつかせた。環境に異変があれば、即ち盗賊の出番である。持ち前の能力を生かして調べてもらわねばならない。

「部屋が狭くなっていて、床には縦の白線と横の白線か。フムフム、なるほど」

「何か分かったの?」

「つまりあれだ。狭くなっている部屋で、縦と横の白線が床に引かれているんだ」

 結局、語順を変えても日本語は意味が通ることを確認しただけだった。やはり彼の出っ歯に期待するだけ無駄だったようだ。

 代わりに僕が説明すると、横線はフロアの中央付近を真っ直ぐ東西に走っていた。それと交差するように、縦線が等間隔で引かれている。このブロックだけで二本、いや三本か?更にそのまま東へ続いているようであったが。

「まあ、待て。もっと良く調べてから…。おや、あれは何だ?」

 横線を東に辿ると、何かキラリと光るものがあった。

「ウッホッホ、あの輝きは黄金ではありますまいか」

 ヒョイヒョイとすっ飛んで行くネズミ君。白線上に何やらオブジェのようなものがあるのだが、これは、もしや。もしかしてもしかすると、アレか?

「素晴らしいお宝だわ。あんたにお似合い」

 鉄子の皮肉。それは僕にも見覚えのあるもの。大変に馴染みのあるもの。誰しも一日に何回かはお世話になるもの。便器だった。

「蓋開けてみる?中にお宝あるんじゃない?あたしはいらないけど」

「俺だっていらんわい!」

「何だってこんなところに便器が置いてあるのよ。しかも黄色」

 鉄子の言うように、便器の色は真っ黄色だった。誰の趣味だろう。

「そうか、ここはトイレなんだ。地下一階にもあったしな」

 今さっき黄色い便器を黄金と間違えた盗賊は再び早合点した。

「こんな剥き出しでは置いてないでしょう」

 と、僕。まるで床から生えたキノコのように、洋式の便器がポツンとそこに置かれていた。そこは横線と、西側から三本目の縦線が交差している場所だった。

「それより何で白線が引いてあるんだろう?縦線は等間隔っぽいね」

 そこはブロックとブロックの境目だった。新導入の座標で言えば、(3.14)と(4.14)の境目だった。

 僕らは白線が引いてある間隔を良く点検してみた。

「縦線の間隔は5mかな?等分だとしたらそうだね」

 横線もそんなところだった。目算では通路の真ん中を走っているように見えた。だとしたら、北から壁が迫り出しているのは5m分。通路の幅は10mだ。

 それが東に伸びているのだが、そちらに目をやると、またもや見覚えのあるものがあった。近付いて行くと、今度は黒いのだった。

「硬派なロックカフェのオーナーが好みそうな便器じゃん?」

 ネズミ君がイヒヒと笑った。トイレのドアを開けてこれが出てきたら、僕は入るところを間違えたと思うかもしれない。

「横線と西から5本目の縦線が交わる地点、か」

「あっちはどうだ?また二本間隔であったりしてな」

 ネズミ君が横線を辿って更に東へ。するとやっぱり、また発見した。西から7本目の縦線と交わる地点。今度は赤いのだ。

「やっぱりトイレなのかしら、ここは?」

 と、常識が揺らぐ鉄子。だとしたら、男性用でも女性用でもなく、見られたい人用にしなければならない。

「やっぱり二つ置きにあるな。妙子、ちゃんと便器の位置を書いておけよ」

「マ、マッピングするんですかっ!?」

「そりゃそうだろ。色も必要だぞ」

 助けを求めるように妙子は僕を見た。

「ノートの別のページに書いておこう。1マスを5mにするといいよ」

 これで彼女の助けになったとは思わないが、妙子は新しいページをめくって書き付けた。

「ここをトイレ回廊と名付けよう。用を足したい奴いたら、してってもいいぞ。へへへ、イテッ!」

 軽いセクハラ発言で、鉄子にゴチンとやられるネズミ君。

「やっぱり本当にトイレなんだろうか?」

 更に10m東に僕が見たものは、緑色した便器であった。

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