愛とは名ばかり、手は込んでいる
「ほっほっほ。いかがじゃったかな、本の世界は?」
本の向こうにいた老人が口を開いた。シルバーフィッシュだ。こいつに会うのも随分久しぶりな気がする。
「も、もう、感激でしたっ!本物のガマグチ隊長に会えるなんてっ」
と、興奮冷めやらぬ妙子である。
「手に汗握ってページをめくった子供の頃の思い出が蘇りましたっ」
「ほっほ。そうじゃろうて、そうじゃろうて。時間の経つのも忘れて本の世界に没頭してしまったじゃろう」
シルバーフィッシュは満足そうだった。
「そういや、今何時になったんだ?まさか深夜とか?」
ネズミ君が腕時計を確認して、驚きの声を上げた。彼の時計は文字盤を光らせることができる。
「おおっ、5時前?俺ら一晩中行ってたのか!?」
「ほっほ。本の中の時間はまやかしの時間じゃ。あってないような時間じゃ。それが現実の時間、今はお前さんがたがここに来た日の、夕方の5時前じゃよ。しかし、高校生が幼年向け文学を読んだにしては、かかりすぎじゃのう。このくらい20分もあれば読めねばならん」
そうだったのか。道理でランプがまだ消えていないわけだ。ネズミ君はリュックから油壺を取り出して、ランプに油を足した。
「でも、読んだことは読んだってことになるのかしら?だったらあたし、活字だけの本って初めて読んだわ」
鉄子は本当に高校生か?
「でも、もう読まなくていいわね。竹竿を折られるんじゃ、本を読むのも楽じゃないもの」
普通は読書で竹竿が折れたりしないけどね。そういえば、あれは本の世界に置いてきたままだな。
「ほっほっほ。クリアをした褒美にこれを取らせよう」
シルバーフィッシュは何か長いものをカウンターの上に置いた。
何だろう?黒いケースに包まれている。こういうのどこかで見たような気が。ああ、そうそう、野球部が持ってるバットケースみたい。
「ほれ、そこの戦士よ。中を見てみい」
「あたし?」
そう言われて鉄子が疑り深そうにファスナーを開け、中身を取り出した。
出てきたのは、まっすぐな白木の棒だった。
「これは…!」
ブンッ、ブンッと、試し振りしてみる鉄子。
「この手触り、このしなり。これはもしや…!?」
「ほっほ。アオダモの棒じゃ。今や滅多に手に入らん貴重品だぞよ。心して使うがよい」
アオダモ。ウーパールーパーが言ってたやつか。上級貴族じゃないと手に入らないということだったが、この爺さん、何者?
「ははーっ!ありがたき幸せにござりまする!」
鉄子は片膝をついて、両手で棒を頭上に掲げて感謝の意を表した。何やってんだか。
「やりぃ、超ラッキー!アオダモで打てるなんて夢のようだわ。これならホームラン王間違いなしだわよ」
右足を大きく上げて、一本足の体勢からブンッとフルスイング。一応言っておくが、僕たちは異世界を目指しているのであって、甲子園に行きたいわけではない。
「フフ、これでひとつ世界の王会長に近づいたわ。あれ?なんかヘッドに焼きが入ってるわね、これ」
棒を見つめて、鉄子は満塁ホームランを浴びた投手のような顔になった。
「ねぇ、お爺さん。何よ、これ」
棒の上部には、教科書体で「真実の愛」と焼印がされていた。
「ほっほ。物語の最後に主人公は何を手に入れたかの。それがその武器の名称じゃよ」
名前…。恥ずかしい名前で苦労するのは子供だぞ。
「破壊の心で振るえば破壊をもたらす。愛の心で振るえば真実の愛へと導かれる。そなたは愛の戦士じゃ。愛のために戦いなさい」
愛って。
殺戮兵器なんですけど?
なんかすっごい空虚なお題目を唱えているみたい、この爺さん。
「…まあ、いいわ。この文字を見て生きていられるやつはいないでしょうから」
破壊の心は100%充填されている。
「じゃあお爺さん、僕たちそろそろ帰ります。武器をくれてありがとう」
いつまでもこんなところに長居は無用だ。
「なんじゃ?もう帰るのか?図書館の閉館時刻はまだ先じゃぞ?」
急に拗ねたようなシルバーフィッシュ。
「僕たちだって食堂の閉店時刻とか寮の門限だってあるし」
まだだいぶ先だけど。
「そう言ってもう二度と来んつもりじゃろう。お主らの魂胆はわかるぞよ。年寄りは悲しいぞ」
うっうっ、と袖で涙を拭うフリをしてみせる。
「こないだ来た猫なんか、熱心に筋肉系の本を読んでおったというのに。最近の学生は勉強せんのう」
僕らはみんな顔を見合わせた。ここ筋肉猫が来るのか。
「じゃあ、爺さん、達者でな!」
ネズミ君が手を振り、明るくなったランプを持ってピューッと出口に向かう。
「あっ、待って」
僕らも急いで彼の後を追った。
幸いにも出口の鍵は開いていた。本の世界をクリアしたからだろうか。
「フーッ、面倒くさい爺さんだったな」
「田舎のお爺ちゃん思い出したわ」
僕らが勉強すべきことは、図書館の外にもたくさんあるのだ。
まあ、何はともあれ、これで地下一階のマップは完成したし、鉄子の武器も強くなったし。あ。
「なあ勇者。ついでだからもう一個開けてくか?」
そうだった。地下一階はあと一箇所だけ残っていた。ここに来るときに開けなかったもう一つの扉。
「そうだね。開けていこうか」
それなりに疲れはあったけど、僕らはまだ若い。もうひと踏ん張りだ。
ダークゾーン手前にある南側の扉を開けて、図書館に来る前に通った1マスの部屋に。ここに来たのが今日のうちだったというのが信じられない。ここの西壁にある扉を開ければ、地下一階もコンプリートだ。
「ウフフ。試し打ちするときが来たようね」
鉄子は不敵に真実の愛を構えた。愛とは何か、難解な問題だが、痛いものであることだけは確かだ。
「よし、行くよ」
ドアノブを回し、グッと手前に引く。
「愛の戦士、参上ーっ、と!っとっとっと、おわっ、たっ、とと!」
勢いよく飛び込んでいった鉄子だったが、危うく階段を転げ落ちそうになった。
持ち前の運動神経でバランスを取り、僕の視界から体半分消えたところで止まった。
扉の向こうは、地下二階へと下りる階段であった。
「ほえーっ。二つ目の階段かぁ」
ネズミ君がランプで下を照らそうとしたけど、光は階段の途中で止まっていた。
これで下に降りるルートが2通りあることがわかった。手が込んでるなあ。
「ま、いいや。帰って飯にしようぜ」
そっと扉を閉め、僕らは来たときとは逆の道を辿って学園に戻ったのであった。




