恋は唐突、裏側はいろいろ
僕らは舟から降りようとした。
「お待ちになってください!このままでは、私たちは人喰いウーパールーパーに絶滅させられてしまいます。奴は今夜、生贄を攫いにやってきます。どうか人助けと思って、当旅館にお泊まりください!」
お雛さまは必死の形相で訴えた。
え?何だって?
「今夜、来るの?人喰いウーパールーパー」
「はい。今宵は満月です。今夜12時きっかりに来ます」
僕らは顔を見合わせた。
「どうする?人喰いウーパールーパーが来るって言ってるよ」
「じゃあ、ここで待ってりゃいいってことだよな?」
と、眉をひそめるネズミ君。意見を伺うようにガマグチ隊長の顔を覗き込む。
「ケロケロ。これはラッキーだケロ。時間まで温泉にでも入ってゆっくりするケロ」
この人と同じお湯には浸かりたくないけど。
隊長はピョンと舟から飛び降りると、水かきのついた手で、お雛さまの手を取って言った。
「ケロケロ。雛野ひなのさんとやら、聞けばお困りの様子。そういうことであれば、僕たちがなんとかしましょう」
「おお、おお、お助けくださるのですか。なんて頼もしいお方でしょう」
ポッと顔を赤らめるお雛さま。嘘でしょ?そういう展開なの?
「ケロケロ。諸君、いつまでもボーッとしてないで、降りてくるんだよ。ここはひとつ人助けといこうじゃないか」
しょうがない。ちょっと気が進まないが、この本の主役はカエル人間なのだ。
「ちぇ、ええかっこしいだな、このおっさん」
「惚れる方もどうかしてるわ」
ぶつくさ言いながらも、僕たちも舟を降りてフリートウッドの巣から出た。
「ケロケロ。このガマグチ探検隊が来たからには、もう安心だケロ。ひなのさん、大船に乗ったつもりでいてください」
「まあ、ステキ」
さっきまであんなに警戒してたのに、もう下の名前で呼ぶのか。いや、今のは苗字で呼んだのか?
「妙子さん、ガマグチ隊長ってこんなキャラなの?」
「お調子者はお調子者ですけど、でもそこが子どもたちに人気というか」
なるほど。
「さあ、探検も佳境に近付いたぞ。みんな兜の緒を引き締めていくケロ。それではいいかい?ゲッコリンコでケロリンコ、いい子はネンネでケロリンパー!」
う、またか。
「ケロリンパー!」
「ニャニャニャンニャー!」
これに即座に反応できるのは我がパーティーの5分の2だ。残りの5分の3は純真さを取り戻すには汚れ過ぎている。
「二度目があるとは思わなかったわ。あーあ、ケロリンパ。当分故郷には帰れないわね」
「わかった、わかった。ケロリンパな」
僕もフゥ、とため息をついて、一応ケロリンパと言っておいた。
すると、急に景色が変わって、豪華なお屋敷が現れた。
「おおっと、また唐突だな」
と、ネズミ君。河が現れたときと同じだ。
「旅館まで移動してきたケロ。不要な移動シーンなんか省略するケロ」
ガマグチ隊長が説明してくれた。でもそれって普通読者には言わないことだよね?
旅館は平安時代を再現しているというだけあって、寝殿造りの平屋だった。広い庭園にある池では、カエルがゲコゲコ鳴いている。
僕らは南に庭を望む、だだっ広い板の間に案内された。上座の方には、縦縞模様のカラフルな縁の畳が一畳だけあった。
ここで12時まで待てというのだろうか。
「ネズミ君、今何時?」
「6時だぜ。もうそんなに経ったのかな」
彼は腕時計を見て首をひねった。
僕らはいつも午後2時に集合してダンジョンに入る。一旦、入ると時間の経過がよくわからないが、それにしても4時間か。
「本に夢中になるとあっという間に時間が経ってたってことありますよね。そういうんじゃないでしょうか?」
と妙子が言ったが、僕らはそんなにこの本に夢中になっていただろうか?
「早くご飯にならないかしら。あたし、お腹空いてきちゃった」
と、鉄子。さっきあんなに大きなマシュマロを食べたというのに。
「ゲ、ゲンちゃん用の焼きササミだったらありますけど…」
「まだ遠慮しておくわ」
本当に切羽詰まったときには致し方ないが、ここで種族の枠を超えてしまう勇気はない。
そんな僕らをよそに、ガマグチ隊長はすっかりリラックスモードみたいだった。
「ケロケロ。汗を流してくるケロ」
と言って庭に出ていった。
温泉か。平安時代を忠実に再現しているのなら、温泉なんてあるのかな?確か平安貴族はあまりお風呂に入らなかったはず。身体のにおいは香を焚いてごまかしていたんじゃなかったっけ。
なんてことを思っていたら、ガマグチ隊長はザブンとカエルのいる池に飛び込んだ。
…。そうか、そういうところはカエルのリアリティなんだ、この人。
「ゲーコ、ゲッコゲッココ、ゲッコー。ゲッココ、ゲッコー。ゲッココ、ゲッコー」
上機嫌で歌なんか歌ってるし。池のカエルたちも、ガマグチ隊長に合わせて合唱を始めた。
「もう少しの辛抱よね。ウーパールーパーぶっとばしてやったら元に戻れるのよね」
鉄子は天を仰いだ。
「ぶっとばすんじゃなくて、芸を仕込むんだよ。で、何の芸を仕込むんだろ」
「わ、私もそこまでは…。あ、ゲンちゃんはお手ができるようになったんですよ」
妙子は焼きササミの袋を破いた。
「ほら、ゲンちゃん、お手したらおやつあげ…!ちょ、ちょっとゲンちゃん!待って待って、お手でしょ!?覚えたよね!?」
幻獣は一目散に焼きササミに飛びついた。やっぱりな。
「ふーっ、いいお湯だった」
「うわっ」
びっくりした。ゲンちゃんに気を取られているうちに、いつの間にかガマグチ隊長が池から上がってきていた。しかも浴衣に着替えているし。
「あれ?おっさん、さっきまで向こうにいなかったか?」
ネズミ君が池の方を指差して目を白黒させた。
「ケロケロ。入浴シーンでそんな長いこと引っ張れないよ。なんたって読者は僕が活躍するところを見たいんだから。ページの都合もあるしね」
ああ、そういうこと。でもこの人、堂々と裏側を暴露するね。
そのとき、またさっきの雛人間たちが部屋に入ってきた。
「今夜は皆さまを歓迎いたしまして、宴を開きたいと思います」
雛野ひなのさんがそう言うと、金の屏風が畳の後ろにセットされた。
「ささ、ガマグチ様はこちらへどうぞ」
畳に座れるのは隊長だけで、僕らは茵と呼ばれる薄い座布団を板に敷いた。
天子南面である。もし帝の正体がカエルだったと知られたら、みんな遣唐使を志願して一生戻ってこないかもしれない。が、兎にも角にも、僕らは隊長から見て左に一列に座った。
そろそろ辺りも薄暗い。三笠の山にも月が昇った頃合いだ。ぼんぼりや桃の花の飾りが運びこまれて、宴会の用意が整った。




