ワニはパニック、幼児には不適当
舟はゆらゆらと河を渡っていった。小さな舟で心配したけど、河の流れは緩やかで、この分なら何事もなく向こう岸に着けそうだった。
ゆったり、ゆったり。どんぶらこっこと、舟はたゆたっていく。
遠くには水墨画のような、先の丸い岩山が見えて、どこか中国の奥地のような雰囲気だ。
「俺たち本当に今、本の中にいるのかよ?異世界に行こうって奴が何だが、信じられんな」
ネズミ君が肩をすくめた。
手を伸ばして水面に触れると、ちゃんと水に濡れる感覚がある。さっき食べたお菓子の家もそうだが、本物としか思えない。
「でも、どうせだったら血湧き肉躍る冒険物とかが良かったわ。子どもの本じゃ、戦闘は期待できそうにないもの」
鉄子が退屈そうに呟いた。
本だったらこういう台詞の後に、突然敵が襲ってきたりするものだけど。
「ゲコゲコゲンゲ〜〜!!」
突然、ガマグチ隊長の叫び声が響き渡った。
な、なんだぁ〜?
「あ、あわわわ、わわ!ワ、ワニだぁ〜!」
見ると、河から上がってきたのだろうか?舟の上にワニが侵入して、ガマグチ隊長に襲いかかろうとしている!
早速お出ましってわけか。さっきの妙子の情報通りだな。
でも、ワニにしては、漫画っぽい見た目だ。そうか、ここはあくまで本の中だからな。
「どいてなさい!」
いち早く反応した鉄子が、ワニの頭に竹竿を叩きつける。
ワニは一瞬怯んだように見えたが、大してダメージを受けていないようだった。
硬い鱗が攻撃を防いだのであろう。
ならば、これならどうだ。僕はデメキンのハンマーを両手でグッと掴んだ。
振りかぶり、エイっと振り下ろす。
ボコン!
鼻筋に思い切り叩きつけてやると、ワニはスゴスゴと水中に逃げ帰った。
流石は1500ゴールドもする武器である。見た目は冗談みたいだが、なかなかの威力だ。
「わっ、わっ!こっちにも来たぞ!」
今度はネズミ君の悲鳴。
なんと、あちこちからワニが舟に上がってこようとしていた。その数は、ざっと見ただけでも10匹以上はいる。
「あっちへお行き!」
叩いても無駄と悟ったのか、鉄子はワニの口に竹竿を引っ掛けて、ひっくり返すようにして河に落としていた。
「えいっ」
僕はデメキンでワニの頭を一匹ずつ叩いてまわった。叩かれると、ワニはスゴスゴと河に戻っていく。
「ケロケロ〜!ここは人喰いワニの巣窟だケロ〜!早く脱出するんだケロ〜!」
ガマグチ隊長のパニックをよそに、渡し守の老人はゆっくりゆっくり舟を漕いでいた。この人、ワニの姿が目に入らないのかな?
しかし戦いながら気付いたが、このガマグチ隊長、どうやら戦闘能力はなさそうである。ケロケロわめきながら右往左往しているだけだ。僕らがいなかったらどうするつもりだったんだろ?妙子の言う味方とやらは、まだ現れないようだし。
それでも時間はかかったが、なんとかワニの攻撃を退けることができた。
「ハァ、ハァ、もう全部落としてやったかしら?」
「そうだね。もういないみたいだ」
これが本物だったらこうはいかないのかもしれないが、ここは本の中。しかも幼年向けの児童文学だ。本当に危険な生物は出てこないのかもしれない。
ふぅ、やれやれと、僕らは舟の中に腰を下ろした。
「ケロケロ。君たちよくやった。これで人喰いワニの棲息地帯を抜けることができたぞ」
と、ガマグチ隊長が言った直後だった。
ガバァッ、バクッ、バシャーン…!
え!?
一瞬、自分の目を疑った。
今、水の中からもの凄く巨大なワニがジャンプして、渡し守の老人に大きな口でバクッと噛み付いて、バシャーンと水面に落ちたような…!??
「きゃああーーっ!!」
「ひっ、ひえええっ!」
妙子とネズミ君の悲鳴。真っ赤に染まる水面。
彼らの見つめる先には、巨大なワニが老人をバリバリと噛み砕いている光景があった。
う、嘘!?
ガマグチ探検隊シリーズって、幼年向けでしょ!??
こんなグロテスクなシーンがあっていいの!???
「ディ、ディーゴだ!ディーゴの仕業だケロ!」
「ディーゴって何!?」
「人喰いクロコダイルだケロ!この辺りのワニのボスだケロ!」
そ、そんなワニボスあり!?
「だあああーーーっ!!」
血相を変えたネズミ君が櫂に取り付いて、猛然と漕ぎ始めた。普段力仕事なんかやりたがらないのに、危機管理能力の高い男である。
その甲斐あってか、舟は猛スピードで河下へと進んでいった。
ん?河下?僕らは向こう岸に渡ろうとしていたんじゃ?舟の舳先が別方向を向いてしまっている!
「ネ、ネズミ君!向きが違うよ!」
「そんなこと言ってる場合かぁ〜っ!」
そのときである。
ドオーーン…!
突然、舟のすぐ近くで水柱が立った。グワングワンと、激しい揺れ。
「だあーっ、今度は何だぁーっ!?」
ネズミ君は立っていられなくなって、櫂を離してしゃがみ込んだ。
ドーン!ドーン!と、水柱は連続で上がる。
「な、何よぉ!?」
「きゃあ!」
フッと、黒い影が舟を覆った。
見上げると、空には絶滅したはずの翼竜が。
「ゲロゲロ〜!プテラノドンが襲ってきたゲロ〜!」
プテラノドンはくちばしを開けると、クワッと火の玉を吐き出した。
そんな馬鹿な。
ドーン!
火球はすぐそばの水面に着弾し、またもや盛大に水柱が立った。ダダダダッと、河の水が豪雨のように降り注いでくる。
「こ、こんなのありかぁーっ!!」
「ガ、ガマグチ探検隊シリーズは、ダイナミックな展開が売りなんですよぉ〜っ!!」
ダイナミックな展開ってったってね。
幼年向けで残酷な捕食シーンを出したり、恐竜に火を吐かせたりしたら、絶版になるのも無理もない気がする。
ドーン!ドーン!ダダダダダッ…!
プテラノドンは攻撃の手を緩めない。次から次へと水柱が立ち、僕らの頭上に水が降り注ぐ。もう集中豪雨の中を外に出たようにビショビショである。
「ゲ、ゲロゲロ!このままでは、人喰いウーパールーパーを見つける前にやられてしまうケロ!」
人喰いウーパールーパーなんかよりももっと研究価値のありそうなものが、上空にいるのだが、この考古学者は一体どこに目をつけているのだ?
「だ、大丈夫です!あれはプテちゃんですぅ」
「プ?プテちゃん!?」
「さっき言ってた頼もしい味方ですぅ!ガマグチ探検隊シリーズに、いつも登場するプテラノドンのキャラクターなんです!さ、最初は敵として現れるんですけど、味方になってくれるんですよぉ!」
そ、そうなのか?
「ゲコゲコ!ゲルルッパ、ゲロンゲロン!ゲントラゲントラ、ゲロンパゲンプル」
突然、ガマグチ隊長が大きな身振り手振りで、プテラノドンに話しかけた。
プテラノドンは攻撃を止め、じっと隊長を見つめている。
こ、これはもしかして、プテラノドンを仲間にしてしまおうという、隊長の特殊能力なのか?




