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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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121/206

図書館ではお静かに、本は食べないで

 と、腰を上げたときだった。

 ボッボッボッと、フロアの天井に、いくつもの青白い光の玉が現れた。

「ひっ、人魂!」

 取り乱した鉄子が慌てて扉のノブに手を掛けたが、それは空回りするばかりだった。

「どうした!?」

 鉄子を押しのけてネズミ君が扉に取り付く。

「ちっ、鍵がかかってやがる」

 なぜ?という疑問が浮かんだが、それを解消している場合ではない。

「向こうの扉は!?」

 腰が抜けそうになる鉄子を支えながら、えっこらせと北側の扉の前まで行く。

「駄目だ、こっちも開かねえ!」

 先に到達していた盗賊が、聞いてもしょうがない事実をリポートしてくれた。

「まっ、魔法で鍵をかけられたみたいだからなっ!」

 こちらの疑問を先回りした彼が潔白を主張する。決して鍵が開けられない盗賊がいるせいではない。

 どうしよう、と思いかけたが、その疑問が形になる前に、異様な音が聞こえてきた。

 ゴゴゴゴゴ…、ズズズズズズ…。

 振り向くと、なんと図書館の本棚が一斉に動いている!

「な、なんでぇ、からくり仕掛けかよ!?」

 出っ歯を伸ばして驚くネズミ君。普通、電気とか魔法の力を疑うものではないのだろうか?

 ゴゴゴゴ、ゴ。

 すると模様替えが完了したのか、本棚の動きが止まった。

 そこには北と南を本棚に挟まれるようにして、一本の道ができていた。本棚の上には、二列になった青白い光の玉が、まるで滑走路のように進む方向を示していた。それはフロアの中央付近を目指していた。

「行くか?」

 ネズミ君が聞く。行くしかあるまい。

 そろそろと近付いていくと、青白い光の玉が固まって存在しているところが見えてきた。薄ぼんやりと、それはそこにあるものを浮かびあがらせていた。

 何かいる。

 青白い光が反射して、銀色に光っている。

 やがてランプの光が届くようになって、何があるのか識別できるようになった。

 そこはきっと本の貸出しカウンターなのだろう。円形の低いカウンターに囲まれた、猫背の人物らしき姿。それが口を開いた。

「おやおや、これはいかんのぅ。最近の学生は、図書館の利用法を知らんようじゃ」

 老人の声。不敵な笑みを浮かべている。

 人物、と形容するのは不適当だろう。

 その顔から受ける印象は、魚、だった。

 つるりとした平ぺったい頭。大きく左右に離れた目、広い受け口。二つの穴が穿たれているだけの鼻の下から、固そうな二本の髭が触角のように伸びていた。顎下からも同じような毛が。

 まるでナマズ、である。

 だが肌には、色素の存在を認めることができなかった。両目だけが、僅かに黒い。

 身につけているものは、粗末なローブだろうか。ファンタジー物語に出てくる魔法使い、といった出で立ちだ。

 そいつはカウンターの上に、分厚い書物を広げて読んでいた。いつから?僕たちがここに入ってきたときには既にいたのだろうか?

「図書館では私語は禁物じゃて。それに、何じゃ。面白そうとかそうではないとか。本というのはおぬしらを楽しませるために在るのではないぞよ。お前さんがたのような未熟者を教え導くために存在しているのじゃ。良薬口に苦しと言うじゃろう。読みやすく面白い本ばかり読んでいては、魂の栄養にはならんのう」

 そう言うと、痩せさらばえた手で本のページをビリビリと破いた。手も銀色に光っていて、鱗らしきものが見える。

 それをくちゃくちゃに丸めると、口元に運んだ。

 広い口がブラックホールのようにガパッと開いて、紙の玉は吸い込まれていった。

 それ以上口を動かす様子がないところを見ると、丸飲みにしたらしい。

「やはり、いいのう。紙の本は。最近は電子書籍なんてものが流行っておるから困りものじゃ。あんなものには栄養なんてありゃせんよ。あれでは作者の筆遣い、息遣いが感じ取れん。読んだつもりになって、賢くなった気になっておるだけじゃ。昔はどこの家庭にも読まれたことのない百科事典や、世界名作全集なんかがあったものじゃが、今やなんでもスマホ一台というのけ?便利さと引き換えに人間らしさを失っていることにも気付かずに、かわいそうなものじゃよ」

 やれやれといったように頭を振った。

「それより、だ、誰だよ。お前だって、読まないで食べてるら」

 ネズミ君がこの場合至極まともなことを言った。いい加減な盗賊かと思っていたが、真っ当な盗賊だったようだ。そうだ。こんな暗がりで本が読めるわけがない。読めるとしたら、電子書籍ぐらいだ。

 だが、返す刀でバッサリ切られた。

「ほっほっほ。おぬしこそ、本を読んでおらんから儂を知らぬのであろう」

 それも至極真っ当な意見だった。最早真理と言ってもいい。

「ちょ、ちょっと待ってろ」

 リュックサックを床に下ろすと、ネズミ君は口をへの字にして胡座をかいた。中から異世界生物学の教科書を引っ張り出す。

「えーっ…と。あった、あった。これだ」

 ネズミ君が開けたページには、目の前のモンスターにそっくりなイラストと、シルバーフィッシュという名前が書いてあった。

 なになに?古い本や印刷物を好んで食用にする陸生の魚族。別名・紙魚かみうおともいう。体をぺったんこにしても生きていられる特技があり、本を開いたときにページに挟まっていることがある。特に人間に害をなさないが、放っておくと本を食べられてしまう。害虫駆除イクスターミネーションの魔法が有効であるため、パーティに害虫駆除業者イクスターミネーターがいることが望ましい。

 害虫駆除業者イクスターミネーター?害虫駆除業者科なんていう科はないけど。どうすればいいのだ?電話一本で呼ぶのか?

「どうするの?モンスターだってんなら、とりあえずぶっとばしとく?」

 鉄子が怪訝な表情で言った。内容は人類の健全なる理想に反しているが、教科書から得た情報を元にすると至極真っ当な意見のようにも思える。害虫駆除業者イクスターミネーター、ねぇ…。

 だいたい、陸生の魚族ってどういう意味だ?同じ教科書に魚族って、水生の未確認生物の総称と書いてあったんじゃなかったか?

「女戦士よ。おぬしは図書館は初めてと見える。図書館の自由と独立に関する宣言を知らんようじゃ。図書館は何事があろうと、権力と暴力の圧力に屈することはないのじゃぞ」

 そのとき、リンリンリンリンと、ベルの音が鳴り響いた。

 な、なんだ!?

「ほっほっほっほ。そこの眼鏡のお嬢さん、喜ぶがいい。今からお楽しみが始まるわい」

 シルバーフィッシュは、尖った指で、僕らの背後を差した。

 振り向くと、本棚が固まっている方角から、ゆらゆらと宙を飛んでくるものが。

 あれは…、本だ。本が飛んでいる!

 それは僕らの前まできて、ピタッと空中で停止した。


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