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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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120/206

意志は衰え、難読書は敬遠される

 扉を開けてみての最初の印象は、うん、なんだろう?というものだった。

 壁?いや、木?柱?

 部屋の中に聳え立つようにして、何か四角いものが林立している。モンスターが居住しているとすれば、家具だろうか?しかしこんな置き方では、生活動線に支障を来たしそうだ。

 近付いてみて、それが何であるかわかった。

「本棚だな…」

 ランプを掲げて、ネズミ君は棚を見上げた。

 それは本棚だった。しかも人の背丈よりも遥かに高い。一つ一つの棚には、本がぎっしりと詰まっている。

 でかいな。あんなに高いところの本、誰が読むんだろ、というのが、僕の最初の感想だった。

 明らかに家庭用ではないというか、人間用ではないのかも。それが一定の間隔を置いて規則正しく並んでいた。

「読書家のモンスター?ま、どんなインテリだろうと出てきたらぶっ飛ばすだけだけど」

 と、鉄子。平和的ではないが、意志するところはわかりやすい。劣化した主意主義とでも言おうか。

「というより、まるで図書館みたいだな」

 と、盗賊は出っ歯に手をやった(実際は顎だ)。そうか、図書館か。

「図書館?妙なところに作ったものね」

「いや学生用じゃなくてよ」

 このダンジョンにはスーパーや釣り堀、スポーツジムまであるのだ。モンスター用の図書館ぐらいあっても不思議ではない、か。

「懐かしいです。図書館って絵本の読み聞かせなんかもしてるんですよ。小さい頃によく行った覚えがあります」

 と、妙子。勉強はしなかったようだな。

「ふ〜ん。図書館ってあたし入るの初めてかも。多分ウチの田舎にはなかったんじゃないかしら」

 どこの自治体にも図書館ぐらいありそうなものである。いくら実家の近くに弥生時代の遺跡があるとは言っても、モンスターのコミュニティよりも原始的ということはあるまい。

 あるいは鉄子が近くにいると、図書館も地下に隠れるのかもしれない。アレクサンドリアの二の舞にならないために。

「どんな本があるんだ?なになに、『世界のおばけ話』、『呪われた巻物』、『あなたの身近な幽霊話』?だってよ」

 ウヒヒと出っ歯を伸ばして、意地悪そうに笑うネズミ君。この盗賊はどう見ても善人には見えない。

「やだぁ、図書館ってそんなに怖いところだったの?」

 鉄子は学問に対する誤解がある。

「ガ、ガマ探がありますよぉ!」

 突然、妙子が興奮した声をあげた。

「な、何?それ」

「『ガマグチ探検隊シリーズ』っていって、子供に大人気の本なんですよ!あっ、これ家にあったやつですぅ」

 鼈甲眼鏡の縁がキラーンと光った。家にあったのなら、わざわざここで興奮することもなかろう。

「夜、奇妙な物音に目を覚ますと、酷く喉が渇いていることに気づいた…」

「ちょっと、読まないでよ!」

「ま、幻の、人喰いウーパールーパーの回がありますよぉ!」

 みんな興奮して、本を引っ張り出してはガヤガヤやり始めた。やれやれ、そんなことをしている暇はないというのに。

「待ってよ、みんな。僕たちは本を読みにきたんじゃないよ?まだモンスターが潜んでいるかもわからないし、とりあえずフロアを探索した後にしようよ」

 と言うと、なんだか引率の先生にでもなったような気がした。でも、こんなダンジョンの中でも状況を忘れて夢中になれるなんて、本というのは凄いものなのかもしれない。

「おっ、そうだった、そうだった。君たち本をしまいたまえ。先生の言うことを聞かない子は、紙芝居を見せてあげないぞ」

 ネズミ君はニヘヘヘと笑って、出っ歯と本をしまった。

「もう、ふざけないでよ」

「まあそう怒るなよ。ここが図書館だってことはわかったぜ。ほら、見てみな」

 そう言って彼はランプを本の背表紙に近付けた。そこには、『生徒館内限』と書かれたラベルが貼ってあった。見ると、そこにあった棚の全ての本が同様だった。

「モンスターには貸出ししてるのかな?」

 そう言えばガーゴイルの部屋には読みかけの本があったなと思い出す。本を借りに来たモンスターと鉢合わせなんていう事態は避けたい。

 それより、まずは館内の様子を探らねば。

 中は入って来た方向(東)以外は全て進めた。まずは右手の壁(東)に沿って北向きに進むとする。すると1ブロック隔てて扉があった。ということは、先程北からか南からかで悩んだが、どちらも図書館の扉だったわけだ。

 北の扉周辺には、背の低い本棚が並んでいた。

「『幽霊の卓球部員』、『ネバーエンディングノローイー』、『フコウがイッパイアッタトサ』か。ここは児童書のコーナーだな」

「ネズミ君、読んだことあるの?」

「有名な話だけど、読んだことはないな。小学校の図書室にはあったと思ったけど、人気のある本は、借りられてることが多いしな」

「こんなの読んでたら、夜に一人で勉強できなくなっちゃうわよ。あたし、本なんか読まなくて良かった」

 だからといって、鉄子が勉強していたわけではない。

「あ、『コビットの冒険』があります」

「どんな話?」

「『ラビットの冒険』の続きです」

 妙子の回答はいつも要領を得ない。

 ちなみに僕はいつも一人ぼっちだったけど、本を読むような子供ではなかった。

 学校の図書室であれ自治体の図書館であれ、僕が入っていくと、場違いな奴が入ってくるんじゃねえ、という無言の圧力を感じるからである。読書など教科書だけで充分だ。

 4ブロックで北の端に着き、左(西)に曲がる。今度は5ブロック続いて行き止まりになり、更に左(南)に折れ曲がった。

 この辺りには難しそうな本が並んでいたため、誰も本棚に興味を示さなかった。どうやら一介の高校生よりもモンスターの方が知力が上のようである。

 5ブロック南下すると角まで来れた。また左折して東に5ブロック。そこの角を左、北に1ブロックで入り口に戻って来れた。

 つまりここの図書館は5ブロック四方の正方形である。扉は東側の二枚だけだった。

「これでほぼマップは完成したか。あとはさっきの左の扉だけだな」

 扉の前で車座に座り、簡単に休憩してマップを確認する。

 ネズミ君の言った通り、先程僕が問一を解いて、選ばなかった方の左(西)の扉で地下一階もコンプリートである。あと1ブロック、扉を開けて中に何があるか確認すればいい。

「図書館はもう出るか?面白そうな本も大してなさそうだしな」

 もう用がないとばかりに、ネズミ君は図書館に対して反知性的な侮蔑を与えた。さっきの興奮はなんだったのだろう。だが一般人の本に対する関心なんて、この程度のものなのかもしれない。

「そうだね…」

 僕は少し迷った。

 今、図書館の内周を一周してきたわけだが、普通に本棚が並んでいるだけで、特に怪しいところはなかった。

 とすると、ここは素直にモンスター用の福利厚生施設だと考えればいいのだろうか?

 だが、中央付近には行っていない。本棚と本棚の間に宝箱が隠されていたりはしないだろうか?

 少し悩んだが、答えはすぐに決まった。

 問二。作者(ダンジョン製作者)の考えを25字以内で述べなさい。

 答え。生徒を鍛錬して異世界を救う冒険者に仕立て上げること。

 あっ、句点を含めて26字になっちゃった。

 でも答えはこれしかない。悩む必要はない。そもそも僕らはそういう目的でダンジョンに入っているのだ。

「出よう。僕たち図書館には用はないね」

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