憧れに飛び込み、サービスは高い
「くあーっ!役に立たんなぁ〜!」
自分のことを棚に上げて、ネズミが猫を罵った。
「このっ。ああ、まったくもう!」
鉄子も捕まえようと長い手を伸ばすが、宝箱はヒョイと簡単に躱してしまう。
「プミャオッ、フゥ!」
「だーっ!ちょこまかすんな!」
「いい子だから、こっちへ来なさ〜いっ!」
2人と一匹で必死に捕らえようとするが、奮闘虚しくその手は空を切るばかりである。宝箱は縦横無尽にフロア内を駆けずり回っていた。
はからずも照明係になってしまった僕は、彼らについて走り回る羽目に。
「勇者、照明遅いぞ!」
「そんなこと言ったってね…」
全力で追いかける食肉類の追跡をいともたやすく躱す被写体を照らすのは至難の業だ。
おまけに僕だって走りながらである。いきおい遅れがちになる。幻獣以外の2人はよく宝箱を見失った。
ただ、気付いたことに、この宝箱は絶対にダークゾーンの方には入らないのである。
「シャアーッ!」
ゲンちゃんが宝箱を壁際に追い詰める。いつの間にか反対側の壁まで来ていた。ところでマップは予想通りだったのかな?だったのだろう、きっと。知らんけど。
「へっへ、もう逃さんぞ」
「随分と手こずらせてもらったわね」
暗がりから2人も出てきた。正面からはゲンちゃんが、北からはネズミ君、南は鉄子と、壁を背にしてハンターたちに囲まれた宝箱は、絶対絶命だ。
あれ?そういや妙子はどこにいるんだ?
「いいか鉄子、短足猫。いちにのさんで飛び込むぞ。いち、にの、さ…」
そのとき、後方より愛しい人を呼ぶ声が聞こえた。
「ゲンちゃ〜ん!おやつよぉ〜〜〜!!」
懐かしい声に後ろを振り返る幻獣。だが彼よりも早く、動いたものがいた。
ビュンッ!
「うわっ」
宝箱は光の速さよりも少し速い速度で僕の足元をすり抜けて、声のした方へと走って行ったのである。
「きゃっ!」
すぐに妙子の短い悲鳴が聞こえた。
しまった、と思ったときにはもう遅かった。僕らはてっきり、これは魔法仕掛けか何かだと思い込んでいたのだ。
ク、クソッ!モンスターである可能性も考慮に入れておくべきだった。
「妙子さん!」
「ミャアーッ!」
慌てて振り返る。ランプの光が届くか届かないか程度のところに、妙子は蹲って座っていた。そしてそれは、なんとも言えない羨ましい光景だった。
「きゃっ、こ、この子…」
本来ならゲンちゃんの名前が彫ってある特等席には、猫ほどの大きさの木箱が収まっていた。
「ミャア〜!?」
ショックなのはゲンちゃんだろう。
「妙子さん、大丈夫!?」
「き、急に飛び込んで来たんですぅ!」
どこに?そう、人類の約半分が憧れる、神聖なる谷間に。妙子の豊満な胸に顔(?)を埋めているのは、いつものシルバーヘアのフサフサ坊やではなく、宝箱であった。
「なんだ、なんだ?」
「妙ちゃん、捕まえたの!?」
ネズミ君と鉄子もやってきては、奇妙な事実を発見して唖然とした。
くう〜、この宝箱め。そんなエロい願望があったとは。体を揺すって、すりすりしているようにも見える。
「よしよし。お利口さんだねぇ」
妙子に上蓋を撫でられた宝箱は、小刻みにプルプルと震えた。
「フウゥ〜〜ッ」
構ってもらえないゲンちゃんは、所在なさげにウロウロしている。
「よしよし、いい子いい子」
すると、カパアッと宝箱の蓋がゆっくり開いた。
「あっ、いっぱい入ってますよぉ!」
鼈甲眼鏡を目一杯輝かせて、顔を上げる小柄豊満体。
「どれどれ、見せてみ」
厚かましい盗賊がズイズイと前に出て中を覗き込む。妙子は宝箱の向きを反対にして、よく見えるようにしてやった。
「ウヒョッホッホ!ひい、ふう、みい、たくさんだな、オイ。いっただっきま〜す!」
盗賊がぬっと手を伸ばして金貨を掴もうとした瞬間、バシッと蓋が閉まった。
「あぎゃーっ!」
まさにネズミ取りである。慌てて手を引き抜いた盗賊は、ピョンピョン跳ねて痛がった。
宝箱は再び妙子に向き直ると、また丁重に蓋を開いた。
この宝箱、ちゃんと人を見ているな。
妙子が細い指で金貨をつまみ出す間中、まるで歯磨き中の動物園のカバのように、彼はお行儀よくしていた。
床に並べられた金貨を数えてみたら、おおおおおおっ、な、なんと、30ゴールドもあるぞ!?
なんということだ。宝箱の中身は一定ではないが、地下一階のものであれば平均して20ゴールドは入っているという。だが僕らは貧乏くじを引き続け、これまで全ての宝箱で3ゴールドずつしか入っていなかった。それが、一気に30ゴールドとは…。なんだ?変なサービス料が含まれてるんじゃないだろうな。
「うわぁっ、こんなにいっぱい。宝箱さん、ありがとうねっ」
妙子を傷付けないように蓋をゆっくり閉めると、彼はまた顔(?)を豊満な胸に埋めてスリスリさせた。こやつ、いい加減にせい。金さえ払えば何でもしていいってものではないぞ。
「ゥミャ〜ン」
我慢できなくなったゲンちゃんが妙子の腕に飛びつく。一番気持ちのいい場所は、さっきから四角いやつに占領されてしまっている。
「よしよし。ゲンちゃんもおやつにしようね?駄目だよ、追いかけちゃ。仲良くしよう、ねっ?」
少し場所を開けてもらって、幻獣はやっと懐かしい我が家に帰ってこられた。ご主人様からマグロのジャーキーをもらって、クチャクチャとかじる。
「けっ、金が手に入ったってのに、ちっとも嬉しくないぜ。勇者、用が済んだんだからこんなとことっとと帰るぞ!」
仏頂面で金貨を掻き集めるネズミ君。秘密兵器No.3は今回は不発に終わった。
「やれやれ。今のうちに切符でも買っておこうかしら」
鉄子の皮肉で、帰りも電車ごっこをせねばならないことに気付く。今回の冒険はなんだったんだろう。電車ごっこに鬼ごっこか。
「さて、みんな帰ろうか。妙子さんも準備はいいかな」
「はい、行けます」
僕らは再びロープに入って、電車並びをした。
「宝箱さん、お達者でね」
前から3番目の席の妙子が、ホームに向かって手を振った。宝箱は名残惜しそうに、じっとこちらを見上げていた。彼に目があれば、の話である。
「は〜い、下り電車、出発進行するわよ〜」
「ミャ〜オ〜!」
「黙れ、短足猫!」
猫笛を合図に再び僕らはダークゾーンに消えていき、上りのときとは反対に、今度は左手を壁について終点まで乗車したのであった。
翌日の勇者科の教室。独出君のお尻には、白くて丸いフワフワしたものが揺れていた。




