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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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117/206

金は人を狂わし、幻獣を狂わす

 一息ついて辺りを見回してみる。

 見えているのは右(東)と正面(北)の壁だ。左(西)は漠然とした闇が広がっている。どうやら予想通りのところに出たようだ。

 すぐにモンスターが襲ってくるような気配はなかったので、僕らはゆっくり疲れを癒してから、次の行動を開始した。

「さて、行きますかぁ」

 ネズミ君が立ち上がり、お尻をパンパンと払った。

 いつまでもここにこうしていたいけど、そういうわけにもいかない。時の流れは残酷で、嫌でも僕らを戦場へと押し出していく。

「西に後2ブロックあるはずだね。南はダークゾーンが続いているんだろうか」

 おそらくそうだろう。ダークゾーンに入る前にマップで確認した、北側にある東西3ブロックの長方形の出っ張りの部分だ。少し歩けば、向こうの端まで行けるはず。

 そう思って西進を始めたのだが、半ブロック程歩いたとき、明かりの端に盗賊があるものを見つけてしまった。

「おおっ、これは!」

 警戒心がゼロになって、ひょいひょいとお目当てのものに近付いていく。その分、明かりも移動して、僕らはフロアのちょうど真ん中辺まで進んだ。

「うっほっほっほ。お宝ちゃん発見!」

 ネズミはゴリラになってエサに近付くと、次は宝箱の周りをガガンボが羽ばたくような踊りで公転した。

「待ってよ、ネズミ君。また罠かもしれないよ」

 フロアの中央と思われる場所に、ポツンと宝箱が一つ置かれている。以前同じようなケースで、宝箱を持ち上げると壁モンスターがやってくるという罠があったが、この盗賊はそれを見事に発動させてしまった前科がある。

「罠?クンクン、クンクン。よし、罠はない」

 ガガンボは四つん這いになって、宝箱の周りを周ってクンクンにおいを嗅いだ。今度は犬か。確かに以前のものは床が赤く塗られていたけど、今回のにはない。でもこのおっちょこちょいの盗賊を信用していいものか。

「心配すんなって。こないだのは持ち上げると駄目なやつだっただろ。へっへ、俺はもう二度と宝箱を持ち上げたりはしないんだ」

 彼は附属中学出身の筋金入りの盗賊のくせして宝箱の鍵が開けられない。今までダンジョンで見つけた宝箱はエコバッグに入れて持ち帰り、ノコギリでギコギコやっていたのだが。

「お前らにも見せてやるよ、俺の新しい秘密兵器。今ここで宝箱を開けてやるから待ってろ」

 ネズミ君は得意気にリュックサックを下ろして、中をゴソゴソし始めた。これまで秘密兵器No. 1はノコギリ、No.2はエコバッグであったが、まだ秘密があるのか。やたらと秘密の多い盗賊である。

「ジャーン!新兵器、万能ノコギリ様だぜ。折りたたみ式で場所もとらないし、専用ケースもあって安全だ。これでダンジョン内で宝箱を開けることができる!」

 僕は一瞬、鍵を開けられるようになったのかと期待したが、すぐにそんな自分を呪った。やはり人生に期待は禁物である。

「な、なんだお前ら、その白けた目は。こいつは凄いんだぜ。予備の替刃が二枚もついてて経済的だし、おまけに刃が湾曲しているから、ほらこの通り、宝箱の上蓋のカーブにピッタリと…」

 合わせようとしたとき、予想外のことが起きた。まるで磁石のN極とN極を近づけたかのように、ピュッと宝箱が動いたのである。

「んおっ!?」

 驚く齧歯類。宝箱はそれには応じず、少し離れた場所で何事もなかったかのようにおすまししていた。

「うっかり蹴っ飛ばしちまったか?丁寧にいかないとな」

 そうしてまた盗賊がノコギリを近づけていくと、やはり動いたのである。刃から逃げるように、ズズズズッと。

「な、なんだあ!?今のは蹴っ飛ばしてないぞぉ?」

 今度はネズミ君は手を伸ばして宝箱を掴もうとした。すると宝箱は磁石のS極とS極を近づけたように、またもや盗賊から遠ざかった。

「嫌われてるみたいね」

 鉄子が他人事のように言い放った。動く宝箱か。盗難防止装置でも付いているんじゃないだろうな。

「クッソお!コラ、待てえ!」

 ネズミ君はなんとか宝箱に触ろうとするが、その度に宝箱は遠ざかり、彼との間にはいつも一定の距離ができていた。

「おい勇者、これ持っててくれ!」

 僕にランプを手渡すと、ネズミ君は必死になってランプを追いかけた。

「うおお!待てぇ、お宝ぁ!」

 逃げる宝箱。追うネズミ。僕もネズミの後を追う。ドタドタとフロアの中を走り回るけど、ちっとも追いつかない。

「こっちに追い込んで!!」

 見ると、鉄子が竹竿をゴルフクラブのように構えて立っていた。

「よっしゃ、任せた!」

 ネズミ君は腕を広げて宝箱に向かって飛び込んだ。宝箱の逃げる先には、鉄子のドライバーが待っている。

「たかがゴルフに金がかかってたまるか!日本人ならクラブは竹竿じゃ!喰らえ、バンブーショット!」

 言葉の意味は不明だが、鉄子はドンピシャのタイミングで竹竿を振り下ろした。こいつが当たれば、さしもの宝箱とはいえ木っ端微塵だ。

 ビュンッ!

 ところがインパクトの直前、宝箱は物理法則を無視した動きでターンして、見事に竹竿をすり抜けていった。

「どわぁわっ!」

 すると必然的に、竹竿は憐れな齧歯類に襲いかかる。だがやはり物理法則を無視した動きで、ネズミ君はヒラリと体を躱した。いやはや、地球の立場がないぜ。

「あ、危ないだろ!」

「そんなとこにいるから悪いのよ!」

 こうなることはわかりそうなものだが、金に目が眩んだ盗賊からは正常な判断力が失われていた。ううむ、金がないのも苦しいが、あったらあったで人を狂わす。

 一方、難を逃れた宝箱であるが、逃げた先が悪かった。

「プギャア!」

 ゲンちゃんの射程距離に入ったことで、今度は猫に追われることになったのだ。

「あ、ダメ、ゲンちゃん!おもちゃじゃないよ!?」

 猫をあやすおもちゃと勘違いしてしまったのだろう。幻獣は興奮して宝箱に飛びかかっていった。

「いいぞ短足猫、捕まえろ!」

 ネズミが猫を応援する。だが宝箱も負けてはいない。ひらりひらりと動いて、肉食獣の爪を逃れる。

「プギャア、シャアー!!」

「ゲ、ゲンちゃんっ!戻っておいで」

 すっかり理性を失ってしまった飼い猫には、もはやご主人様の声は届かない。ちっとも言うことを聞かない獣は、ただひたすらに獲物を追いかけていく。幻獣使いの道というのはかくも厳しいものなのか、それとも幻獣側の問題か。

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