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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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116/206

合言葉は難解、友情は疲れる

「よし、戻ってこれたな。もう変なところ押すんじゃないぞ」

「わ、わかってるよっ」

 再び行軍を開始する。といってもソロソロ、ソロソロと、カタツムリが這うようなペースだ。コツコツ、コツコツと、竹竿が規則正しく足元の安全を確認してくれる。

 カチッ!

 ……。

「お前なぁ〜」

「見えないんだから、しょうがないでしょぉ」

 また嫌な音がして、指先に小さなボタンを感じた。どうしてだか、罠は僕の身長に合わせてオーダーメイドされているようだった。

 ウィーン…。

 さっきと同じような音がして、さっきと同じような風圧を顔に感じた。

「かあーっ!また止めんこかよぉ」

 しばらく行くと、やはり木の壁で通せんぼされているみたいだった。

 さっきのようにまた直角に曲がって、壁を迂回しようとする。

 コツーン、コツーンと、ネズミ君はイライラした調子で床を強く叩いた。すると。

 ボコン!

 うん?ボコン?

「おわっ!な、なんだ!?」

 急に慌てふためくネズミ君。

「ど、どうしたの!?」

「た、竹竿が動かん!」

 竹竿が動かない?一体、何が起きているんだ!?

「なに!?どしたの?敵!?」

「ミャアァ〜!」

「ゲンちゃん!?」

 視覚を奪われた状態での緊急事態に、猫も後衛陣も騒ぎ出す。

 ど、どうしよう?こんなときパニックになるのが一番まずい。

 でも、どうしようったって、この暗闇の中で何をどうしろって言うんだ!?

 とにかく最悪の事態だけは防がなくてはいけない。今一番嫌なのは、パーティが離れ離れになることだ。僕はみんなに指示を出した。

「とにかく落ち着いて!絶対に電車の外には出ないで!」

 すると、暗闇の中から声が聞こえた。

「電車?」

 うん?この声は確か…。

「そこにいるのは無学君だろ」

 空気など決して読まない、野太く落ち着いた、朴訥な声。まるで百人のラッパーが一斉にライムを刻む中、一人黙々と蛍の光を奏でるチェリストのような。

「驚かせてしまって済まないね。でも僕もいきなり頭を殴られたものだから。ごめん、もう離すよ」

「わっ、わわっ!」

「あ痛っ」

 竹竿を急に離されたのだろう。ネズミ君の肩が僕の顎にぶつかった。

「あ痛てて…。その声は独出ひとりで君?」

 勇者科のクラスメイト、独出進ひとりですすむ君は、パーティを組まずに一人で冒険している。

「黙っていて悪かった。君たちがダークゾーンに入ってきたことはわかっていたけど」

「独出君もいたの?ここのエリアの探索?」

「いや、僕はとっくに攻略して、もう地下二階に行ってるよ。ただ、このダークゾーンの中に、お役立ちアイテムが落ちていると聞いたから、それを探してただけさ」

 え、探してた?この暗闇で?

「独出君は見えるの?」

「そうじゃないよ。ダークゾーンじゃどんな明かりも通用しない。僕は嗅覚と聴覚を鍛えているから、においや空気の流れから周りの形状を推測することができるだけさ」

 嗅覚と聴覚って…。いつもさりげなくマウントを取ってくる独出君だが、まさかこんな取り方をされるとは思ってもみなかった。こんなの誰も返せないじゃないか。

「すごいね。それで、そのアイテムは見つかったの?」

「ああ、君たちにお礼を言わなきゃいけないな。君が罠を作動させてくれたお陰で、木の壁の下に挟まっていたアイテムが取れたんだ」

 真っ暗で何も見えないが、声の調子から喜んでいるのがわかった。彼の笑顔なんて見れるときないんだけどな。

「それは、良かったね」

「ありがとう。これはウサギの尻尾といってね。腰に付けておくと幸運をもたらすアイテムなんだ」

 ウサギの尻尾…。あの独出君がフワフワしたものを腰に付けている姿は想像できなかった。

「ところで、電車ってなんだい?」

「えっ」

「さっき君が、電車から出ないようにって言ってたと思ったけど」

 やばい。あいつを聞かれてたか。

「な、何でもないよっ。パ、パーティの合言葉みたいなものさっ。電車とか、別に言葉自体には意味がない」

 ややあって、闇の中から返事があった。

「ふうん、符牒ってやつか。まあ、関係ないな。僕にはパーティがないからね」

 ドキッとするような表現。なんて返したらいいんだろう。彼の言葉を肯定するとしたら、「そうなんだ、君には必要ない」か。でもそれってトゲトゲしくないかな?

 君には内緒にしときたいんだけど、それは決して君を除け者にしようとかそういう意図ではなく、知られたくない個人的な事情があって、この場合の個人的というのは個人とはいってもそれはパーティ全体のことをいわゆる一つの集合名詞として見なしているのであって、個人的かつ集合的に君に知られたくないということで、それだと結局ある集合において独出君という個人をそこから排除しようとする力の方向性を有することになり、いや、とにかく早く返事をしないと彼を拒絶しているかのような印象を与えてしまう…。

「じゃあ、無学君。僕はもう行くからね」

 頭をフル回転で空回りさせて言葉に詰まっていると、この誇り高き孤独者の声が耳元でした。いつのまにか移動していたようだ。

「う、うん。じゃあ、また」

 ほっ、よかった。無事にやり過ごせたか。

「もしかして、君の周りを離れるなっていう意味かい?」

「え?」

 少し離れたところから、不意打ちのように声が聞こえた。

「君を電車に例えているのかな?それともパーティのことを君たちは電車と呼んでいるとか?」

「あ、う、うん。そんなとこだよっ。ほら、離れ離れになると困るから」

 僕はとにかくこの状況を終わらせたくて、適当に話を合わせた。

「そうか。君は電車とか()()とか興味ないと思ってたけどな。特に僕らは()()()()()なんだし」

「あっ、そういうわけじゃ…」

「じゃあ無学君。また教室で」

 彼の声は段々と遠ざかっていった。彼が残した軽蔑だけが、ずっと僕の耳元に佇んでいた。

「電車ねえ…。高校生が…」

 さらに離れたところから、追い打ちが聞こえた。

「またあのよく会う奴か。なんなんだよ、あいつ、見えてるんじゃないのか」

「シィーッ。聞こえるよ」

 ネズミ君の声は意外とよく響いた。

 見えてるか見えてないのかはわからないが、僕に対してマウントを取る趣味があるのは確かだ。

 気をとりなおして手探りの行軍を再開する。先程の邂逅はショックであったが、モンスターとかじゃなくて良かったと思う。

 程なくして僕らは木の壁を迂回し終え、三度みたび石壁に接触した。そこで90度北に向きを変え、そろそろと牛歩戦術をしばらく続けたところ、ようやくランプの明かりが目に入った。

「うへえ〜、やっと出られたぜ」

「あ〜、疲れたぁ」

「ふぅっ」

「ミャアっ」

「終わり?良かったぁ」

 みんな一斉に壁にもたれて座りこむ。とりあえず僕らがしなくてはいけないことは、電車から降りることだ。

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