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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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114/206

引きこもるには相応しく、壁は黒い

 午後からはまたダンジョンの探索の再開である。

 いつものように隊列を組んで進む。

 早くダンジョンをクリアして異世界に行くという大目標があるのだが、当面の僕らにとって切羽詰まった問題は、お金の関係である。

 パーティの会計係であるネズミ君はお金のことは一切言わない。だから僕らは、パーティの財布にあとどれだけ残っているのかを知らない。

 でも、あの喜びようを見たら、大体の想像がつかなくてはおかしいだろう。

 考えてみれば、これは結構デリケートな問題かもしれない。僕たちはメンバー間の財政事情がそれぞれ異なるのだ。

 言ってみれば、金持ち、小金持ち、貧乏、無、といったところか。

 ネズミ君だけではなくて、鉄子も妙子も、判で押したようにお金のことは言わない。あたかも何かに気を使っているかのようである。その何かが何かと言えば、それは貧乏ではなく、無である。無に気を使っているのだ。即ち僕である。

 おかしなものだ。無とは、そこにないはずなのに、現に存在していて、有るものたちの行動を限定している。

 きっと彼らは僕に気を使わせないようにしてくれている。無はないことによって有り、気は使うことによって使わしめない。あるいは僕がいないところでは、お金の話をしていたりもするのだろうか?

 早くダンジョンで得たお金だけで、飲食代ぐらいは賄えるようになれれば、と思う。さすればこんなことで青春を悩ましめる必要もない。

 今日は地下一階の、まだ探索を終えていないエリアに行く。

 ネズミ君の本心はどこにあるだろう。本当はモンスター長屋のスケルトンかなんかのところに寄って、宝箱を回収したいと思っているのかも。

 でも未踏エリアの探索を優先させるというのが、今のところのパーティの方針だ。何も言わないのなら、彼を信じるより他はない。

「寄ってくか?」

 先頭を歩くネズミ君が足を止めて、パーティを振り返った。

 僕らは筋肉猫の部屋の前にいた。

 無言で首を左右に振る僕たち。ドンジャラに付き合っている暇はない。

「だよな」

 と、首をすくめてまた歩き始めるネズミ君。ここから先が、あと僕たちに残されたダンジョン地下一階の未踏エリアだ。

 ちんぶり商店ダンジョン支店の北西出口から出て、北3ブロック。一つ西に移動して、また北へ。すぐに西に大広間の扉が見えるが、無視して北上。計6ブロック分北に移動でダンジョン全体の北辺に行き当たる。そこは道が左右に分かれており、左(西)に行けば大広間の反対側の扉に着くが、今日は右(東)へ。道なりに延々と行けば、筋肉猫邸のところだけ南回りで迂回して、ダンジョン北東の角に着く。

 ちなみに筋肉猫邸は、北は北辺に接し、東西南は通路に囲まれている。周りには何もなく、この部屋だけポツンと存在している。なるほど賀茂野さんは引きこもるのに最適な部屋を選んだものだ。

 北東の角から数えて南に7ブロック。通路はそこで行き止まりであった。

「結構、長く歩いたな」

 ネズミ君はランプを床に置いて座り込んだ。西側の壁には扉が付いていた。しばしキャンプを張って小休止である。妙子のマップを見ると、今いる位置は、地下一階東方にある、ワープ到着地点の1ブロック北であった。

 ざっと計算すると、ここまで通過してきたブロックは約30弱。距離にすれば450m足らずか。だが1ブロック先も見通せない暗闇の中では、その何倍もの距離に感じられる。普段僕らがどれだけ視覚に頼って生活しているか、改めて思い起こさせられた。

「よし、そろそろ行くか?」

 ちょっと息を整える程度の一休みで、ネズミ君が腰を上げた。冒険再開といく。

「ここはどっちかしらね。やっぱり通路?それとも玄室を期待できる?」

 鉄子が扉を睨んで言った。彼女の希望は玄室だ。この好戦的な女戦士は、適度に戦闘を与えてやらないと寂しさで死んでしまう。

「ん〜にゃ。通路だろうな」

 だが盗賊はランプを妙子のノートに近づけて推理を巡らせると、かの女性をがっかりさせるようなことを言った。

 僕らも経験を積んできている。なんとなくダンジョン内部の構造が推測できるようになってきた。

 この扉の西側には、まだ最大で150mの大きさがある。ここに玄室があっては都合が悪い。

 ダンジョンはモンスター側から見れば居住空間だ。地下一階の真ん中にはちんぶり商店のダンジョン支店。モンスター用のスーパーマーケットがある。そこへのアクセスを考えられて造られている、はずである。

「通路、通路、通路、通路」

「玄室、玄室、玄室、玄室」

 盗賊と戦士がそれぞれの希望をチャントする中、ドアを開けるのは僕の役目だ。一体この二人は何をやってるんだか。

「行くよ!」

 ガチャリとドアノブを回して扉を引いた。

「いらっしゃーい!!」

 これはドアの向こうで誰かが出迎えてくれたのではない。武器を構えた鉄子が意味不明な雄叫びとともに中に踊りこんだのだ。遅れないように後に続いた僕らが聞いたのは、戦士の遺憾の意であった。

「ムッ!ムムム、ムムムムムッ!」

 鉄子の希望は叶えられなかったようだ。ただ、ネズミ君にとっても希望通りだったのかどうなのか。そこは玄室ではなかったが、通路と言うにも違和感があった。

 左側(南)は壁だ。進行方向(西)にはぼんやりとした暗闇がある。ということは、まだその先に通じているということである。それはいいのだが、僕は右側(北)に異変を見て取った。

「なんか、右側おかしくない?」

 その壁は奇妙な色をしていた。石壁の色ではない。闇だ。真っ黒な闇が壁として聳え立っている。それも見たことのないような絶対的な黒だ。明らかに、前方に見えるぼんやりとした闇とは違っている。まるで光を吸収するような、絶対的な闇の中の闇、漆黒の中の漆黒であった。

「こいつあ…」

 ネズミ君はランプを壁に向けると、不審そうに首を捻った。ランプを壁際まで近づけても、光は漆黒の壁に吸い込まれて、その先を照らすことはなかった。

「これは…。ダークゾーンだな」

 盗賊は低く唸った。

「ダークゾーン?」

 こう聞くと、また予習しとけよ、とか言われるかなと思ったけど、ネズミ君は神妙な面持ちで教えてくれた。

「そこだけ光を打ち消すように魔法がかけられたエリアのことさ。ランプを灯そうが魔法で明かりをつけようが、ダークゾーンの中では光が見えないようになっている」

 しばらく指で黒い壁をチラチラ触っていたかと思うと、ネズミ君はランプを持つ手を闇の中に突っ込んだ。

「どうだ?」

 と、出っ歯をにゅっと出して僕を見る。彼の手は肘から先が闇に隠れて見えなくなっていた。その先にあるはずのランプも同様である。だが不思議なことに、僕らのいるところはちゃんと明るかった。ということは、ランプは確かにそこに存在していて、本来照らすべき範囲を照らしているということだった。

「あ、ネズミ君!」

 続いて彼は、ヒョイと闇の中に入っていってしまった。すぐにヒョイとまた、ネズミ顔の少年が現れた。

「こんなところだ」

 それは一瞬だったが、こちら側は変わらず明るかった。

「向こう側からはこっちは全く見えない。完全な闇だな」

 なるほど。これがダークゾーンか。

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