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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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110/206

猫は変身し、妄想は伝染する

「あ!あ、あっ〜!」

 慌てて駆け寄り、蛙のような姿勢で水の中を覗き込む。が、時既に遅し。まるで使用済み核燃料棒のように、ナマケモノの剣はプールの底に沈んだ後だった。

「ふぅ、しばらく戦闘してないと体が鈍ってるわ」

 そこに鉄子もやってきた。どうやら彼女も相手をしていた鉄砲蛙を倒したようだ。

「どうしたの、勇者さん?」

「ナマケモノの剣が落ちちゃったんだよぉ〜」

 何か見えないかと目を凝らしてみても、ダンジョンの中では真っ黒な水面が見えるだけである。

「あの蛙たちがここに潜んでいたことを考えれば、結構、深そうだな」

 ネズミ君がランプを水面に近づけてくれたが、かえって光が反射して、鏡のように僕の情け無い顔を映しただけだった。

「あ゛〜〜」

 僕は金魚がピチピチと跳ねる床に尻餅をついて天を仰いだ。どうしよう。あの剣は使いにくいくせして買うと15万円もするのに。そんなお金、一生かかっても貯まらないよ。いや、そんなことじゃない。剣がなかったら、この先どうやって戦えばいいんだ?

 すると、膝の辺りをフサフサしたもので撫でられる感覚が。

「フッフッフ、勇者さん、お困りのようですね」

「おや、その声は、ゲンちゃん!君、喋れたのかい?」

「こう見えて僕は幻獣ですよ。人の言葉を喋るなんてのはお安い御用。この僕が潜水モードに変身ミューテーションして、探してきてあげましょう」

「え、でも、そんなことしたら、君の体に負担がかかってしまう」

「わかっています。もう二度と猫の姿には戻れないかもしれません。でも、仲間が困っているのを見て、じっとしていることなんてできないんです」

「だ、駄目!ゲンちゃん、行かないで!」

 妙子の瞳から、涙があふれていた。

「そんなことしたら、ゲンちゃんが、ゲンちゃんが!」

「妙子さん…。あなたと会えて良かった。どうかお幸せに」

 ゲンちゃんは決意を固めると、潜水モードへと変身を開始した。フサフサのシルバーヘアは魚の鱗のようになり、両目は大きく飛び出して、まるで出目金のようになった。尻尾は尾鰭へと変化している。

「妙子さん、お元気で…」

 ゲンちゃん。君ってやつは!幻獣の鏡だ。

「ゲンちゃん!駄目ーっ!!」

 妙子の悲痛な叫びだけが、ダンジョンに木霊した。

「だ、駄目っ、ゲンちゃん、そんなもの食べたらお腹壊しちゃうよっ?」

 見ると、猫が金魚を咥えていた。

 慌てて飼い主が抱き上げようとしたが、スルリと逃げて二匹目の獲物を狙った。

「ゲンちゃん〜っ!ほ、ほら、焼きササミあげるよっ!?」

 ほう、最近の猫は僕よりいいもの食べてるな。

 一瞬、妄想してしまったが、そんなことが起こりうるわけないか。この妄想癖、人生のどこかで治さないといけないなぁ〜。

「う〜ん、ちょっと無理じゃないか?もったいないけど、しょうがないべ」

 と、切り替えの早いネズミ君。

「あたしが校庭に生えてる桜の木を切り倒して、棍棒作ってあげるわよ」

 鉄子は大胆過ぎるが、妄想癖のある勇者よりはマトモなことを考えている。

 あ〜、ショックだあ。くそぉ、冒険はまだまだ序盤なのに、もう武器をなくす勇者とか。

 あ〜あ、こんなときプールからゴボゴボゴボって泡が出て、泉の精が現れて。あなたの落としたものは金の剣ですか、それとも銀の剣ですか、なんて。いいえ私が落としたものはナマケモノの剣です。あなたは正直者ですね、金の剣と銀の剣をあげましょう、なんて。

 いかん、いかん。妄想が止まらなくなっている。本当にプールからゴボゴボと泡が出ているように見えてきた。このままだと、今にザザザザザザザアッと泉の精が現れる幻影が見えてしまう。

 ほら、ザザザザザアッて、着物を着た、髪の長い老婆が蛙に乗ってプールの中央に浮かんでいる。あの蛙もなんか髭が生えてて長老っぽい。

「な、なんだありゃ」

 やばいな。常識人のネズミ君まで幻影が見えるようになったらしい。

「新手のモンスターかしら?」

 とうとう鉄子まで。妄想癖は伝染するのだ。

「おい勇者!ボッーっとしてんじゃないぞっ」

 えっ、あ、あれ?幻影じゃ、ない?

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。お若いの、お困りのようじゃのう」

 老婆が喋った。も、もしかして本当に泉の精が現れてくれた?い、いや、ここはダンジョンの中だ。鉄子が言うように、新手のモンスターと考えて間違いない。

「こいつは人語を話すようだな。気をつけろよ、勇者。罠かもしれんぞ」

 ネズミ君が耳元で囁いた。

 よく見ると、老婆の頭には皿のようなものが乗っている。皺くちゃの顔にあるのはくちばしだ。となると河童の一種か何かか。背中に亀の甲羅がついているかどうかまでは見えないが。

「河童のモンスターかな?」

「ひとまず魚族ぎょぞくだな」

 魚族とは、異世界に住む人型水棲モンスターの総称である。現実世界でも、海の生き物はまだ解明されてない謎が多い。異世界においては尚更で、よくわからない水棲ヒューマノイドは全て魚族と言い表される。つまり魚族といえば、正体不明の謎のモンスターということだ。

 どうしよう。とりあえずはみんなを下がらせた方がいいな。鉄砲蛙のように遠距離攻撃をしてくる可能性がある。

「ふぉ、ふぉ、ふぉ。お若いの、お困りのようじゃのう。どれ、ここはひとつ、この婆に話してみなされ」

 僕が逡巡していると、魚族の老婆がまた口を開いた。

「騙されるなよ、勇者。甘いこと言って水ん中に引きずり込むつもりかも」

 かっこよく忠告してくれたが、声の感じからしてネズミ君は既にかなり後方に移動しているようだ。その逃げ足の速さを戦闘に応用できないものか。

「ちょっと、ばーさん!何か企んでるのか知らないけど、勝負するんだったら正々堂々、こっちに来て勝負しなさいよ!」

 いきり立った鉄子が馬鹿でかい声で挑発した。相手を刺激するのはどうかと思うが、これで敵がどう出てくるか反応を見ることができる。剣は落としてしまったけど、僕には火の玉魔法がある。水の中から動かずに遠距離攻撃をしてくるようだったら、鉄子に火の玉を打ってもらおう。逆に接近してきたら、これはもう鉄子に任せるしかない。

 だが、僕の予想はどちらも外れていた。

「わしゃあ、耳が遠くてのぅ。もちっと大きな声で喋ってくれんかの?」

 え?鉄子のバカ声だけど??

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