情報は時代遅れで、猛きものは滅びる
「それから、金魚がなくなっ、おわあ〜!あわ、ばああ〜!!」
後方より何を言っているかはわからないが、情けないことだけはわかる悲鳴が上がった。発生主はもちろんネズミ君だ。気になったが、その前にこいつを倒さなくては。
「クソッ!コノ、コノ、コノォ!」
倒れた姿勢のまま、ガンガンと、蛙の頭に向かってナマケモノの剣の柄を無茶苦茶に打ち付ける。何度か繰り返したところで、敵は動かなくなった。
「う〜りゃああ〜!」
鉄子の雄叫びが聞こえた。首だけ回してそちらを見ると、ボチャンと音がして、派手に水柱が上がっていた。倒したのか?
「ひいぃ〜!あっ、あっち行けぇ!」
一方でネズミ君たちの側に、新手の鉄砲蛙が一匹上がってきていた。
鉄子は!?
と見たが、鉄砲蛙が再び水から上がってきて、彼女に襲いかかった。駄目だ。まだ倒せてなかったんだ。
くそっ僕が行かなきゃ、と身を起こす。が、バシッと足首を掴まれた。
クッ、まだ生きてたか!
「でいっ!でいっ!でぇい!」
こうなれば剣術も何も関係ない。ナマケモノの剣をやたらめったら振り落とした。
鉄砲蛙は、ギェエッ、と断末魔の悲鳴を上げると、今度こそ動かなくなった。
ごめんよ。僕にもっと技があったら、苦しませずに済んだのに。
それよりネズミ君たちは!?
見れば何と驚くべきことに、あのネズミ君が武器を手にしていた!
「く、来るな!来るな!来るなォア〜〜!」
ヒーヒー言いながら、闇雲に洗礼の短刀を振り回す。が、まだ敵との間合いは大分遠かった。
くぅ〜、あれじゃ当たるわけないよぉ、もう〜。
「うわちっ!」
「きゃあ!」
すると敵は遠距離攻撃に出た。ピュッ、ピュッ、ピュッと、お得意の金魚鉄砲を吐き出す。
パシッ、パシッと、ネズミ君たちの体に金魚がぶつかった。妙子はモノグラムのトートバックを盾にして、顔とゲンちゃんを庇っている。
防戦一方だが、しかしなぁ、鉄砲攻撃ったって、弾が金魚だぜ?そんなに怯えなくてもいいのに。僕も何発か喰らったけど、少し強めの水鉄砲?ってな感じ。
「わーっ!こっちだ!こっちだ!」
大声で威嚇して鉄砲蛙の注意を僕の方に向ける。さっき一匹撃破したことで、やや余裕を感じていた。タフな敵ではあるけど、倒せなくはない。
それが心に隙間を生じさせたのかどうかはわからない。だが次の瞬間、僕は敵の意外な攻撃を受けることになった。
またピュッと金魚を吐き出したのだと、僕は思った。顔目掛けて飛んできた金魚を、余裕を持って剣の腹で受け止めようとした直後、右手にずしっという重みを感じた。
うん?これは!?
剣が受け止めたのは金魚ではなかった。
「うわっ」
まるでゴムのように伸びてきたのは、鉄砲蛙の舌だった。鍔のすぐ上の部分に、ベットリと張り付いている。
「気をつけろ!金魚を吐き出し終わると、舌が飛んでくるぞ!」
と、パーティの知恵袋からタイミングさえ間違えなければ大変に有用な情報が飛んだ。
「だから、金魚がなくなる前に倒さなきゃ駄目なんだよ!」
いや、だからタイミング。
「あわっ!」
ぐいっと剣が引っ張られる。舌には相当な粘着性があるみたいで、うっかりすると手を離してしまいそうだ。ナマケモノの剣は剣とはいえ、刃は付いていない。だから舌をくっつけたって切れない。僕は左手で剣の腹をガシッと掴んで、引っ張られる力に抵抗した。
「その舌、一度くっついたら二度と離れないぞ!」
だから、タイミング!まるで平家が滅亡した後に、だから頼朝に情けをかけちゃ駄目だってば、と、したり顔で言うようなものだ。
「もお〜、先に言ってよお〜!」
重要な情報は特に。
「異世界生物学予習しとけよ!」
すると一欠片も情のない屁理屈でバッサリ切られた。
そりゃあ予習していなかった僕が悪い。でも、義務教育は真面目に勉強していた僕だけど、高校に入ってからはなんかやる気が失せちゃってるんだよなぁ〜。
「教科書は4月に貰ってるだろ!ちゃんと読んどけよ!」
まったく正論だ。そして正論を振りかざす人間がいつもそうであるように、彼は非情だった。
確かに教科書は4月に貰っている。彼は正しい。正しいが、あれ、僕は最近どこかでこんなことを考えなかったか?
あ、ああ、野営のときか。勉強が苦手だったという闇野あかりさんに対してそんなこと思ったっけ。
くっ、因果応報か。奢れる勇者は久しからずか。僕はちょっと勉強ができたぐらいで、義務教育もできないものは人にあらずなんてことを考えていたのか?
諸行無常とはこのことか。盛者必衰の理を表しているのか?
今勉強していることはすぐにダンジョンで役立つことばかりなのに、どうして僕は勉強を怠ったんだ?平家物語を学んでも、自分の身に照らし合わせて考えていなかったとでもいうのか?
あるいは、すぐには役に立ちそうにないことの方が、かえってやる気になるのかもしれない。あるいは、一種の燃え尽き症候群かもしれない。中学時代に真面目にやり過ぎると、高校に入ってから気が抜けるのかもしれない。あるいは、毒親の下を離れたせいだろうか?あの頃は生きるのに必死で!学問ができればもしかしたら将来が開けるかもしれないと、僅かな希望を抱いていたのかも。
「ぐわっ!」
さらに強く剣が引っ張られる。
ク、クソォ、取られてたまるか!この剣は使いにくいけど、それでも買うと150ゴールドもするんだ。日本円に換算して15万円!僕の両親の生涯賃金を合わせたよりも高いんだぞぉ!!
くうう、なんでこうなったんだ?自分の勉強不足なのか?けど、ただ一つ言えることは。
「勇者ァ、手を離すなよぉ!」
隙だらけの敵を、ネズミ君が倒してくれればいいのだ!
断じて、断じて、勉強を怠った僕が悪いわけじゃないぞぉ〜!!
うぐっ、ぐっ、さっき蛙の上にベチャって倒れたから、手がヌルヌルして滑るぅ〜!
「だあああーーー!!」
我慢の限界に達して、僕は手を離してしまった。
するとその途端。
伸びたゴムが急に戻るように、ナマケモノの剣をくっつけたまま、バチィーンと舌は蛙の顔面に勢いよくぶつかった。
当然、重量のあるナマケモノの剣も一緒にぶち当たるわけで。
グラッと、天を仰いで倒れる鉄砲蛙。
あれ、た、倒した!?
「あっ!」
ヌルヌルとした自分の体液でツイーッと滑った蛙は、ボチャンとプールに落ちたのである。
ナマケモノの剣を舌に付けたまま。




