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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第三部

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108/206

金魚はピチピチ、蛙はヌルヌル

「かかってきんしゃーい!」

 いつものようにこちらが恥ずかしくなるような雄叫びを上げて、鉄子が雪崩れ込む。

 二、三度威嚇するようにブンブンと竹竿を振り回した彼女だったが、青竹のいい香りを撒き散らしただけに終わった。

「ただの通路みたいだな」

 ネズミ顔の少年と同時にランプの光が入ってきて、三方の壁を照らす。だが正面(南)は、漠然とした暗闇が横たわっていた。まだ通路が先に伸びているのだ。

「なーんだ、がっかり」

 肩を落とす女戦士。鉄子にとって戦闘とは水や空気のようなものなのだろう。それともプロテインか。

 再びネズミ君を先頭にして歩き出す。次の1ブロックは通路の続きであったが、その次からは様相が違っていた。

「おっと、足元注意だな」

 扉を開けて南に3ブロック目。床の一部がプールのようになっていて、水が湛えられていた。僕らから見て左前。プールは次のブロックにまで渡っているようだった。

「全体像をまず把握する必要があるね」

 と、僕が言うとネズミ君は頷き、プールサイドに沿って歩みを進めた。

 探検すると、そのフロアは4つのブロックが縦横に二つずつ並んだ正方形で、それで行き止まりであった。4つのブロックは、床が約5m程を残して真ん中がくり抜かれ、これまた正方形のプールになっていた。

 マッパーの妙子は、豆電球付きのボールペンで、これまで分かったことをマッピングノートに書き付けた。

「これを何と解釈する?勇者よ」

 僕らはプールサイドを一周して、最初の位置に戻ってきていた。プールの北西の角に当たる。このダンジョンに水が張ってある部分があることは、既に他の場所で経験済みだ。そこは人面魚なんかの養殖場になっていた。

「うーん、ここにも魚がいるんだろうか?」

「釣り竿はなかったよな」

 人面魚の養殖場の方には、筏と釣り竿があった。近くにはエサになりそうなイナゴの大群がいる部屋まであったけど。

「深いのかしら?」

 鉄子が竹竿でプールの淵をコンコンと叩いた。

「石でも投げ込んでみるか?」

 ネズミ君は周囲を探したが、ダンジョンの清掃は良く行き届いているようだった。

 今、注意を払いながら一周してきたが、このプールが何のために存在しているかを考える手掛かりは、どこにも見当たらなかった。

「何にもないなら行くか?」

 ネズミ君は妙子のマップを覗き込んだ。

「このエリアはこれで終了と考えていいんじゃないか?後は柱の部分だろ」

 マップに描けない部分は、ダンジョンを支えている柱に相当する部分である。このエリアは、今通ってきたところだけのようだ。

「案外、大物がいたりしてな。今度釣り竿持ってくるか」

 ネズミ君はランプを下に向けて水面を照らした。と、そのときである。

 ピチャン!

「おや?」

 何かが水を跳ねるような音がして、僕らは顔を上げた。

 ボッチャン!と、今度は大きな音。水飛沫が飛んで、キラーンと光るものが見えた。

「おほほっ、こりゃ本当に大物がいるんじゃないのか?」

 と、ネズミ君は腰をかがめて水面を覗き込んだ。

「ダンジョンの主かなんかいたりしてな。俺様に釣り上げられるのを待ってんじゃないか?へへ」

 主だとするとそれはダンジョンのボスのはずである。ボスは釣り竿で倒せるのだろうか。

「うひぃあっ!」

 急にネズミ君は仰け反って尻餅をついた。この盗賊は恥も外聞もない悲鳴を上げることにかけては右に出る者がない。どうやら水の中から、小さな何かが飛び出してきて彼の顔に当たったようだ。それは僕の足元でピチャピチャやっていた。

「おわ、ひゃわわわわ!」

 盗賊は四足歩行になって這ってきて、慌てて僕の後ろに隠れた。こんな悲鳴が得意なのだから、進化の過程を遡るのも納得である。

 一方で僕は人間的観察眼を働かせて、足元でピチャピチャ跳ねているものを良く見つめた。

 これは…、魚?小さい魚、金魚だ。

 金魚がネズミ君を狙ってプールから飛び出してきたのか?

 顔を上げると、プールから何かヌラヌラした生き物が上がってくるのが見えた。しかも右からも左からも。

「ようやくお出ましってわけね。勇者さん、あたしは左の奴の相手するから、右のをお願い!」

 言うが速いか、鉄子は敵に走り寄って、プールからの上がりしなを狙って竹竿を振り下ろした。だが敵も予測していたのか、素早い動きでその攻撃を躱す。

 なかなか強敵かもしれないな。

 僕はナマケモノの剣を構えて、自分の相手に向き直った。

 真っ直ぐ立てば人体と同じくらいだろう。二足歩行ができるようだが、猫背のせいで前足が床につきそうになっている。手の先は水掻き。

 その姿は、カエルにそっくりだった。

 カエルのモンスター。確か異世界生物学の教科書に載っていたな。ええと、なんて言ったっけか。

 僕が記憶をまさぐっていると、カエルが口を窄めて、プシュッと何かを吐き出した。反射的に剣を持っていない方の手で受け止める。掌に、水の塊が衝突したときのような衝撃を感じた。

鉄砲蛙てっぽうがえるだ!」

 パーティの知恵袋、ネズミ君が敵の名前を叫んだ。そうそう、確かそんな名前だった。

 プシュっ、プシュっと、連続して水を吹き出す鉄砲蛙。今度は剣の腹で受け止めたが、いくつかは僕の体に当たった。ピチピチと、足元で小さな金魚が跳ねる。

「気をつけろ!こいつは水と一緒に、口の中に溜め込んだ金魚を吐き出すんだ!」

 なるほど。だとしたら、そんな気持ちの悪い攻撃はとっとと終わらせてやる。

「でやああ!」

 僕は雄叫びを上げて敵に突進した。

 さっき鉄子の攻撃を躱したことを考えれば、身体能力は高いはず。壁方向に追い込めるように、内側から大きく剣を薙ぎ払う。その予定だった。

 ところが、である。間合いに入る直前で金魚を踏んづけて、つるっと足が滑ってしまった。そのおかげでロケットに火がついたように急加速し、僕は体ごと鉄砲蛙にぶつかってしまったのである。

 ドーンと倒れ込む二人。下敷きになった鉄砲蛙は、キュウという哀れな音を漏らした。

 うへえ〜、ヌッルヌルだあ。

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