鍵はお似合い、開扉は丁寧に
「とってもいいお部屋ですにゃん。一目で気に入りましたにゃん」
ザビエル暦五月第三週一日目の午後である。
この日から、筋肉猫はダンジョンの住人となった。旧賀茂野邸に入居したのである。首からぶら下げているのは部屋の鍵だ。彼のオレンジの毛並みに合うような、渋いモスグリーンの紐は、すっかり猫に同情的になった妙子が、週末の間に用意してくれたものだ。
「猫さん、よくお似合いですぅ」
「妙子さん、色々ありがとうございますですにゃん」
一応、先生や他の生徒に見つからないよう、再び猫を犬神佑氏に憑依させて連れてきたのである。
「これで本当に一件落着しましたね。ああ妙子さん。短い間でしたが、あなたと一緒のパーティに加入できましたこと、決して忘れません。僕にとって、まるで夢のような時間でした」
大袈裟=ウザいである。彼は妙子と同じクラスで、どうせ明日また会うのだから、あえて印象的にしなくてもいい。世の中にはなんでもドラマチックにしてしまう人というのがいるものだが、大抵は下心があるのだろう。この彼のように。
ありがたいことに、彼には次の予定が入っていた。ケルベロスをすっかり気に入った鉄子軍団の子たちが、自分のパーティにも是非と、順番に同行を依頼したのである。だから彼の身柄はしばらく拘束される。いやあ、人気者は辛い。もちろんケルベロスの方だ。
「ジムの場所はわかってるね?」
「はいですにゃん。賀茂野さんに全部教えていただきましたにゃん」
「そうなんだ。じゃあ、達者でね」
「勇者さんたちも、またドンジャラがやりたくなったらいつでも寄ってくださいにゃん」
ドンジャラは当面いいかな。一瞬、夢中になっちゃったけど。
「二度と人に取り憑くなよ」
とは、ネズミ君。今回の一番の被害者は彼だったかもしれない。
「元気でいるのよ」
と、鉄子。筋肉猫に憑依された彼女がネズミ君の耳たぶに吸い付いたということは、絶対に内緒である。
「猫さん…。お元気で」
「ミャアァン」
ゲンちゃんと鼻をツンツンくっつけ合って、猫同士の挨拶をする。筋肉猫はゲンちゃんにとって反面教師にはなっただろう。どんなに飼い主のことを愛していても、筋トレに手を出してはいけない。
「よっしゃ、帰ろうぜ」
ネズミ君の音頭で、旧賀茂野邸、いや、今となっては筋肉猫邸を後にする。そのまま冒険を進めてもよかったのだが、ウザいNPCとオサラバしたかったということもあって、この日はこれで終了となった。
翌日ザビエル暦五月第三週二日目。改めて仕切り直しということで、僕らは再びダンジョンの探索を開始した。本来予定されていた野営実習が延期になったため、僧侶科と魔法使い科の一年生は今日が野営の日である。でも僧侶も魔法使いもいない僕らは、そんなことは関係なしに地下迷宮に降りていく。
いつものように午後2時にダンジョン入り口に集合。先に来ていたネズミ君に遅いと文句を言われ、少し遅れて女性陣が到着する。この一連の流れが最早ルーチンになっている。
シュボッというライターの音が聞こえ、オイルランプに火が入った。ぼんやりとした灯りが石壁を照らし出し、4人と一匹の影を伸ばす。
背筋に一本棒を通されたような、久しぶりの感覚に襲われる。昨日も一応ダンジョンには潜ったけど、よく知ったところを通って筋肉猫を送り届けただけで、緊張はそんなに感じなかった。
今日は未踏のエリアに侵入する。すると当然戦闘も予想されるわけで。
「くう〜、この緊張感たまらないわ。連休の前からだから、もう三週間近く経つのね」
鉄子が指をポキポキ鳴らして、戦闘の予感に身を震わせる。一週間前に大立ち回りを演じて宿営地を破壊し尽くしたことは、記憶にないのだろうか?
いつものようにランプを持ったネズミ君が先頭、次が僕、マッパーの妙子と続き、しんがりを鉄子が務める。ゲンちゃんはチャッチャと爪を鳴らしながら、足元をついてくる。これが僕らの行軍態勢だ。
地下一階で後残っているところは、北西の大広間の南側、それと筋肉猫邸の南、地下一階北東エリアの大部分である。
筋肉猫の部屋を拠点にしてそこを探索するということも考えたが、僕らは大広間の南側の攻略を優先することにした。そっちの方が面積が狭かったからである。
ダンジョン入り口からまっすぐ北に5ブロック目、3つの扉のある分岐点である。北の扉を開け、道なりに進んでちんぶり商店ダンジョン支店の南東の入り口へ。地下一階にあるモンスター用のスーパーマーケットである。店内を通過し、北西の扉から出て北へ3ブロック、道なりに西へ1ブロック、北へ1ブロックと移動すれば、そこの西壁に扉が付いている。これが大広間の扉だ。通路はまだ北へ続いていて、そちらに進んで突き当たりを東に行けば筋肉猫邸へと繋がるが、扉を開けて大広間へ。ここは南北4ブロック×東西7ブロック、サッカーコート程の大きさの広大な空間だ。ネズミ君がゴールド小僧を追いかけていって逃げられた場所でもある。ランプの灯りはせいぜい1ブロックしか届かないので、広間の全貌を見渡すことは出来ないが、左手に壁を見てまっすぐ進めば、反対側の扉が見えてくる。
そこから出ると通路が北へ伸びているのだが、左壁(南)には扉が付いていた。
ここは全体で正方形をしているダンジョンの西辺で、道なりに北へ5ブロック目がダンジョン北西の角。東に折れて延々とまっすぐ進めば、大広間の北側を通って筋肉猫邸へとたどり着く。ちなみにダンジョンは1ブロック15m四方が東西南北に21ブロック連なって出来ている。つまり全体で315m四方である。
ここの大広間から出たところの南壁の扉を、今日は開けるのである。
「さて、お前ら用意はいいか?」
扉の前で立ち止まったネズミ君が一呼吸置いて、パーティを見回した。盗賊である彼の仕事は、扉に鍵がかかっていないことを確認するまでである。今まで扉も宝箱も、一度も鍵開けに成功したことはない。
妙子がマッピングノートをカバンにしまい、ゲンちゃんを抱き上げる。僕と鉄子は武器を構えて、扉の前でスタンバイした。
「マップの形状からして、玄室(モンスターの部屋の可能性が高い)ではないだろうけど、ワンダリングモンスターが扉の向こうに潜んでるってこともあるから気をつけろよ」
だからネズミ君は、コソコソと僕らの後ろに下がるのである。一度彼が戦うところも見てみたいものだ。
「行くよ、鉄子さん」
「勇者さん、いつでもいいわよ」
僕は呼吸を整えると、ドアノブを回して扉を手前に引いた。ネズミ君は足で蹴開けろと言ったけど、ダンジョンの扉は蝶番式で外に向かって開けるタイプが多い。いわゆるどこにでもありそうな普通の扉である。足で蹴って開ける扉なんて、物語の中にしか存在しないのだろう。




