とにかく冒険は金がかかる
僕が次に意識を取り戻したときには、既に昼過ぎになっていた。熱高君と犬神氏の姿は部屋の中にはもうなかった。
筋肉猫は爆睡を続けていた。
窓から見える空の青さは、初夏の爽やかな太陽の残り香を感じさせた。
僕は世界のどこかで、自分の知らない美しい蝶が伸び伸びと羽を広げて、天からの無償の贈り物を満喫している姿を想像した。その蝶はきっとすぐそばにいるのに、僕が近付いた途端、手の届かないところに逃げてしまうような、そんな気がした。
空腹を感じたが、外に出る気が起きなかった。昨日の怠惰な生活の残り物を漁ると、湿気ったスナック菓子と気の抜けた炭酸ジュースが見つかった。食品の本性を失ってジャンクフードと化したそれは、ジャンクとしての本性も失って、ただの脂質と糖質の塊と化していた。それをそこそこおいしく感じられた僕は、既に人としての本性を失っているのかもしれない。筋肉には悪いと思ったが、強制的に糖分を補給された脳はそれで活動することとなった。
5月も半分過ぎた。東京と違って、こちらでは太陽の光はビルに遮られることもなく、新緑の風が煤煙の塵を含むこともなく、自然が自然として本来の姿を保っている。
思わず外に駆け出したくなる陽気の中、僕は本性を失った猫と、本性を失った食品に囲まれて部屋の中にいる。
ドンジャラは昨夜の狂騒を保ったまま、片付けられずにおいてあった。僕の耳の奥に、牌を混ぜるジャラジャラという音がこびり付いている。あんなに遊んだのは生まれて初めてだ。それが夜遊びだったか。
人間は本来昼行性のはずである。夜は睡眠の時間のはずだ。でも、昨夜の僕は、あのジャラジャラという音を聞いて、興奮の連鎖から抜け出せなくなってしまった。快楽は簡単に本性を凌駕してしまうのだ。
こんなに自然に囲まれた中で生活していても、自然に反した方向に進んでいっている。人間とは本質的に反自然的な存在なのかもしれない。自然であればある程、反自然的になる。
反自然的ということは、取りも直さず社会的ということだ。でも社会的存在にもなれない僕は、異世界を目指してこんなところにいる。自然を失った猫と一緒にドンジャラでいっぱいの部屋にいる。
猫も一旦、自由を捨てて人間と暮らすことを選んだら、本来猫ではないものへと進化する。その結果、必然的に地下生活へと導かれる。
しばらくダンジョンに潜っていない。危険な場所のはずなのに、不思議と早く潜りたくてウズウズしている自分がいる。あの暗闇には、人でない存在が多数棲息している。猫も人間も、本性を失えば自然と地下に潜るのだろう。
まさに筋トレは地下生活への道しるべである。
生徒たちが週末の残り時間を惜しむ頃になってようやく、筋肉猫は目を覚ました。一度、ネズミ君が弁当を持って様子を見に来てくれた。彼も一緒に食べていくのかと思ったが、食糧を置くとすぐに帰っていった。僕は猫と二人で夕食を済ますと、風呂にも行かずに早めにベッドに入った。やれやれ。一度も外に出ずに過ごしてしまった。なんて優雅な一日だったんだろう!
翌朝早く、筋肉猫はやはり一人ドンジャラを楽しんでいた。僕は協同浴場に行き、軽く湯をあびた。帰りに購買部に寄って朝食のパンの耳を買ってくると、猫に部屋から出ないようにと言い含めて、午前中の授業に向かった。
授業では、先日の野営の評価が返ってきた。それによると、僕は10点満点中3点という低評価だった。最高点を取ったのは駿野伏男君で、8点だった。玉音銀次郎は1点で、先生に抗議に行ったが、マタドール先生は彼の顔を覚えていなかった。
評価には寒頼楓先生のコメントが付いていた。
少ない荷物で野営を乗り切ろうという姿勢は評価できます。でも、優れた冒険者というのは、便利なアイテムの使用を躊躇わないものです。もっと装備を整えましょう。それから、食事は冒険中の数少ない楽しみの一つです。一日の疲れを癒し、翌日の英気を養います。野外料理を覚えて、パーティ団欒の時間を充実させましょう。
コメントの下には、野営に必要な装備の一覧と販売価格が書かれてあった。
テントを始め、寝袋、炊事用品、各種便利グッズの一覧が並んでいたが、どれも僕に手の届く値段ではなかった。合計をざっと試算してみたところ、実家の物置小屋3つ分の値段を優に超えていた。
ふう。冒険者というのは、食うに食い詰めた貧乏人が、半ば人減らしのようにしてなるものだと思っていたけど、案外、金持ちの道楽なのかもしれない。異世界に行くのも楽じゃない、か。
第2部(完)
第3部へ続く




