例の現象は訪れて、出っ歯はかわいい
そして一夜が明け、今日はザビエル暦五月第二週六日目の休養日。筋肉猫と共に過ごす週末がやってきたのだが。
「おおおっ!ド、ドンジャラにゃん!久しぶりのドンジャラにゃん!ド、ド、ド、ド、ド…」
「落ち着けって、もう。マタタビじゃないっつーに」
ネズミ君がドンジャラを持って、僕の部屋に入ってきたときの筋肉猫の興奮ぶりったらなかった。鼻息をフンフン言わせて、ピョンピョン部屋の中を跳ねまわったのである。
「まったく、そんなに興奮するものかよ」
今日のお昼前、ネズミ君の妹さんはファンタジア学園にやってきた。早速、彼はお昼のお弁当と一緒に、ドンジャラを部屋まで持って来てくれたのだが。
筋肉猫は完全に発情期に入ってしまったのであった。
「こら、牌を舐めたら駄目だって!」
ふうん。これがドンジャラというものか。そこに描かれている絵は、猫型のロボットということだったが、猫には似ても似つかない。怪しいにおいがプンプンする。
「わ、吾輩、どうしても一度ドンジャラをやってみたかったんですにゃん!でも今までは普通の猫だったにゃんから、牌を持てなかったですにゃん!お、お願いですにゃん、い、一回、一回でいいんで、吾輩とドンジャラをやって欲しいですにゃん!」
「お前、ルールわかるの?」
「はい、ですにゃん!飼い主さんの膝の上で、バッチリ覚えましたにゃん」
「ったく、しょうがないなぁ。一回だけだぜ?ちょっと待ってろ」
と、ネズミ君は部屋を出て行こうとした。
「やらないの?」
「勇者、お前ドンジャラやったことないだろ。2人でもできることはできるけど、一応こいつは基本4人でやるもんだから。メンバー集めてくるわ。あ、その間に弁当食っておけよ」
しばらくすると、ネズミ君は後2人のメンバーを伴って戻ってきた。犬神氏と熱高君である。
「一回だけですよ。妙子さんの買い物に遅れてしまいますから」
「ドンジャラかぁ、懐かしいなぁ」
ケルベロスがいないところを見ると、鉄子軍団におもちゃにされているのだろう。熱高君はゲームマニアらしく、牌を手に取ってしげしげと眺めた。
「ふぁ!早速!やりますにゃん!?やりますにゃん!?」
鼻息、荒い荒い。フガフガ言いながら、筋肉猫は牌をジャラジャラかき混ぜ始めた。
「ああ、夢を見ているみたいだにゃん。吾輩は今、ドンジャラをかき混ぜてるにゃん。自分の手でドンジャラを混ぜてるにゃん。普通の猫にはできないにゃん。こんな体になってから何度死のうと思ったかわからにゃいけど、生きてて良かったにゃん」
筋肉猫はオイオイと泣き始めた。なにも泣くことはないと思うが。
「とっとと始めるぞ」
「待ってにゃん、待ってにゃん。吾輩が並べるにゃん。ああ〜、これがやってみたかったんだにゃん。くぅ〜、この牌が重なるカチッという音が最高にゃん」
僕も参考までに、説明書を片手にゲームを見学することにする。一生やることはないと思うが、これも一つの社会見学だ。
筋肉猫がサイコロを振って、ゲームがスタートしたのだが。
「ドンジャラ!」
すぐに終わってしまった。どうやら熱高君が一抜けしたらしい。え、何が起こったの?という猫の顔。
「にゃ?終わってしまったにゃん?」
呆気に取られた表情から、すぐに泣きそうな顔に変わる。
お前なあ〜、という顔でネズミ君は熱高君を睨んだ。流石に熱高君も自分の失敗に気付いたようだ。
「さあ、妙子さんの買い物に付き合いませんと!」
立ち上がろうとした犬神氏を、ネズミ君が強引に押さえつけて座らせた。
「もう一回、やってやるよ」
今にも泣きそうだった猫は、パアア、とひまわりの花が咲いたようになった。
ところが。
またもやすぐに終わってしまったのである。今度はネズミ君が。
「んーと、悪い悪い。でも最初にいいのが来すぎちゃってよ。ま、たまにはこういうこともある。もう一回やろうぜ」
3度目のゲームが始まる。始まったんだが、これまたすぐに一抜けした奴がいた。
「つい、負けず嫌いの悪い癖が出てしまいましたね」
今度は犬神氏である。決まり悪そうに頭を掻いた。
「悪いな、俺たちが三連勝しちまった」
猫はさぞかし落ち込んでいるかなと思ったら、そうではなかった。
「いえ、手加減は無用ですにゃん。吾輩は実際にやるのは初めてですにゃんが、飼い主さんの膝の上でドンジャラの全てをつぶさに見てきましたにゃん。手加減をされればわかりますにゃん。真剣勝負をしてほしいですにゃん。さあ、燃えてきましたにゃん!今までのはウォーミングアップですにゃん。これからが本番ですにゃん!」
ということで、4回目のドンジャラが始まった。それは前3回に比べればもつれた展開になった。なったのだが。
今回も勝ったのは熱高君だった。
「ふぅ、ま、いい展開だったな。これでお前も心置きなく…」
と、ネズミ君が言いかけたのを、バンッと台に両手をついて、筋肉猫は制した。
「もう一回!!」
血走った目を大きく見開き、フーフーと鼻息を荒く吹き出して、ネズミ君の前髪を揺らした。
「もう一回!もう一回お願いしますにゃん!どうしても、どうしても、もう一回だけ、もう一回だけお願いしますにゃん!!」
「あ…、ああ」
猫の勢いに気圧されて、ネズミ君も思わず承知してしまう。犬神氏も熱高君もタジタジだ。
で、もう一回、追加の勝負が始まったのだが。
「もう一回!もう一回ですにゃん。お願いしますにゃん!」
「ったく、しょうがないなぁ」
数分後、やはり猫は負け、泣きながら再びもう一回を懇願したのであった。
そして再び数分後。
「もう一回!もう一回!」
「やらせるんじゃなかった…」
「ハァ、妙子さん…」
言わなくても分かると思うが、やはりこのゲームでも猫は負け、また「もう一回」の声を聞くところとなった。
「思い出すなぁ。ドンジャラを始めたばかりの頃って、こうなんですよね。この、もう一回現象が訪れるんですよねぇ」
諦めたように言ったのは熱高君である。
「麻雀の話じゃなかったか?それ」
と、ネズミ君。
結局、次も猫は負け。
「もう一回!もう一回ですにゃん!」
「な、なあ勇者。悪いけど、なんか買ってきてくれる?ジュースとかスナックとか」
ネズミ君はポケットから財布を出すと僕に渡した。
「僕はラムネとマシュマロをお願いします」
「ぼ、僕は昆布飴を」
他の二人もそれぞれ注文する。やれやれ。長くなりそうだな。
購買部に行ったついでに食堂による。いつものテーブルには、妙子ともう一人の少女がお茶を飲んでいた。
「あれ?買い物に行かなかったの?」
「はい。ネズミさんの妹さんに学園の中を案内してたんです」
そうかそうか。犬神氏には内緒にしておこう。
「私たち気が合っちゃって。買い物は明日一緒に行くことにしたんですよ」
どうやら附属中学の方もザビエル暦を使っているらしいと見える。
いつもアクセサリーのように妙子の胸に抱かれている幻獣は、定位置にはいなかった。その代わり、隣の細身の少女の腕の中で大人しくしていた。
少女は妙子にゲンちゃんを渡すと、僕を向いて立ち上がった。
身長は妙子より少し高いくらい。まだ伸びそうである。そばかすの浮いた顔、チョロっとした出っ歯。誰かさんと同じで、ネズミに似た印象だ。だが、誰かさんが陰険な顔付きであるのに対して、この少女は同じネズミ顔でもかわいらしい。他のパーツの問題だろうか?出っ歯がチャームポイントになっている。これならネズミ的マスコットキャラクターにだってなれる。
「はじめまして。勇者さんですよね。兄の栄一郎がいつもお世話になってます」
ハキハキとした口調で僕に挨拶をしたその子は、兄の栄一郎と言った。いつもネズミ君と呼んでいるが、彼の本名は盗見栄一郎という。
「すると君は」
「栄一郎の妹の、盗見かすみです」
どーも、ぬすみです。かすみです。二人合わせて、ぬすみかすみです!ってなことを申しまして、兄妹で漫才をやっている姿が僕の脳裏に浮かんだわけでございまして。
そうか、かすみちゃんか。かわいい名前だけど、苗字とのバランスというものがある。




