哲学は狭くて、中年は悪戯っ子
問題はどうやって先生たちに見つからずに、筋肉猫を僕の部屋まで連れていくかだったが。
「僕に憑依しなさい。僕だったら憑依されていても意識を保てるから」
犬神氏が意外な申し出をしてくれた。
「いいの?そんなことまでしてもらっちゃって」
ナンパ野郎だと、良く思わなかったけど、まあまあいい奴なのかもしれない。僕はちょっと、意地悪な見方をしてしまったのを反省した。いけない、いけない。そもそもこの人がいなかったら鉄子の憑依も解けてなかったんだし。変なこと考えてないで、素直に感謝すべきところだよな。
「い、色々とご親切に、あ、ありがとうございますぅ」
妙子が代わりにお礼を言ってくれた。
「さっきも言ったでしょう。僕は人助けをせざるを得ないのです。特に妙子さんのような可憐な女性が困っているときには」
またアピールしてやがる。チャラいくせにしつこい。
「クンクン。この人鼻が悪いアルな。妙子さんはそんな困てないアル。無学君の方が筋金入りに困てるアルヨ」
「僕は女性と妙子さんには優しいのです!」
やっぱりこいつにはどんなに世話になっても感謝しないことにしよう。心が狭いと言われても、これは僕の哲学なんだ。
そうこうしていると、ゾロゾロと王さんのパーティの人たちがやってきた。
その人たちはというと、長身金髪のスイス人、レンジャー科三年のウィリアム照夫さん、ソフトモヒカンでつぶらなお目目、武闘家科三年の館あがるさん、米農家の箱入り息子風ぽっちゃりさん、羊飼い科一年の熱高清太君。彼は5月だというのに、今日もブレザーの下にセーターを着込んでいる。太ってるのに、ねぇ、っていうのは余計なお世話か。
そういや、都合良く王さんがいてくれたよなと思ったけど、熱高君は羊飼い科で、ネズミ君たちと野営が同じ日程なんだった。だから今日は課外活動はしていないわけだ。
そしてその中にあって一際目立つ長身の男。パッと見は軽井沢にテニスをやりにきた大学生風のイケメン。だがその正体は、極度の女好き&女性恐怖症で、女の子と話したいんだけど話せなくて、それで悶々としてダンジョンに引きこもってしまった男。彼こそ伝説の引きこもり、賀茂野長明さんである。おそらくこの世にある言葉で彼を言い表すのに最も適切な言葉は、変態である。
その賀茂野さん、王さんの耳に顔を近づけてなにやらコソコソと喋った。内緒の話をしているわけではない。この人、もの凄く声が小さいから、こうしないと聞こえないのである。
「わざわざお世話様ですにゃん。参考にさせていただきますにゃん」
ところが筋肉猫には、何かしら聞こえたようだ。流石は化け猫の聴力といったところか。
「賀茂野さんが猫ちゃんに部屋の説明とダンジョン生活の注意点授けるそうアルヨ」
と、王さんが教えてくれた。
賀茂野さんは筋肉猫の隣に座って、何やら口を動かしていた。内容は僕には全く聞き取れなかったが、筋肉猫は「ほう、そうなんですにゃん」とか「にゃるほど、にゃるほど。よくわかりましたにゃん」などと相づちをうっていた。
「これは無学君に渡しとくアル」
王さん経由で回ってきたのは、部屋の鍵。賀茂野さんと僕とは手の届く距離しか離れていないから直接渡してくれればいいのだが、彼は鍵を王さんに渡した。疑問は色々とあるが、きっと王さんを玄関にしないと彼にはアクセスできないのだろう。
「じゃあ、これでいいかな。あとは来週の頭に筋肉猫を連れていくということで。ええと、犬神さん、悪いけどそのときもお願いできます?」
「もちろんですとも。全ての問題が完了するまで生死を共にいたしますぞ」
NPCの彼は快く承知してくれた。
さあ、これでようやく一件落着かな?と思ったら、なんだか筋肉猫の様子がおかしい。何か言いたいことがあるけど、言い出せないような、そんな感じで僕の顔色を伺っているようだった。
「どしたの?」
「あ、あの〜、にゃん。部屋のこと良くわかりましたにゃん。にゃんですけど、その、にゃんと言いますか」
じれったいな。何か不足があるのだろう。
「いいよ、言ってごらんよ。足らないものがあったら、用意していけばいい」
「にゃ、ありがとうございますにゃん。実は一つだけ、どうしても欲しいものがありますにゃん」
なんだろう。マタタビとか欲しいのかな?それとも猫用トイレ?
「わ、わわわ、吾輩は、ド、ドド、ドンジャラが、ほ、欲しいんだな」
……。
「あのなあ、おむすび欲しいみたいに言うなよ」
と、ネズミ君。
「えーと、一応聞くけど、どなたかドンジャラをお持ちの方いらっしゃいます?」
誰の手も上がらなかった。仕方ない。諦めさせるか。
「わ、私、明日おもちゃ屋さん行って買ってきますよっ。ちょうどゲンちゃんのもの買わなきゃいけないですし」
妙子が骨を折ってくれるようだ。彼女はすっかり猫に懐いてしまったようだ。
「僕もお供いたしますよ。ちょうどケルベロスのもの買わなきゃいけないですし」
その前に一匹ずつ名前を付けてやれ。ウザいナンパ野郎のお世話になっちゃったな。
「シャーッ!!」
「おっと、ゲンちゃん、僕は怖くないですよぉ。よーしよし、お利口さん、お利口さん」
「フーッ!!」
ゲンちゃんは徹底的に犬神氏を嫌っている。
「わーったよ。ガキの頃に遊んでたもんがウチにあるから、妹に持って来させるわ」
親切心というより、とっとと事を終わらせたいといった感じのネズミ君が、話にケリを付けてくれた。
「悪いね」
「いいってことよ。どうせあいつも来年入ってくるんだ、下見させるのも兄心だぜ」
ネズミ君の妹さんは附属中学の三年生である。そうか。来年入ってくるんだ。
「恩に着ますにゃん」
さて、これで筋肉猫をダンジョンに送る段取りがついたな。
「それじゃ、行きますか」
「皆さん、お世話になりましたにゃん」
筋肉猫はペコペコと、みんなに頭を下げてまわった。最後に犬神氏の前で深々とお辞儀をすると、すうっと煙のようになって犬神氏の口から入っていった。
「うう、くさいにゃん。犬と書生のにおいにゃん」
「辛抱しなさい」
一人二役で喋っているみたいに見える。何はともあれ、これで怪しまれずに僕の部屋まで行くことができる。今やっていることは、先生たちには一応内緒なのだ。
出るときに厨房の奥をチラッと見たら、ノブさんが悪戯っぽくウインクしてくれた。流石は一説によると学園最強の男(ノブさんは武闘家科のOBだ)、話がわかる。ナイスミドルの鏡である。
無事、僕の部屋に着いて憑依を解く。解き方はさっきと一緒だ。ケルベロスとじゃれる。お手軽なんだか面倒くさいんだか、よくわからない方式である。部屋の中が犬のエサくさくなった。
筋肉猫には、ここで翌週一日目の昼まで過ごしてもらって、新居に連れていく。
ケルベロス(たち)は、盛んに犬神氏の顔についたおやつを舐めていた。




