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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第二部

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猫には危険で、部屋は安全

 筋肉猫はゆっくりと立ち上がると、深々と頭を下げた。一つため息をついて、ゲンちゃんの頭を不器用に撫でた。

「末永くお幸せににゃん。決してボディビルには手を出してはいけないにゃん」

 もう一度僕に軽く会釈をすると、さっきまで自分を縛っていた縄を手に取った。

 駄目だ、駄目だ。そんなものを持って樹海に入っちゃいけない!

 そのとき、突然僕にあるアイデアが生まれた。そんなことしてどうするよ、とも思ったが、生まれてしまったのだ。だから僕はそれを口に出すことになった。

「ま、待って!」

 ガタッと立ち上がる。みんな一斉に僕の方を注目した。最早後には引けない。

「あのさ、もしあれだったら、行くところがないんだったら、ダンジョンに住むのはどう?」

 言ってしまった。

「お、おい勇者。なんてこと考えてんだよ」

「あそこだったら、化け猫がいたって違和感ないかと思って。丁度モンスター長屋が一部屋空いてたよね」

「そ、そうですよ!それがいいです。そうしましょうよ!」

 妙子は賛成してくれたが。

「いや待てって。生徒たちが出入りするんだぜ。モンスターと思われて攻撃されるだろ。ダンジョンの魔法も化け猫に効くとは限らんぞ」

 あ、そ、そうか。

 いいアイデアだと思ったのに。くぅ〜、そんな落とし穴があったか。

「駄目かぁ…」

 僕は座り込んで頭を抱えてしまった。う〜ん、困ったな…。

 すると、妙な音が聞こえてきた。

「ウッフッフッフッフ〜〜」

 ん?なんだ?どこかで聞いたことのあるような。

「ウッフッフッフ〜〜。おいしそうなにおいがするアル」

 顔を上げると、それは化け狸だった。いや、かわいらしいタヌキ顔の美少女だった。

「クンクン。困てるにおいがプンプンするアル。ワタシ、困てるにおいは1km先からでも嗅ぎつけるできるアル。無学君はいつも何かしら困てるアル」

 勇者科のクラスメイト、中国人留学生の王援歌おうえんかさんだった。困っている人を見ると、とても萌えるらしい。この人も化け猫の仲間なのではなかろうか。

「また困てるアルな。今度は何で困てるアルか言うヨロシ」

「実はね…」

 かくかくしかじか、と今までのことを説明する。

「さきの騒動はこの猫ちゃんが原因だたアルか」

 王さんはしみじみと筋肉猫を眺めた。

「うまそうアル」

 食べるのか。

 筋肉猫はサッと机の下に隠れた。

「冗談アルヨ。流石に二本足の猫は食べないアル。猫ちゃん、出てくるアルヨ」

「恐ろしいお姉ちゃんだにゃん」

 出てきた筋肉猫の顔は、鯖の背中のように青ざめていた。

「ダンジョンに住まわせてやろうと思ったんだけどね。あそこがモンスターにとって危険な所だというのを忘れていた」

 僕がそう言うと、王さんはちょっと考えるふりをした。

「ちょと待ててほしいアル」

 ひょいひょいと人混みを掻き分け、どこかに行ってしまった。

「またあいつか。何者だよ」

 と、ネズミ君。三年間同じクラスの予定だが、三年で解明できる自信はない。

 すぐに王さんは戻ってきた。

「朗報アルヨ。賀茂野さんに相談したら、そういうことなら自分の部屋を使てくれればいい言てくれたアル」

「えっ、ホント?」

 賀茂野さんはダンジョンの一室にて、長年引きこもり生活を送っていたのだ。

「あそこだたら生徒に襲われる心配ないアル。鍵はまだ賀茂野さんが持てるアル。長年かけていろんな結界けかい張り巡らせたそうアルから、解錠の魔法でも開かないアル」

 お、お!やた!あ、いや、やった!流石は伝説の引きこもり、やることが違う。

「よ、良かったですねぇ、猫さん」

「ミャア〜」

 妙子はまた鼈甲眼鏡をずらして涙を拭った。

「と、ということは?どういうことにゃん?」

「悪運の強い奴だぜ」

 と、ネズミ君。

「あそこだったら、ジムもあるしね」

 鉄子にも、筋肉を通じた奇妙な連帯感が生まれているようだった。

「君はダンジョンに住むことになったんだよ。もう樹海で首を括らなくてもいい」

「ホ、ホントですにゃん!??」

「本当だ。前に賀茂野さんという人が住んでいた部屋に入ってもらう。15m四方の広い部屋で、壁は分厚い石壁で防音にも優れている。今鉄子さんが言ったように近くにジムもある。小さいけれどシャワー室も日焼けマシーンもある。それからスーパーにも近い」

 筋肉猫はしばらく茫然としていたが、やがてその目から涙が溢れ出した。

「うっ、ぐすっ、この体になって以来、初めて人に優しくしてもらったにゃん。あれ、おかしいにゃん。嬉しいのに涙が止まらないにゃん。きっとプロテインが目に入ったにゃん」

「うっ、うくっ、わ、わらひ、もう、らめれすっ」

「ォアァ〜アンゥア〜」

 妙子も涙腺が崩壊してしまったようだ。ゲンちゃんも聞いたことのない鳴き方をした。トイレに行きたいのではあるまいな。

「やれやれ、奇妙な人たちです。物の怪に情けをかけるとは」

 犬神氏は天を仰いだ。彼のナンパも崩壊だ。君と妙子とは水と油、紫式部と清少納言、犬と猫だ。

「でも妙子さんが支持するというのなら、考えを改めましょう。筋肉猫さんとやら、僕も陰ながら応援しますぞ」

 変わり身早いな、こいつ。こんなところで持ち前のチャラさを発揮せんでもよろしい。他方でケルベロス(たち)は、鉄子軍団の子たちに捏ねくり回されていた。

「あ、ありがとですにゃん。恩に着るにゃん。これからはそのダンジョンとやらで生きていくにゃん」

「部屋の中は賀茂野さん、そのままにしてるらしいアルから、すぐにでも生活できるアルヨ」

「かたじけないにゃん」

「鍵はバッチシみたいだけど、出歩くのは夜の方がいいかもね。生徒たちに見つかると多分襲われるから」

「大丈夫ですにゃん。これでも吾輩は、食欲渦巻くあの中華街を生き延びてきたにゃん。血走った目でナタを持って路地をウロつく料理人からも、逃げおおせてきたにゃん」

 やはり食べるのか。

「そうと決またら、どうするアルか?早速さそく内見行くアルか?」

「そうだね…」

 僕はパーティのみんなを見回した。まだダンジョンに行って帰ってくる時間は十分あったが、みんなの顔には疲労が滲んでいた。

「今日は休んで、また来週行こう」

 台詞の前半に対して異論のある者はいなかったが、後半には少々問題があった。

「それはいいけどよ、どうすんだそいつ」

 どうすんだ、と聞いときながら、ネズミ君は明確な答えを持っていた。それは僕がなんとなく思っていたことと同じだったのだが。

「勇者の部屋に閉じ込めておくしかないな」

 やっぱりそうなる。ま、いいか。学園内を出歩かれるよりはマシだ。

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