~椿の間にて~
何とか屋敷の仕掛けを潜り抜けた二人は軽く息を弾ませていた。
「椿の間」の前に立つと和馬はセレスティアを振り返り小さく頷いた。
それを受けてセレスティアも頷きを返すと、和馬は微笑んで「椿の間」の引き戸を開けた。
畳の敷かれた室内にフワリと漂うのは胸がスッとするような爽やかな香りだった。
燻らせているのは、お香だろうか。
どことなく懐かしいような香りにセレスティアは目を瞬かせた。
室内の奥には床の間があり、刀が二本飾られていた。
その前に静かに座する人影は、引き戸を開けた二人の気配に瞑目していた目を開いた。
鋭さの中にほんの少しの親しみを込めた眼差しにセレスティアは息を呑むと和馬が静かに頭を下げた。
その姿にセレスティアもつられて頭を下げるが座ったままの男性は困ったように笑った。
「お客人に頭を下げられては、困ってしまう。どうぞ楽に」
「は、はい…失礼致しましたわ」
「父上」
咄嗟に謝ったセレスティアを見て和馬が咎めるように男性を睨んだ。
「おや、怖い怖い。それはさて置き…お帰り、和馬」
「…ただいま戻りました」
幾分素直ではない様子であったが和馬は帰郷の挨拶をした。
そんな和馬の内心を見透かしているのか父親である竜馬は楽しそうに瞳を細めたのだった。
「疾風いるんだろう。私とお客人にお茶を」
『はぁい』
天井に向かって竜馬が声を掛けると、どこからともなく疾風の声が返って来た。
その声にセレスティアはどこから聞こえたのかとキョロキョロ周囲を見回し、そんな様子を面白そうに竜馬は静かに見ていた。
「初めまして、和馬の父の百鬼竜馬です」
「初めまして、ネイサン国より参りました。セレスティア・フォーサイスと申します」
「こんな可愛らしい子の護衛なんて、和馬が羨ましいよ」
竜馬はそう言ってニコリと笑った。
その笑顔が和馬に似ていてセレスティアは思わずと言った様子で和馬と竜馬を交互に見た。
「ティア様、父の笑顔に騙されてはいけません。父の笑顔には裏がありますから」
「おや、父に向かって何て口の利き方だろうね。和馬こそ真面目だけでは駄目だよ」
打てば響くやり取りにセレスティアは目を丸くしていた。
仲の良い家族なのだろうと思ったが、それにしては和馬はネイサン国からヤマト国に里帰りをしていなかったのは何故だろうと首を傾げた。
「ティア様?」
「いえ、お父様と仲がよろしいみたいでしたので…少し驚きましたの」
「あぁ、和馬が里帰りをしないからかい?」
セレスティアの発した言葉は少ないが、勘の鋭い竜馬には伝わったらしい。
「和馬はグレース姫殿下に多大な恩があるそうでね。護衛として役に立ちたいということで百鬼から出たんだ。幸い和馬は末っ子だし、跡継ぎ問題も無かったしね」
「まあ、カズマ様にご兄弟がいらっしゃるのですか?」
「おや、聞かなかったかい? 和馬の他に男の子が二人と女の子が一人いるんだよ」
竜馬はニコニコと笑いながら言うとセレスティアは目を輝かせて話しに興じていた。
「統領ぉ、茶菓子が見当たらなかったんだけどぉ」
「おや、そうかい?」
セレスティアと竜馬が話していると、普段と変わらずノンビリと間延びした様子で疾風が「椿の間」に入ってきた。
手にはお盆を持ち、人数分のお茶が乗せられている。その人数に自分の分も、ちゃっかり混ぜている疾風はそれぞれの前にお茶を置いて、自分も畳に座ってお茶を啜った。
セレスティアはお茶を見て、更に目を輝かせた。
今まで日常的に飲んでいたのは紅茶だったが、今、目の前に出されたのが緑茶だったからだろう。
「…美味しいですわ」
「それは何よりです」
竜馬はニコリと嬉しそうに笑い、セレスティアも口にした緑茶にご満悦の様子で笑い返した。
そんな二人を見て複雑そうにしているのは和馬だった。
「大将ぉ、眉間に皺寄ってるよぉ」
「止めろ、触るな」
疾風は和馬の眉間に手を伸ばしてグリグリと皺を伸ばそうとし、それから逃げるように顔を背けて文句を言う二人は仲の良い兄弟にも見えた。
「さて、来てもらった本題に入ろうか」
竜馬の言葉に「椿の間」にピリッとした緊張が走った。
セレスティアは久しぶりの正座をして背筋を伸ばすと和馬と疾風も姿勢を正した。
向かい合うように座っていた竜馬が流れるように頭を下げた事にセレスティアはすぐに反応が出来なかった。
土下座…とまではいかないが、深く頭を下げた竜馬にセレスティアは慌てた。
「ナキリ様!?」
「ネイサン国で、我が一門の者が犯した罪。深くお詫び申し上げます」
「父上…」
「そんなっ、私は気にしておりませんので…頭を上げてくださいませ」
セレスティアの言葉に竜馬は首を横に振り、更に深く頭を下げた。
「いいえ。本来であればネイサン国の貴族である貴女に危害を与えた時点で、ネイサン国とヤマト国との外交問題に発展してもおかしくはありませんでした。しかし、グレース姫殿下の温情で不問という事になりました」
竜馬は「和馬のおかげでね」と付け加える。
その視線を受けて和馬は複雑そうに眉を寄せる。
「ですが…私に危害を与えようとした者はネイサン国の人間でした。それから助け出してくれたのは他でもないヤマト国のハヤテ様とカズマ様でした。感謝こそすれ、謝罪されるなど…」
セレスティアの言葉に竜馬は頭を上げるとフワリと柔らかく笑った。
怜悧な印象から暖かな陽だまりの様な変化にセレスティアは目を見張った。
「貴女は優しい方ですね」
「いえ、そんな事は…無いと思いますけど」
「お嬢さんはぁ、優しいよぉ?」
急に話に入ってきた疾風はニコニコと笑って言った。
「俺みたいなぁ、得体の知れない奴にもぉ…普通に接してくれたしぃ」
「ハヤテ様…」
疾風は少し寂しそうな笑みを浮かべたがセレスティアを見て嬉しそうな笑みを浮かべる。
「だからぁ、俺はお嬢さんが好きぃ」
「疾風!?」
疾風の言葉に和馬が驚きの声を上げた。
屋敷探索編は、その内、短編とかでアップします。
たぶん。
予定は未定。




