↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王女は、業に抗った  作者: 一石千月
第十章 後始末は茹だる暑さとともに
PR
97/107

第十章 第五節【励ましと陰】

「みんなとお喋りしてたら、やっと元気が出てきたわ!」

 ターナの胸をずっと占めていた重苦しい霧は、すっかり晴れ渡っていた。心がこれほど軽くなるのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。

 イーストンがバクスターから引導を渡された、その翌日の昼下がり。メスカ王国宮廷本殿の一室では、こじんまりとしたランチ会が開かれていた。

 テーブルを囲むのは、ローラ、ミーシャ、ナミ、そしてターナの四人。落ち込むターナを励まそうと、ローラが女子だけの集まりを企画したのだ。ミーシャは夜明け前から仕込んだオードブルを持ち込み、宮廷からはサラダとパンが用意された。華やかに彩られた食卓からはオイルとビネガーの香りが漂い、四人の食欲をそそった。

 この日のターナは、パステルピンクのチュールワンピースに身を包んでいた。そのガーリーな装いに合わせたオレンジ系の甘いフレグランスも珍しい。三人の来訪者は「可愛い」を連呼し、ミーシャに至っては、感激と興奮のあまり涙をこぼす始末だった。

 

 ローラの飛行艇で宮廷を訪れた三人は、先にカルザスを見舞った。順調に回復している彼の姿を見て、三人は盛大に茶化した。

「すごいね。冴えない貿易商が、一躍、王国を救ったヒーローだもんね。刺された甲斐もあるってもんだよ」とローラ。ワークウェアの上着を脱いで、インディゴのカットソーが軽快だ。

「やだあ。身を挺して守るなんて、きゅんきゅんするよ! ターナと二人でいたら、部屋中にハートが飛び交ってるんじゃない?」とナミ。言葉でははしゃいでいるが、シルバーグレイのブラウスにノワールのスカンツで端正にまとめている。

「これからランチだけど、あんたはまだ食べちゃだめなんだろ? 残念だねえ。そもそも女子会だしねえ。傷口が開かないよう、大人しくしてるこったね」とミーシャ。エメラルドグリーンのブラウスにベージュのワイドパンツで夏らしさを演出する。

 この面子を相手にしたら、カルザスがやり込められるのは火を見るより明らかだった。散々からかわれた彼は、部屋を出ていこうとする三人に向かって、悔し紛れに叫んだ。

「あんたら、雁首揃えて何しに来たんだよ!」

「ターナ様の激励に決まってんだろ」とミーシャ。

「カルザスは『ついで』だよ」とナミ。

「また元気になったら、遊んであげるわ」とローラ。


 食事会は大いに盛り上がり、あっという間に二時間が経過した。料理はすっかり平らげられ、四人は満足げな表情だ。

 オレンジジュースをぐっと飲み干したナミが、上機嫌に立ち上がる。

「私は、そろそろ行くわね。今日は楽しかったよ」

「あれ? 私の船で送ってあげるのに」とローラが訝しむ。

「ギルが迎えに来てるの。正門の詰所で待ってもらってるんだ。この後、買い物して帰ろうって」

「熱いねえ。デートとは羨ましい限りじゃないか」とミーシャが囃す。

 照れるナミは、ぺこりと頭を下げて礼を言う。

「ローラ、行きの船は快適だったよ。ミーシャ、エスカベッシュは最高だったわ」

 そして、ターナに向き直ってもう一度励ます。

「カルザスは心配しなくても大丈夫だよ。だから、早く自分の身体を治してね」

「うん。今日はありがとう!」

 ターナはナミを見送るため、連れ立って正門へ向かった。


 残されたミーシャは、食器を片付け始める。ジュースに口をつけるローラは、その様子をぼんやり眺めていた。

「あんたとバートの大喧嘩の話。懐かしかったねえ」

「カルザスの怪我のいきさつを聞いて、ふっと思い出したのさ」

「キレたミーシャが刃物を振り回して、バートの左腕を傷つけた……と」とローラは低い声で続けた。「でも、白々しい嘘も混じってた。実際は、痴話喧嘩なんて生易しいもんじゃない。私の記憶では、もっとえげつない惨劇だったはずよ」

 ミーシャの手が止まる。かすかに、部屋の空気が重くなった。

「嘘なんかじゃないさ。余計な背景を省いただけだよ」

「互いに愛し合っていた男女が、組織の一方的な都合で、正真正銘の殺し合いを強いられた。真相を聞いたら、顔が強張っちゃうものね」

「そんなアタシたちを、あんたは命懸けで逃がしてくれた。バートともども、一生頭が上がらないのさ」

「恩を売ったつもりはないって、昔から言ってるのに」とローラは目を細め、柔らかく微笑んだ。

「今でも、バートの左の握力は右の三分の一以下なんだ。アタシのせいさ。でも、バートは今に至るまで、一度もそれを咎めたことがない」と口角を上げる。「アタシが惚れ込んだのもあるけど、足抜けしたときに、一生添い遂げる覚悟が固まったんだ」

「羨ましいね……」

「あ、ごめん。無神経だったね……」とミーシャは目を逸らした。「あんたはリチャードを亡くしたものね。あんなにお似合いだったのに」

 沈黙が二人の間に流れた。ローラは立ち上がり、テーブル沿いをゆっくりと歩く。ミーシャは気まずそうに視線を落とした。

「連中はまだ、あんたたちを追ってるの?」とローラは静かに話題を変えた。

「ネルフィで今の店を開いてからは、すっかり見かけなくなった。五年くらいになるかね。でも、いつまで経っても安心できやしない。今でも悪い夢を見るんだ。これは、死ぬまで続くんだろうね」

「そんなもんだよ。私だって、背後を気にする癖が抜けない」

「ローラを襲う馬鹿はいないだろうよ。返り討ちにされるのが関の山さ。アタシらみたいな下っ端とは訳が違う」

「今はまだ、生き延びる執念が残ってるからね」とローラの眼差しが、ふいに鋭くなる。「でも、そいつに決着がつけば、残りの人生に価値なんかないわ。こんなしょぼい命、欲しけりゃいくらでもくれてやるさ」


 そのとき、バタンと扉が開く。ターナが戻ってきた。

「ごめんね。遅くなっちゃった!」

 ローラとミーシャは、一瞬でにこやかな顔つきに戻る。

「今日は無理を言って申し訳ありませんでした。でも、ターナ様が元気そうで本当によかった!」とローラが声の調子を明るく上げる。

「みんなが元気をくれたおかげよ」

「女子会はやっぱり楽しいですね。むさ苦しい男ども抜きで喋り尽くすのも、たまにはいいと思いましたよ!」とミーシャも豪快に笑った。

「お料理も美味しかった。また、お店にも行くわね、ミーシャ!」

 二人は不穏な話題を胸の奥へしまい込んだ。そして、ターナの屈託のない笑顔が戻ってきたことを、心から喜んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。