第十章 第四節【冷徹な餞別】
「はっはっは。そうか。たった二発しかぶっ放せなかったか。小銃の性能がよくても、使い手がスカタンじゃ、何の役にも立たんというわけだ。傑作だぜ!」
無線機の受送話器から、バクスターの上機嫌な声が響いた。
カルザスが目を覚ました二日後の夜。イーストンは、黒十字によるメスカ宮廷訪問の顛末をバクスターに報告していた。ラムールにある彼のオフィスは、宵が深まっても蒸し暑い。窓と扉を全開にしても、染みついた煙草の臭いがしつこく鼻を突いた。
「撃った弾丸一発あたりの取引額は、とんでもねえことになるな。そんだけありゃ、熱帯の小島の一つや二つ、買えるんじゃねえか? そっちのほうが、ギルザの連中も幸せだったろうに。みみっちい根性がこびりついちまってるんだろうな」
「その売り上げのほとんどは、こっちに流れ込んでるじゃないですか。社長こそ、年がら年中、別荘でバカンスと洒落込めますよ」
「そうか……そりゃそうだな!」とバクスターは声を張った。「まあ、俺は刺激が欲しいからな。退屈な人生は性に合わねえ。もうしばらく、商売ってもんを極めるとしよう」
イーストンは、半袖のワイシャツによれたスラックス姿で、椅子に深く腰かけていた。汗で服が肌に張りつく不快感をこらえている。
「結局、また会談が延期になったらしいですね。散々暴れた挙げ句に何も決まらなかった」と彼は呆れた様子で報告した。
「資金のひとつも引き出せないとはな。まあ、蛮族の限界ってとこか」とバクスターはあっさりと断じる。
「王女と黒十字の娘が斬り合ったらしいですが、実力は拮抗していたようですね」
「コールマンの残党が喧嘩に口を出したって話だろ? 余計なことをするよなあ。これだから、馬鹿は困る」
バクスターはわずかに間を置いた。そして、抑揚のない言葉が響いた。
「連中、お前とも接触したって聞いたぞ。何を話した?」
それを知られていることに、イーストンは言葉を失った。だが、直ちに推し量る。
——そうか。俺を信用していないなら、誰かに見張らせるのは当然だろう。筒抜けだったわけか……。
「カフェでグランブル貿易の連中と出くわしました。ただ、奴らは突然プランタで宮廷へ飛び込んでいったんで、何が何だかわかりませんでしたよ」
イーストンは、ある程度こちらから語るほうが得策だと判断した。
「メスカとの信頼だの約束だの、薄っぺらいことにこだわってました。詳しい話までは聞いちゃいませんが、青臭くて、こっちが恥ずかしくなりましたよ」
「ふーん。とはいえ、その恥ずかしい言動がドンパチを止めたんだからな。世の中、何が起こるかわからんもんだ」
くくっとバクスターは笑みを漏らす。が、抑揚を欠く口調に戻る。
「まあ、俺たちにとっては、考え得る中で最悪に近い筋書きだがな」
わずかな沈黙が、不穏な成り行きを予感させる。
「イーストン。蛮族が国家になれば、合法的に武器を売買できる。単価は下がるが、数を捌ける。十分に利益は取れるんだ。奴らが武装を強化すれば、周辺諸国にも武器の需要が生まれる。それに伴って、あらゆる物資の取引が活発になる」
その理屈は、イーストンにも十分理解できた。
「ところが、結局のところ国家承認は先送りだ。さらに悪いことに、レオが内輪揉めで消えた。大人しくしてりゃ国家元首の椅子が転がり込んだはずなのに、最後に馬脚を現しやがった。あれくらいの欠陥品が頭を張っていたほうが、万事、上手く回るはずだったのにな」
「ただ、コロキスを制圧してから、レオはありとあらゆる難癖をつけては騒いでました」
「言わせときゃいいんだよ。それでも騒ぐなら、この間みたいに軽く懲らしめておけば済む」とバクスターの声は乾いていた。「その代わりにデキる奴が立てば、メスカに丸め込まれるだろうな。そうなっちまったら最後。穏やかな次の世紀が始まって、俺たちは絶好の商機を失う。真面目に商売するのも馬鹿らしいぜ」
イーストンは考えた。
——つまり、レオ将軍を鬱陶しいと思った俺は、下手を踏んだということか。
「まあ、お前がどうこうできる話じゃないわな。コールマンの取り巻きを羽交い締めにすりゃよかったんだろうが、そんな目立つ真似はできまいよ」とバクスターの言葉には、かすかな諦めが混じった。「ツキがなかった。そういうことだ」
その後、イーストンはバクスターと何を話したのか、よく覚えていない。おそらく、たわいもない話だったのだろう。ただ、最後の話題だけは、彼のその後の人生を大きく揺さぶることになった。
「ところで、いい話があるんだ」とバクスターの声音が不自然なほど明るく転じる。「パームズ金属工業の社長がな、自前で物資の運送も手がけたいってんで、貿易会社を立ち上げるらしい。で、その社長のなり手を探しているみたいでな。お前の話をしたら、えらく興味を持ってた。一度会いたいって言ってるんだよ」
イーストンは声を失った。
「規模は大きくないが、自分で新しい顧客を開拓するのは大歓迎だとよ。お前もそろそろ、一国一城の主になる時期だと俺は思うわけさ。とにかく、話を聞いてこいよ。うまく決まれば、餞別代わりに引っ越し費用くらいは負担してやるさ。応援してるぜ」
そして、氷のように冷たいバクスターの声が、オフィスの空気を揺らした。
「イーストンを失うのは痛手だが、まあ、お前にとっては栄転だ。運がよかったじゃねえか」
返事を待たず、通信は切断された。
イーストンは、虚空の一点を見つめていた。そして、ぽつりと呟く。
「お気に召さなかったか。応援すると言って切り捨てるとは、社長らしい」
左の壁に貼られた大陸の地図へ目を向ける。
「パームズ金属工業……本社はサバシアか。島流しみたいなもんだな」
サバシアとは、西大陸の山中にある小国である。自力で販路を広げない限り、東大陸に滞在する機会は、ほとんど失われるだろう。
イーストンは煙草を取ろうとした。だが、その指先がわずかに震えている。
「いや、生きてるだけマシか。社長の言うとおり、俺は運がいい。そう言い聞かせるしかないってことだな」




