第十章 第一節【傷跡と陽光】
カルザスは、ベッドの端に腰を下ろしていた。糊の利いた真っ白なシーツの肌触りが心地よい。全開の窓から夏の風が吹き込み、頬を柔らかく撫でる。
二階の窓の外には、鮮やかな芝の緑が広がる。目線を上げれば、濃い青空と積乱雲。ほとんど頭上まで昇り詰めた太陽の光が、白を基調とした部屋をさらに明るく照らしていた。アライアル号の濃い木目調に慣れた身には、この部屋の照り返しは少し眩しすぎる。
カルザスが目を覚ましたのは、つい先ほどのことだった。見慣れない寝間着とベッドに戸惑いながらも、ここは宮廷の一室なのだろうと察しがつく。ただ、自分の今おかれた状況を、すぐには把握できない。頭の中に、まだ霞がかかっている。
ふいに、経験したことのない痛みが左腹を刺した。いや、痛みはずっとそこにあったのだと、遅れて気づく。寝間着をそっと捲ると、腹部には何重にも包帯が巻かれていた。身体が思うように動かない理由も、ようやく腑に落ちる。
ベッドからそっと足を下ろし、立ち上がる。大きく息を吐いた瞬間、立ちくらみに襲われ、すぐにまた腰を下ろした。
記憶を手繰る。
——そうだ。二人の女の殺し合いを止めようとしたんだ。黒十字の女に斬られそうになったけど、何とかその動きを封じることができた……。
その先は、ぼんやりとしていた。腹部から剣の切っ先が突き出ていたような、不可解な映像だけが朧げに蘇る。傷口の鈍痛と関係しているのだろうか。記憶はそこで途切れていた。
そのとき——
「カルザス!」
声の主は、開いた扉の前に立ち尽くしていた。
肩にかかるベージュブラウンの髪が揺れる。深碧色の瞳は大きく見開かれ、襟付きの膝丈ワンピースは爽やかなライトブルーに輝いていた。
しかし、包帯に覆われた右腕を三角巾で吊る姿が痛々しい。左の前腕や膝にも包帯が巻かれ、身体のあちこちに内出血の痕が窺える。
カルザスはその姿に驚いたが、すぐに理解する。『発動』した黒十字の女と渡り合って、無傷でいられるはずがない。
「ターナ。大丈夫?」と彼は立ち上がる。「その腕……骨折してるの?」
ターナの顔がたちまち歪んだ。瞳が潤み、震える下唇を噛みしめる。左脚をわずかに引きずりながら、カルザスのもとへ足早に近づいた。
左手でカルザスの右肘を引き寄せた。首をわずかに持ち上げ、その目をじっと見つめる。けれど、込み上げる感情を隠すように、すぐに顔を彼の左肩へ埋めた。
柔らかな髪が頬をくすぐる。いつものシトラスの香りが、かえって彼を落ち着かせた。
「バカ……。私のことを先に心配するなんて。どこまでお人好しなの?」
「だって、あちこち傷だらけで……」
「あなた、三日間も意識を失っていたのよ。手術は成功したのに、ずっと目を覚まさなくて。バイロンだって、気が気じゃなかったんだから」
言葉を重ねるうちに、ターナの声は次第に昂ぶる。
「私のせいで、もし二度と目を覚まさなかったらどうしようって……。後悔ばかりで、全然眠れなくて……」
——手術? 三日間も意識がなかった?
自分の知らない事実を知らされ、カルザスは茫然とした。
「そう……だったんだ。えっと……心配かけて、ごめん」とどうにか言葉を継ぐ。
「どうしてカルザスが謝るの?」
ターナが涙に濡れた顔を上げる。いつも朗らかな彼女が、すっかりやつれていた。
左手が、カルザスの右の首筋をそっと覆う。そのまま抱き寄せるように、互いの左頬が触れ合った。
「でも、よかった。生きててくれて、本当によかった」
「それは……ターナもだよ」
カルザスは、率直にそう答えた。
ターナは再び声を詰まらせる。
「ごめんね。酷い目に遭わせて。本当に、ごめんなさい」




