第九章 第十一節【不測と絶叫】
時を同じくして、クリアターコイズの『発動』により、ターナの意識は大きく侵食されていた。冷徹かつ合理的に戦況を判断する中、自分を守ろうとするカルザスをこの場から引き剥がせないか、小さく押し込められた「本来のターナ」は考える。
視線を覆う男の背中は、かすかに震えているように見えた。戦闘経験の気配はなく、剣を握る右腕の構えも覚束ない。
サイカが斬りかかり、カルザスが受ける。敵の女は、斬撃のためではなく相手の武器を奪うために、敢えてブレイドの根元部分に剣を叩きつけた。その手からこぼれた剣を左足で蹴る。
実に合理的だと、ターナは納得する。おそらく、二の矢でカルザスに止めを刺すつもりだろう。必要最小限の労力で邪魔な仲裁を排除し、自分との戦いに戻るつもりだ。加えて、サイカは一連の戦闘に早くケリをつけたがっているのだろう。手負いの状態で長引くと、偶発的な動作で望まない決着を迎えるかもしれない。
であれば、今こそ千載一遇の好機だ。サイカの次の一撃の瞬間、ターナが的確な攻撃をすれば、敵がそれを避ける術はない。いっそのことカルザスが斬られれば、その隙に自らの手で勝負を決めることができそうだ。
ターナの意識を『発動』による思考が容赦なく塗り潰し、カルザスの背後でサイカの攻撃を静かに待った。
サイカが第二撃を振り下ろした。すると驚いたことに、カルザスは踏み込んで間合いを詰めた。どう考えても無謀な動きだ。
とはいえ、ターナにとっては好都合だ。それだけ相手との距離を詰めることができる。
間髪入れずに姿勢を低く沈めた。この機を逃すべきではない。
ターナは一歩踏み込み、カルザスの左脇をかすめてサイカを剣で貫こうとする。痛めた右手を添え、左手の剣を真っ直ぐ突き出した。
それは、確かに何かを刺した手応えだった。剣が受ける抵抗を両手で支える。
だが、直ちに訝しんだ。早すぎる接触。浅すぎる突き。思ったより剣を押し込めていない。
視線を上げた瞬間、ターナは凍りついた。
自身の剣が、カルザスの左脇腹を後ろから貫いていた。サイカの打撃で左側に流れた彼の身体が、刺突の軌道に割り込んできたのだ。
ターナは反射的に剣を手から離した。思考が完全に停止する。
カルザスはゆっくりと膝を折り、サイカに覆いかぶさるように倒れた。その脇腹には真っ赤な血が滲む。
おそるおそるカルザスの傷口に左手を触れた。指に血糊が付着する。鉄の匂いがターナを襲う。
全身の血管が瞬時に収縮した。眼球を満たしていた暗赤色もたちまち退く。顔色は蒼白となり、口元が震える。
「え? カルザス……。私……」とかすれるような声が漏れた。
自らの剣が、彼の命を脅かす——その事実が全身を貫く。
「いやああああああああああああ!」
ターナの絶叫が、宮廷中に響き渡った。




