第九章 第十節【不測の刺突】
黒十字の女が迫ってくるその刹那、カルザスは自分だけ時間の流れが遅くなっているように感じていた。それほど、上空から見た女同士の斬り合いの速度は、桁外れだった。本当に、この戦いを自分が止められるのか……。
カルザスは、まともに剣術の訓練を受けたことがない。合理的な構えもわからず、及び腰のまま、拾った剣を頭上にかざした。とにもかくにも、サイカの剣を受けなければならない。
剣戟が響くと同時に、右手に強烈な衝撃が走った。顔をしかめるカルザスから、剣がこぼれ落ちる。
落ちる剣をサイカが蹴り飛ばすのが目に入る。あっという間に武器を失った。
カルザスは命の危険を悟り、表情が強張った。恐怖、焦燥、悔恨、無力感が、彼の心に襲いかかる。それとともに、自らが斬られることで二人の殺し合いが終わるのであれば、それは上出来ではないかという諦めが、一瞬だけ頭をかすめた。
しかし、ジョシュアは彼の判断を尊重して送り出してくれた。それは、死ぬためではなく、生きて帰るためだ。笑いに包まれた貿易商の日々を、再び過ごすために。
ジョシュアの期待を裏切るわけにはいかない。もう一度、気力を振り絞る。
そのとき「間合いを詰めろ」というジョシュアの声がカルザスの脳内に響いた。アライアル号の天井部屋で発せられたその言葉が、まるで背中を押すようだった。「腹に穴が空いても責任は取らない」という上司の軽口まで思い出し、苦笑する。
サイカが構え直し、もう一度剣を上から振り下ろすのが目に入る。覚悟を決めて、カルザスはサイカとの間合いを詰め、前に出た。
距離を縮めた結果、相手の前腕が右の首元に襲いかかる。まともに喰らえば意識を失うかもしれない。しかし、機転を利かせて、衝撃を受け流すために膝を折った。身体が左側に流れるものの、両脚を踏ん張って堪えた。
再び剣の間合いを取られまいとして、サイカの左腕を両手で必死に捕らえた。痺れた右手で相手の左肘の関節を極め、左手の指が食い込むほど左上腕を握り込む。
すると、背後でサイカの剣が地面に落ち、硬い音を響かせた。敵の武器を奪ったのだ。
想定以上の成果だ。カルザスは目の前の女をもう一度説得するための言葉を発しようとした。
そのとき、左脇腹の周辺が鈍痛に襲われた。急激に下半身の力が抜け、支えを失った身体が沈む。膝をつき、サイカの左腕を握って覆いかぶさるように倒れた。
何が起きたかわからないまま、視線を左の脇腹に合わせた。肉体を貫く剣の切っ先と、滲んだ血の色が見える。
——剣? 刺された?
予期せぬ出来事に、カルザスは混乱する。




