第一章 第八節【無線の密談】
イーストンは、ラムールのオフィスで、煙草をふかしてくつろいでいた。大量の吸い殻が、デスク上の灰皿を埋め尽くしている。
マイル急襲事件の四日後の夜のこと。テーブルの上を除き、部屋は闇に覆われていた。
無線機の着信音が鳴る。イーストンは受送話器を取った。
「社長。お久しぶりです。今夜はどちらからですか?」
「ルシエルだ」
「西大陸ですか……。相変わらず飛び回ってますね」
「昨夜遅くに着いてな。今日は朝っぱらから、五件の契約交渉だ。さすがにくたびれたよ」
「こちらには、しばらく戻らないんですか?」
「明日にはここを発つが、オフィスに寄るのは当分先だな。悪いが、たまには俺の部屋の空気を入れ替えておいてくれ。カビ臭いのはかなわない」
「わかってますよ」
通信のノイズで途切れながらも、社長バクスター・レンジの声はオフィスの重い空気を揺らす。
「黒十字のレオ将軍が、もっと小銃を売れってうるさいんですよ。国家になったら、武装が必要なんだって喚いてました」
イーストンは、煙草の煙に咽せて咳き込んだ。
「そんなのは、本当に国家になってからの話だ。何度も説明してるのに、わからん奴だな」
「今までだって、武器は融通してるのにですよ。調子に乗りすぎです」
「まあ待て。欲に溺れた奴は、適当に揺さぶればいくらでも金を吐き出す。泳がせておけばいい」
「そうなんですけど、あの偉そうな態度が癪に障るんですよね。身の程をわきまえろって話ですよ」
「苛つきなさんな。『将軍様』と呼んでおけばご機嫌なんだから。奴には『そう簡単に銃器は手に入らない』と言っておけ。半分は事実なんだ」
「今回、そっちでも買い付けたんですか?」
「三挺だけだがな。小銃の売買は、俺にもいまだに読みきれない難しさがある」
「じゃあ、レオ将軍には『まだ手に入らない』って伝えます」
「代わりに、手榴弾を多めに売りつけておけばいいさ。少しは大人しくなるだろう」
「それで納得しますかね?」
「奴らは俺たちから離れられんよ。楽な相手だ」
「ところで、この間のマイルの襲撃、見てきましたよ。ずいぶんと武装が進みましたね」とイーストンは新しい煙草に火をつける。「でも、途中で邪魔が入って、右往左往してましたよ。丸腰相手に、みっともないの一言です」
「解放戦線などと名乗ってはいるが、中身はただの物盗りだからな。それにしても、横槍入れたってのは、どこのどいつだ?」
「メスカのアライアル号ですね。船長の顔に見覚えがありました」
「アライアル号? 地元の商売人じゃないのか。貿易商が何を血迷った?」
「黒十字の下っ端が、市場の子どもにちょっかい出してたんですよ。それを見て、頭に来たみたいで。自分から絡んでいきました」
「正義感か? 酔狂だな」
「いざこざに巻き込まれるのは、商人のご法度ですからね」
「頭が悪いんだよ。何が利益になるか、考えて行動すべきだ。人間は、思慮する生き物なんだからな」
「あっという間に、武勇伝が汎大陸中に広まるでしょうね。商売ができなくなったら、お笑い草ですよ」
「それはそうと、ガスパル大先生のお勧めは、襲撃に参加してたか?」
「いや、少なくとも俺は見てません」
「そうか。せっかくのチャンスだったのに、残念だったな」
「正直、興味ないんですけどね。この間も、先生は泡を飛ばして喋くってましたけど。社長は見たことあるんですか? 『クリアターコイズ』の作用ってやつ」
「まあな。少々腕に覚えがある奴でも、触る前に真っ二つにされちまうだろうな。先生が興奮する理由も、わからなくはない」
「ふーん。俺としちゃ、話がもうちょっと短くなれば、聞く気になるんですがね」
「まあ、そう言うな。仕事だと思って付き合ってやってくれ。頼りにしてるんだぜ、副社長」
無線機から、バクスターの含み笑いが響いた。




