第九章 第八節【信頼と憎悪】
信号弾から閃光が放たれると、カルザスはプランタを宮廷の広場へと急降下させた。持ち主を失った一本の剣が地面に横たわっているのを見つけ、その近辺に狙いを定めて着陸を試みる。
地面が目前に迫ったところで、タイミングを見計らって動力を止める。カルザスはスキッドを蹴って転がり出た。プランタは芝の上を滑り、数度バウンドした後、転倒せずに停止した。
そして、すぐに身を起こし、あらん限りの声を張り上げる。
「ターナ! もうやめろ!」
足下の剣を拾い、全力で駆ける。
その声に反応して、ターナは一瞬、我に返ったような表情を見せた。だが、サイカの止まらぬ攻撃に対応しなければならない。
ターナは痛む右手で相手の左腕を弾き飛ばす。間髪を入れずに、左足で相手の右肩を蹴りつけた。サイカは吹き飛ばされるが、巧みに受け身を取ってダメージを散らす。
その隙に、ターナはカルザスの姿を認めた。血の色に染まる双眸が大きく見開かれる。
「カルザス……どうして?」と小さく呻いた。
信じがたいという困惑、絶対的な味方の登場に対する安堵、そして彼を危険に巻き込んでしまうことへの不安。『発動』による意識の変容を押し退け、錯雑した感情がターナに押し寄せた。
自分を支えるという約束を果たすために、カルザスはここへ来たのだ。彼女は、この数日の耐え難い孤独を思い返す。その心は千々に乱れ、瞳から涙がこぼれ落ちそうになる。
カルザスは、ターナのそばに辿り着き、庇うように立ちはだかった。右手の剣を不格好に構える。息は荒く、全身が火照っている。
一方、サイカは蹴られた右肩を顧みることなく、不可解な表情でこの様子を見ていた。そして、思わぬ邪魔に苛立ちを募らせる。
「なんだお前。殺し合いに割って入る気か?」
カルザスは何も答えず、敵意を剥き出しにする女を真っ直ぐに睨み返した。
ターナはその背後で剣を構えた。彼を守らねばならない——その思いが胸を突き上げる。この三人の中で、命の危険に最も晒されているのは、どう考えてもカルザスだ。
だがその決意は、じわじわとクリアターコイズによって塗り潰されていった。この貿易商を助けることと、敵対する黒十字最大の実力者を抹殺すること。仮にこれらの利益が二律背反の関係にあるなら、どちらを選ぶかは自ずと結論が出ている。東大陸の安定のために優先させるべきは後者だ。つまり、カルザスが犠牲になったとしても、痛くも痒くもない。
そして、ターナは普段とはまるで別人のような口調で、カルザスの背に命じた。
「そこを退け。邪魔だ。死にたくなければここから離れろ」
カルザスは呼吸を整え、振り返ることなく断ずる。
「うるせえ。茶番はもう仕舞いだ。喧嘩の相手を間違えてるぞ。その石ころも、大して役に立たんな」
彼らしからぬ口調に、ターナは虚を突かれたように言葉を失う。
続けて、サイカに向かって声を張り上げる。
「お前もそうだ。この殺し合いに意味はない。黒十字の本当の敵は、メスカの王室じゃない!」
サイカは、憎悪を込めてカルザスを罵る。
「何も知らん奴が、いい加減なことを言うな! 王室がふんぞり返っていい暮らしをしている間、アタシたちは明日の飯にも事欠く毎日を送っていたんだ。たくさんの仲間が飢えた。メスカやジブの連中に汚物扱いされた。罰せられるべきは、この女だ!」
「黙れ!」とカルザスが怒鳴る。「だから、それが事実じゃないと言ってるんだ。納得いくまで説明してやるから、剣を退け!」
しかし、サイカの中で膨れ上がった憤怒は、もはや言葉で抑えられるものではなかった。どす黒い憎悪、悲しみ、嘆き。あらゆる負の感情が彼女を呑み込んでいく。
「うるさい! うるさい、うるさい、うるさい!」
その声は絶叫となり、宮廷全体に響き渡る。
「ギルザの苦しみを理解しない奴は、みんな敵だ! アタシの憎しみを受け止めろ! 命で償え!」




