第九章 第二節【挑発と論駁】
ターナの放つ圧迫感に、レオは萎縮しそうになった。しかし、それを悟られるわけにはいかない。所詮は若い女と侮り、横柄な態度で言葉を発する。わざとらしく眼鏡をくいっと上げる。
「これはこれは。美しいお嬢様が、ずいぶんと物々しいお姿ですな。今から白兵戦に臨まんばかりの勢いだ。よほど我々が目障りということですかな」
ターナは眉一つ動かさず、冷淡な態度で切り返す。
「つまり、女はドレスを着て晩餐会でニコニコしていればいいと?」
「そこまでは申しておりませぬ。こんな豪華な大広間ゆえ、てっきり仰々しい礼装で現れるかと思っていましたのでな」
「仕方ありません。あなた方が剣を置かぬと仰る。そんな物騒な客人の前で丸腰を気取るほど、私は能天気ではありませんので」
ターナの棘のある言葉に、レオはわずかに苛立つ。
「いちいち突っかかることもなかろう。亡くなった国王は穏やかな名君であった。そういう伝統が引き継がれて、八百年の歴史とやらが作られたのではないか?」
「そのように父を評価していただけるのは光栄です。ただ、残念ですが、私は父より頑固で聞き分けのない女です。だらだらと中身のない雑談に付き合うほど気長でもありません」
ターナは目を細めて続ける。その周囲だけ気温が下がっているかのようだ。
「女がみな女中か女郎にしか見えないのであれば、私は将軍のご期待には添えません。酌を受け、自慢話を聞いてもらえる店で存分に楽しまれたらいい」
「おい。黙って聞いていれば、ずいぶんと無礼だな」と、レオの顔に赤みが差す。「親が死んだおかげで、世間知らずの籠の鳥が王に収まっただけの話であろう」
「くくく。それが本音ですか」とターナは愉快そうに笑う。「まさにそのとおり。私は二十代になったばかりの苦労を知らない若輩者です。ただ、国を治めるとはどういうことか、少なくともあなた方よりは知っています」
そう断言して間を置くと、一転して鋭い口調でレオを威圧する。
「一つ、いいことを教えてやろう。私は、メスカ王国一千万の代理人だ。私への侮辱は、王国の民すべてに対する侮辱なのだ。わかるか?」
広間の空気が一瞬で張り詰める。軋む音が聞こえてきそうだ。
「私が若い女だからといって、軽々しく卑しい言葉を吐くな。口を開くときは、喉元に刃を向けられる覚悟があるのか、よく考えることだ」
その一喝に、レオは言葉を失った。黒十字の面々も、思わぬ成り行きに顔を強張らせる。
だが、ターナはすぐに表情を和らげた。
「まあ、お互いに気をつけねばなりませんね。逆に、私の言葉が貴殿を愚弄したのであれば、タンデスとギルザのすべての民に陳謝いたします。東大陸の安寧には、黒十字解放戦線の力が必要不可欠ですから」
バイロンは、その応酬を冷や汗まじりに眺めていた。一体どこでそんな挑発を覚えてきたのか。交渉ごとで相手に優位に立たれたくないのは理解できる。しかし、迂闊に過ぎれば、協議が破綻しかねない。
横に並ぶ執政官も同様の思いだった。見事なまでに全員の顔が引きつっている。
そんな周囲の反応など気にも留めず、ターナは淡々と議事を進め始めた。
「先般の会議では、黒十字解放戦線の国家承認が主要な議題でしたね」
レオの返答を待たず、彼女は続ける。
「議事録によれば、メスカ王国は、あなた方の要請に対していくつかの条件を提示しました。これに対する貴殿らの正式な見解を、未だ伺っておりません。本日は、その続きを議論するものと理解しています」
一拍挟んだターナは、黒十字の面々を見回す。両手を組み、肘をテーブルに置く。視線に冷静な圧を込める。
主導権を取られまいと、レオが口を開く。
「前回も言ったはずだ。端的に国家として承認されれば、我々はそれで構わんと申している。小賢しく条件を並べ立て、目眩ましをしても無駄だ」
ターナは眉一つ動かさない。一つずつ確かめるように呟く。
「承認の条件——タンデス市民の安全保障、周辺国への侵略の禁止、経済的自立に向けた政策立案」
「くどい!」とレオは怒鳴る。「そなたも父親も、話の通じぬ愚か者だ! 我々は既に実効支配しておるのだ。もはや承認しないなどという選択肢はない!」
「では、答えは明白です」とターナは声をさらに沈めた。「国家としての承認は見送らざるを得ません。自治区に無断で侵入して暴れる無法者は、盗賊と見るしかありません」
「ふざけるな!」
レオが立ち上がって激昂する。
「実効支配してどうするおつもりですか?」
ターナの声が威圧する。
「統治機構はどうするんですか? メスカやジブとの関係は? 法体系は? 安全保障は? 経済活動と貿易は? 貧困対策は? こんな基本もろくに説明できずに、一丁前に税だけ絞り取ろうという腹ですか?」
そう畳みかけられたレオは、言葉を返せない。
「ふざけるなだと? それはこちらの台詞だ!」とその声が鋭さを増す。「国家を何だと思っているのですか? ただの陣取り合戦ではありません。そこに民が生活をしているのです」
いつの間にか、広間の者は固唾を呑んで国王代理の言葉に耳を傾けていた。
「あなた方だって、ギルザの地で暮らす同胞を命懸けで守るでしょう。それと同じです。タンデス自治区の民の生活と安全を十二分に保障する姿勢を見せない限り、議論の入り口にも立てていないのです」
ファビオが堪え切れずに割って入る。
「統治や制度づくりが必要であることは重々承知している。しかし、それは一朝一夕にできるものでもあるまい。あるいは、我々に細かい計画を立てさせて、そちらの気に入るまで添削を受けて、はじめて国家として承認するということか?」
「我々が教師で、あなた方が生徒だという関係ではありません。共に考えるのです。私たちが答えを持っているわけでもありません」とターナは穏やかな口調に戻る。「それよりも、まずはあなた方がどのような社会を築きたいのか、その志と覚悟を私たちに語らなくてはなりません。そして、その理念を汎大陸全体に向けて明言するのです。それこそが、承認に向けた第一歩です」
ファビオは、ようやく気づき始めていた。メスカの王室は、黒十字解放戦線を頭ごなしに否定するのではなく、東大陸の安定に何が必要かを真剣に考えている。そして、ギルザの民に犠牲を強いる意図もない。国王もその後継者も、その立場は一貫している。
「それから、もう一点」とターナが再び全体を見回す。「ギルザの民が長年、貧困に苦しみ、蛮族と蔑まれてきた現状。正直申し上げて、私は極めて不愉快です。その中で、みなさんは『人としての誇り』を奪われてきた。それはあってはならないことです」
言葉を一旦切って俯いた。唾を飲み込み、静かに両目を閉じる。その様子を見て、バイロンはすぐに察した。
——『干渉』だ。
ターナは、吐き気をやり過ごして続ける。
「ギルザの民が、責任ある統治を通じて、誇りを取り戻すことができるのであれば、私たちは必ずしもこの一連の動きを否定しません。そのための助力も惜しまないでしょう」
人々を鼓舞する言葉とは裏腹に、彼女は奥歯を強く噛んで耐えていた。
「ただし、未来へ進むには、過去の清算が不可欠です。これまで黒十字解放戦線は、幾度となく国境地帯を襲撃し、市民を傷つけ、金品を奪ってきました。この罪をしっかり認め、何らかの形で責めを負う旨を示さなくてはなりません」
ファビオは顔をしかめる。
「生きるために、やむを得なかった——そうした反論があることは理解しています。しかし、それでもなお、贖罪は必要です。それで初めて、みなさんはスタートラインに立てるのです。わかりますか?」とターナは顔を上げ、確信に満ちた表情で断ずる。
「それこそが、ギルザとタンデスの人々を支える『統治者の矜持』です」
一瞬の静寂の中、立ち上がったままのレオが、真っ赤な顔を震わせ、言葉にならない呻き声を発する。再び、自らの軽薄さを炙り出され、どう反論すべきかも見出せない。
その脇で、ファビオは出口を模索していた。いたずらに国家承認を主張し続けても、埒が開かないのは火を見るより明らかだった。だが、面目を潰されたままでは引き下がれない。
そのとき、黒十字の陣列の端から鋭い衝撃音が響き渡った。
サイカが、右の握り拳でテーブルを殴打したのだ。分厚い天板には亀裂が走る。その表情は、怒りと憎悪に塗り潰されていた。
ターナがわずかに口角を上げる。
——最強の敵。ようやく出てきたな。




