第八章 第八節【朝の包囲網】
メスカ王国クレイトンの中心部は、宮廷との調和を強く意識し、その品位が高く保たれている。町の構造そのものが、宮廷に敬意を払っているようだった。
この界隈に宮廷を覗き込めるような高い建物は存在しない。それぞれが広い庭園を備え、水と緑が豊かな環境を演出している。その結果、町全体がゆったりとした空間を構成していた。
そのうちの一軒。宮廷沿いの通りから一本入った筋に、二階建てのカフェが静かに営業していた。何代にもわたって続くこの老舗は、清潔感溢れる石造りの店構えが魅力的だ。その屋上には長方形の木製テーブルが四つ並び、それぞれに二脚ずつの長椅子が備えられている。
スーツ姿のイーストンが、宮廷に最も近い席に座り、屋上を独り占めしていた。コーヒーとトーストを前に、落ち着いた表情で煙草を燻らせる。
ジョシュアとギルの密談から三日後の朝。クレイトンの空は眩しいほどの青を湛え、白い建物群がその光を受けて輝いていた。
「誰かと思えば、イーストン・スコープス殿ではないですか。メスカの宮廷にご用ですかな?」
ぼんやりと空を眺めていたイーストンは、声の主を反射的に睨む。
視線の先に、三人の男が立っていた。一人は、左瞼を見開いて顎の無精髭を撫でる三十代の男。その後ろに、それより若い二人の男が続く。
「てめえは……」
「まあまあ、そんなに警戒しなさんな。邪魔も嫌がらせもしねえよ」
「グランブル貿易……何の真似だ?」
ジョシュアは隣に、カルザスとギルは向かいに並んで座る。イーストンは取り囲まれた。
「顔を覚えていてくれたとは痛み入るねえ」
ジョシュアはイーストンに含み笑いを見せる。そして、二人の部下に向かって続けた。
「これこそ商人の鑑だよ。人の名前と顔はしっかり記憶しておく。お前たち、これはすべての基本だからな。是非、見習うように」
「ちっ。朝の清々しさが台無しだな」とイーストンが嘆く。
「お互い様だよ。こんな小洒落た店なのに、不景気そうなオッサンの顔を見る羽目になるとはな」
「オッサンが嫌なら帰れ。誰も止めねえぞ」
「そういうわけにはいかねえ。これから始まるイベントについて、解説してもらおうと思ってな」
「そんなもん、知らん」
イーストンは立ち上がろうとするが、ジョシュアが進路を塞ぎ、動けない。
「ショウタイムまでは、まだ時間があるだろう。それまで楽しくお喋りしようや」とジョシュアはにやにやと笑う。
「おねえさーん。コーヒーとトーストも四つずつね。あと、ゆで卵とサラダもつけて」とギルが無邪気に注文する。
がっくりと肩を落としたイーストンは、長椅子に座り直して不貞腐れた。
「畜生め。俺は何にも知らねーぞ。一体、何だってんだ」
するとジョシュアは、カルザスを促す。
「おい、副社長殿が話してくれるみたいだぜ。聞きたいこと、自分で聞きな」
カルザスは緊張を滲ませて切り出す。
「メスカ王国のユージン陛下は、水面下でギルザの民を経済的に支援していたと聞いています。にもかかわらず、黒十字はメスカを一方的に敵視している。陛下を死に至らしめ、今日の会談でも、ターナ王女が危険に晒されています」
努めて冷静に続ける。
「バクスター・レンジ商会は、黒十字と高額な取引をしていますよね。本来、ギルザの民の生活支援に使われるはずの資金が、あなた方に流れている」
「つまり何か? 国王が死んだのは、俺たちが商品の代金を受け取ったからだとでも言いたいのか? ずいぶんな言いがかりじゃねえか」とイーストンは低い声で唸った。
「いえ。今、その点をとやかく言うつもりはありません。売主にとって、代金に色は付いていませんからね」
「じゃあ、何の文句がある?」
「俺たちが知りたいのは、『なぜ援助してくれた相手に、黒十字が牙を剥くのか?』という一点です。金の使い道がどうあれ、王国に対して敵意が生じるのはおかしい」
「おい、グランブル貿易の社長さんよ」とイーストンはジョシュアに矛先を変える。「お前の部下は木偶の坊か? そんなこと、どっちだっていいじゃねえか」
「済まねえな。この世間知らずは、俺と違って優しいから、言葉を選んで喋ってるんだよ」とジョシュアはぼそりと口を開くが、表情からは怒りが垣間見える。「ただ、一応釘を刺しておくが、てめえらが武器の密輸であぶく銭を掻き集めていること、俺は許したわけじゃねえ。小汚ねえ商売しやがって。この場でてめえをタコ殴りにしたいのを我慢してるんだ。悪いことは言わん。俺の部下を小馬鹿にするのだけはやめとけ、クソ副社長が!」
イーストンはその圧力に驚く。
「密輸の件は、今回は目を瞑る。だが、質問には答えてもらう。金を出してくれたパトロンを、なぜ黒十字は殴りつけようとする? お前、何か知ってるんじゃねえのか」
煙草を一本取り出したイーストンは、やれやれと肩をすくめた。
「そんなもん、決まってんじゃねえか。レオ将軍とその取り巻きが、全部懐に入れてんだよ。下っ端には、ビタ一文渡してねえ。だからギルザの蛮族は、相変わらず飢えてる。連中にとっては、メスカの王室は贅沢三昧する敵にしか見えんだろうよ。皆殺しにしてやりてえってのも、無理ねえ話だ」
さも些細なことのように続ける。
「それに、そっちのほうが将軍には都合がいいのさ。下手に金を配って蛮族の不満が消えちまったら、戦う理由がなくなる。お山の大将をやっていたけりゃ、仲間は飢えてるくらいがちょうどいいってわけよ」
その言葉に、ジョシュアとギルが茫然とする。そして、カルザスの胸には抑えようのない怒りが湧き上がる。




