第八章 第四節【沈黙の宮廷】
ウェインとの通話が終わって五分後、再び無線機の呼出音が鳴った。
「誰だよ、晩飯食う暇もねえ」とぼやくジョシュアは無線機のスイッチを入れ直す。
「ジョシュアか。ワシだ」と、セオドアの低いしゃがれ声が聞こえてきた。
「珍しいな。自分探しの旅の途中じゃねえのか?」
「そこにカルザスはいるか? スピーカーの音量を上げてくれ。話しておきたいことがある」
「けっ。スルーかよ」と軽口を無視され、その表情は渋い。
セオドアの声色は明らかに不機嫌だった。厄介事と察したジョシュアは、ソファにどっかりと腰を落とし、耳を傾ける。
「今朝、宮廷を訪ねた。北方の調査が無事に終わったから、成果を報告しようと思ってな。ところが、門前払いを食らった」
「えっ?」
カルザスが声を上げる。ジョシュアも眉をひそめた。
「ターナ様の指示らしい。安全確保のため、当分の間は立ち入りを認めないそうだ」とセオドアの語調が徐々に荒くなる。「ずいぶん言い訳がましいとは思わんか? メスカの宮廷は、汎大陸で最も安全な場所の一つだぞ。何の冗談だ?」
「でも、それって爺さんだけが出禁になったわけじゃないんだろ?」とジョシュアは斜め上を眺めて呟く。
「同じことだろうが!」と怒声が無線機から響く。「あれほど石の謎を解明してくれと懇願してきたのに、ずいぶんな掌返しじゃないか」
「ちょっと落ち着けよ、セオ爺」とカルザスが割って入る。「安全のためって話だろ。余程の事情があるんじゃないのか?」
「だとしても、追い返すことはないだろう!」と収まらない。「宮廷には昔から散々な目に遭わされたんだ。結局、石のことは隠蔽するわけだ。カルザスまで巻き込んで謀りやがって」
「いい加減にしろよ! あんたの現役時代と今とじゃ、全然状況も違うじゃねえか。また騙されたみたいな言い方すんなよ!」
「おめえは知らねえんだよ。王室のやり方だ」
「ターナは違う! そんなこともわかんねえのか。耄碌も大概にしろ!」と、カルザスの感情が爆発する。「ターナは、黒十字対策だけじゃなくて、石の本質を理解したいって言ってた。石に頼るのを自分の代で終わらせるとまで決めたんだ。だから、あんたに頭下げたんだろ? ターナはこれまでの国王とは違う!」
やれやれといった口調でジョシュアが割り込む。
「爺さんよ。さすがに言いがかりじゃねえの? 姫様が爺さんを玩ぶ理由がねえよ。それに、研究を止めろとは言われてないんだろ?」
「じゃあ、なぜ追い返す?」
「……まあ、たしかに妙ではあるな」とジョシュアは腕を組み、天井を見上げる。「直々に研究を依頼して、部屋まで用意して、調査旅行に送り出して、さあこれからってときに出入禁止か。不自然には違いねえ」
室内に、静かな緊張が漂う。
「船長、さっきの話……」
先ほどのウェインとの通話内容が、カルザスの脳裏をよぎった。ジョシュアも即座にそれを察する。
「爺さん。得意先からの情報だが、近いうちにメスカが黒十字を宮廷に呼んで会談するらしい。外部をシャットアウトしているのは、おそらくそれが理由だ。だが、爺さんまで弾かれる理由は……どうにも解せねえ」
ジョシュアは自らを落ち着かせるように一呼吸おき、思考を巡らせる。
「今、王国の最大懸案は黒十字への対応だ。その鍵を握るのは『石ころ』だろう。なら、あんたの研究を止める理由なんてどこにもないはずだ。にもかかわらず宮廷に立ち入らせない。実質的な中断だ。つまり……悠長に研究を待っていられない事態が起きた、ということか?」
「まさか……」とセオドアが呻く。「そうか。そう考えれば、すべて辻褄が合う」
「セオ爺?」
「すまん、さっきはカッとなって悪かった」と声色が一変した。「もしワシの推測が正しければ、出禁どころの騒ぎじゃないぞ」
「どういうことだ?」とジョシュアが問い返す。
「黒十字の女は、意識上の『接触』によってユージン様を死に至らしめた。双方がクリアターコイズの『同化者』であったがゆえの惨劇だ」
「でも、それはあくまで仮説だって、セオ爺も言ってたじゃないか」
カルザスは古書店での記憶を必死に手繰り寄せる。
「その後、宮廷で議論を重ねたのだ。ターナ様もまた『同化者』であり、ご尊父と同じ危険に晒されている。ご本人は警戒すれば防げるとおっしゃっていたが、意識上の襲撃の強度も前触れも、誰にも予測はつかん」
セオドアの声のトーンが沈む。その切迫した語調が、事態の異常さを何よりも物語っていた。
「察するに、ターナ様は黒十字の女から『接触』による攻撃を受けたのではなかろうか。見えぬ相手から唐突に意識を侵食されれば、いかなターナ様でも冷静ではおられまい。いつまた襲われるかもわからんのだ」
カルザスの顔から血の気が引いていく。得体の知れない脅威に、為す術もなく呑み込まれるような錯覚に陥った。
「ワシの研究成果を待つ余裕などないと悟られたはずだ。聡明な方ゆえ、雌雄を決する決断は早かっただろう。慌ただしく会談が決まった理由もそれで説明がつく」
「何か、手立ては……。俺たちは、ただ手をこまねいて見ているしかないのか?」
カルザスの悲痛な呻きを、セオドアの憂いが呑み込んだ。
「『同化者』同士の世界には、何人たりとも踏み込めん。ターナ様は今、絶望的な孤独に向き合っておられるに違いない」
無線機の彼方と此方は、重苦しい静寂に支配された。




