第八章 第三節【再会談決定】
黒十字解放戦線の幹部会終了後にサイカが心情を吐露した翌日。
アライアル号のジョシュアとカルザスは、ジブ帝国のブッシュタウンにて、同業者や取引相手との打ち合わせを精力的にこなしていた。案件の数が多かったため、二人は分担して仕事を捌く。ジョシュアは、初対面の業界関係者と新たな契約の下地を築いていた。合間には、他の貿易商との情報交換も欠かさない。一方のカルザスは、一人での交渉にはまだ慣れていなかったが、旧知の顧客や倉庫業者との面談を実直に果たした。
日が西に傾き始めた頃、二人はアライアル号の食堂に戻り、互いに一日の営業成果を報告する。ジョシュアはノートに記録をまとめ、悩ましげな表情で今後の計画を調整している。普段の軽薄さとは裏腹に、仕事となれば真摯に向き合う。
そして、カルザスはこの日の仕事から解放された。食堂の一角の椅子に腰かけ、ターナから贈られた「旅の聖人」を読みふけっていた。今の彼にとって、もっとも穏やかで幸福な時間の過ごし方だ。
夕食用に市場で買い込んだサンドイッチを用意すると、無線機の着信音が響いた。ジョシュアは受送話器を取り、出力をスピーカーに切り替える。
「よう。久しぶりだな、脱走貿易商よ」
「ウェインか。コロキスで干上がってんじゃねえのか?」
「おかげさんで、細々と仕事してるぜ。お前さんほどは儲かってねえけどな」
「俺だって、息も絶え絶えだよ」
スピーカー越しに声を発していたのは、パスカル造船工業のウェインだった。一か月半前、黒十字がタンデス自治区を制圧した日以来の会話だった。ジョシュアはその日深夜の脱出の顛末を自ら茶化し、ウェインの笑い声が船内に鳴り響く。
「で? 今どこだ?」
「ブッシュタウンだよ」
「これまた、えらい僻地だな。西大陸から急ぎ輸入したいものがあったんだが、すぐには動けそうもないな。他を当たるわ」
「その手の大がかりな仕事は、余裕をもって言ってくれるとありがたい。スケジュールを空けなきゃならんからな」
サンドイッチを頬張るジョシュアは、コロキスの現状について探りを入れる。
「黒十字が実効支配して、そっちもだいぶ変わってきてんじゃねえの?」
「それがな、面白えほど普通に仕事できてんだよ。同業者も気味悪がってるくらいだ」
「ふーん。理念も構想もなけりゃ、変わりようがないってことか……」
「まず、レオ将軍とやらが無能すぎる。それに、下に隊長が四人いるんだが、どれもパッとしねえ。一人は十代の娘だしな」とウェインは愚痴とも報告ともつかない話題を広げる。「ただ一人だけマトモな奴がいる。そいつが根回しに奔走してるから、何とかぶっ壊れずに済んでるな。すげえ目付きの悪い兄ちゃんだ」
「そいつ知ってんぞ。マイル襲撃のときの中間管理職だな」
「名前はファビオ・ガルシアだったか……。経済を回せって、減税策まで打ってる」
「へえ。夜盗の割には、そこそこやるな」とジョシュアは顎を撫でる。「でも、メスカの国王が亡くなって、国家としての承認の話は進んでないんだろ?」
「噂じゃ、近々会談が再開されるらしい。メスカの跡継ぎから打診があって、黒十字が宮廷に招かれたってよ。将軍様が有頂天になってたらしいぜ」
スピーカー越しのウェインの言葉をぼんやり聞いていたカルザスは、驚いて思わず立ち上がった。
「それって、いつの話ですか?」
「その声はカルザスか? 一昨日だったかな。行政局もドタバタしててな」
「俺と会った後?」と返事の代わりに独り言を呟く。
「会談の日程は決まってんのか?」とジョシュアが問う。
「たぶん三日後あたりだな」とウェインは声のトーンを下げる。「明後日に、自治区の重工業団体と黒十字の会議が予定されてたんだが、今朝になって急遽延期が決まった。重要な首脳会談が控えてるんで、その準備が必要だとな」
「それにしても、えらく慌ただしいな……」
「国葬のせいで、ずっと宙に浮いてたみてえだからな。どっちに転ぶにせよ、協議が前進するのは悪いこっちゃねえ」
「自治区が国家として承認されたら、お前らに何か影響あるのか?」
「前にも言ったろ。そんな程度で、俺たちの仕事に支障はないさ。ただ、関税の扱いが変わるだろうから、決めるならさっさと決めて欲しいんだ」
ウェインは淡々とした態度を崩さない。
「どっちにせよ、将軍はどうしようもないわ。そのうち、内部でクーデターでも起きるんじゃねえか? いっそ、それで頭目がしっかりすりゃ、案外居心地はいいかもしれんな」
日はすっかり傾き、ジョシュアが照明を点けた。無線が切れると、室内にしんとした静けさが戻る。
カルザスは座り込んだまま、黙って手元に視線を落としていた。ターナが黒十字と直接向き合う決断をした。しかも、ずいぶん急な話だ。
ほんの数日前に見た彼女の照れたような笑顔と、ふわりと漂ったシトラスの香りが蘇り、どうしようもなく胸が締めつけられた。
カルザスはただ、手つかずのサンドイッチを眺めることしかできなかった。




