第八章 第二節【生命の価値】
「順調だよ、順調。予定どおりだ。素晴らしい」
すでに一時間以上、レオは喋り続けていた。
ローラがアライアル号を訪れた二日後、黒十字解放戦線の臨時幹部会が開催されている。コロキスの旧行政局の一室に、全四隊の正副隊長をはじめ隊員約五十名が顔を揃えていた。
「メスカの王室も、勝手な都合で会談を延期していたが、これ以上は持ち堪えられんということだな。奴らからすれば、脅威がすぐそこに迫っているのだ。国王が死んだからといって、いつまでも放置できるものでもない。それだけ、黒十字解放戦線の権威が大きくなったということだ!」
レオは、軍服風に誂えた黒い衣装に身を包んでいた。いつもの出で立ちだ。ただ、バクスターの発砲により髪が焼け焦げたため、頭髪をすべて剃り上げていた。頭頂部には火傷の筋がはっきり残っているため、事情を知らなければ滑稽な姿に見えなくもない。
「よいか。もう一度確認するぞ。四日後、メスカの宮廷に入る。我々が国家として承認される記念すべき会談だ。先代は暗愚だったが、後継の王女は多少なりとも話が通じるようだ。手厚く歓待するため、わざわざ我々を宮廷に招くというのだ。事の重大さを王女に十分理解させたのも、我が差配の賜物である!」
演説内容は何周もループしていたが、ようやく幕を閉じそうだ。
「畏れることはない。奴らの八百年の歴史など、我々には何の関係もない。我らの力こそが正義! 黒十字解放戦線の時代、レオ・サヴォイ将軍の絢爛たる半世紀が、いよいよ幕を開けるのだ!」
細かな実務は各隊に丸投げされ、隊員らは三々五々席を立ち始める。
ファビオは、各隊の隊長と副隊長に、夜に再度打ち合わせの場を持つよう呼びかけた。将軍の長口舌のせいで疲れは隠せないが、そうも言ってはいられない。
すると、第二隊隊長のラルフがにやにやしながら彼に近づく。
「何を苛ついてるんだ? レオ将軍の言うとおり、我々は十分な実力を備えているじゃないか。いざというときは、お前さんとこの女隊長が本気を出せば、すべて思いどおりに進むさ」
その後ろから、第三隊隊長のジョアンが蔑むような目つきで続ける。
「お前は副隊長に降格したんだ。いつまでも隊長気取りで仕切るんじゃない。将軍に目をつけられても知らんからな」
「まあ、そう言うな、ジョアン」とラルフが目を細める。「こういう泥臭いことはファビオに任せればいいさ。身の丈に合った仕事じゃないか」
「俺たちを差し置いて、何かにつけて出しゃばりだ。メスカとの会談でも、勝手に口を挟んできた」とジョアンは不愉快そうに続ける。「お前は、隣の最終兵器のメンテナンスをしていればいいんだ。将軍の指示に従え」
「まあ、夜に何を話すつもりか知らんが、この部屋に来たらいいんだろ? いっそのこと、酒盛りするか? 前祝いだ」
サイカを最終兵器と称する彼らに、一瞬ファビオは苛立ちの表情を浮かべた。二人の隊長は、軽薄に笑いながら部屋を後にする。
「……何もわかってないな。どいつもこいつも」
ファビオがぽつりと漏らす。
「いつものことだ。期待も失望もしない」
サイカの声は小さく、表情は変わらない。
「そうだな」
気まずい静寂が滲む。ファビオが話題を探していると、珍しくサイカが先に沈黙を破った。
「例の王女、会談に出てくるんだろう?」
「おそらくな。国王が死んで、跡取りが引き継ぐことになろうよ」
「いけ好かない女を、面と向かって潰せる千載一遇のチャンスだ」
「……国王と同じようにするつもりか?」とファビオは少し考えて問う。
「副隊長、止めるのか?」とサイカは視線を合わせないまま返す。
「いや。お前の判断に任せるよ。ただ……」
「アタシの父は、襲撃中の事故で死んだ。母はアタシを食わせるために飢えた。ギルザの民ばかりが、なぜこんな目に遭わなきゃならない? 蛮族だから、黙って我慢しろというのか?」とサイカは自身の最大の痛みを吐露する。「奴らは、たまたま王族に生まれ落ちただけで、朽ちる心配もなく、偉そうに生き続ける。なぜ、そんな理不尽がまかり通る?」
ファビオも、彼女のやり場のない怒りを十分に理解している。ギルザの民の苦難を変えたいという思いは同じだ。
だが、サイカが王族を根絶やしにしようとしている姿に、ファビオは複雑な感情を抱いている。その先にどんな未来があるというのか。
「この前、意識を通してあの女を捕まえた」と彼女が語り始める。「父親と違って上手く身を隠していたが、やっと見つけ出したんだ」
以前話していた「石の効果」のことだと、ファビオは察した。
「国王は、いつでも捕捉できると言っていたな」
「奴は警戒心が薄かった。頭を殴りつけるつもりで何度か痛みを与えたことがある。ただ、朧げだったから、どの程度効いていたかはわからない」
「で、会談中に錯乱させたということか」
「目の前の国王を掌握するのは、造作もなかった。だから、渾身の力を込めて、アタシ自身の意識をぶつけた。驚くほど脆かったよ」とサイカはかすかに微笑んだ。「それに比べて、王女は石の扱い方を熟知しているのか、ずっと気配を消し続けていた。でも、あの日だけはかなり油断していた。だから二発ほど喰らわせてやった。父親に比べて経路が太かったせいか、手応えがあったよ」
「その後は?」
「痕跡すら見せなくなった。そして直後に、宮廷へ我々を招くと伝えてきた。あの女も、決着をつけたがっているんだろう」
「……」
「かなり警戒しているだろうから、対面でも精神を壊すには至らないかもしれない。であれば、直接殴り合うことになる。お互い『同化』しているから、『発動』したときの実力差がそのまま出る。アタシはこれに備えて鍛えてきたつもりだけど、最悪の場合の覚悟はできている」
「そんなことを言うもんじゃない!」とファビオはやや強い口調で戒める。「王女が生き残ったとしても、俺たちが前に進む道を拓くことはできる。頼むから、一人ですべてを背負い込むな」
「冗談だ」とサイカは気まずそうに視線をそらした。「アタシの命そのものに大した価値はない。ただ、仮にどちらも生き残ったとすれば、アタシがあの女の意識に睨みを利かせ続けることができる。結局、アタシを殺さない限り、王女は平穏な日々を送ることなどできなくなる」
「でも、もしサイカが……」
「アタシだけが死ぬというシナリオは許されない。悪くとも、相討ちで地獄に道連れ。それなら御の字だ」
ファビオは下唇を噛む。そんな結末だけは、何としても避けねばならなかった。
その表情に、サイカはこの日初めての柔らかい笑顔を向けた。
「アタシだってまだ死にたくはないよ、ファビオ兄ちゃん……」
隊長になる前まで使っていた呼び名を発する。ファビオは胸を突かれた。そして、記憶が蘇る。
ファビオが第一隊の隊長として指揮をとっていた二年ほど前、サイカがクリアターコイズとの『同化』を始めた。一か月で石は吸収され、三か月もしないうちに、『発動』によって無類の戦闘能力を発揮するに至った。
だが、身体がついていかない。『発動』のたびに甚大なダメージを受け、回復にも時間を要した。いざというときに満足な働きができないと焦ったサイカは、熱心に肉体の強化に励み始める。努力の甲斐あって、今では『発動』していなくても、解放戦線で彼女に勝てる者はいなくなった。
何よりサイカは、自らの痛みを顧みることなく、ギルザの民を護るために戦った。その姿に、ギルザの民は共感と信頼を寄せた。黒ずくめに一段と映える深紅のリボンに、誰もが未来を託した。やがて、黒十字解放戦線の結束の象徴として、サイカは十五歳という若さで第一隊の隊長に抜擢された。ファビオは敢えて彼女を支えるポジションに身を引いた。
そのときに見せた決意と諦念の表情をファビオは思い出した。クリアターコイズとの『同化』は、確かに彼女自身が望んだことだ。しかし、ギルザの民の苦難がなければ、このような境遇を好んで選びはしなかっただろう。
そうなのだ。かつてのサイカは、腹心の部下を「ファビオ兄ちゃん」と呼んで慕っていた、内気な思春期の女子に過ぎなかったのだ。
「サイカ、お前がギルザを守りたいと思う気持ちは、誰もがよく知っている」とファビオは諭す。「でもな、みんなも同じくらいお前のことを大事に思ってるんだ。だから、どうか無茶だけはするな。お前は、ギルザの希望なんだ」
「じゃあさ」とサイカは再び目線を外す。「ギルザがちゃんと国家になったら、ファビオ兄ちゃんがレオに代わって将軍になってよ。他の隊長では頼りないから。そうしたら、アタシも安心して休める」
その言葉に、鼓動が止まりそうになる。
常にその行動で周囲を鼓舞するサイカ。しかし、裏腹の本音が痛々しいほどに放たれる。
彼女に今の役割を選ばせたのは、紛れもなく解放戦線の幹部だ。その点に目を瞑る大人の後ろめたさに、ファビオは改めて向き合うことを強いられる。
「まあ、一休みで十分だけどね」と呟き、真顔に戻る。「隊長は誰かに譲りたいけど、一兵卒としてなら、アタシは最後まで戦うよ。ギルザのために生きることが、アタシの歓びなんだ」
その揺るぎない言葉に、ファビオは彼女の芯の強さを改めて実感した。
「承ったよ、隊長」と穏やかな笑顔を向ける。「俺たちがしっかりしなきゃな。サイカが望む『ギルザの未来』が、ちゃんと形になるように」




